ツーリング日和13(第31話)露天風呂

 間近で見たら痣のエグさが半端じゃない。こんな双葉のためにここまでて思ったら泣けてきた。どうしてここまで、

「可愛い水無月君のためなら当たり前だ」

 ウソだ。双葉は可愛くない。だから彼氏だっていない。それにだよアラサー土俵際の二十七歳だ。もうすぐ二十八歳になるのは言うな。土俵際どころか踵は踏み出してる。双葉も焦ってるところがあって、実は婚活パーティどころか、結婚相談所にも登録してる。

 だけど連敗記録更新中の体たらく。二人でデートするところまでは行くのよね。ここは余程イヤじゃなかったらあるはずだ。そこでお互いのことを知るために話をするじゃない。そしたら何故か次がない。

「それ何度も聞かされたぞ。水無月君は正直すぎる」

 だって相手の本性を知って結婚するのでしょうが。そりゃ、双葉は料理が下手だし、掃除も苦手で、片付けも嫌いだ。洗濯だって、あれは洗濯機がするもので、洗濯機に耐えられない服は不要だ。

「お世辞にもオシャレとは言い難いな」

 そんな服しか持ってない。でも仕事にはそれで十分じゃない。ツーリング中はメットだから化粧だってエエ加減だ。外食だってフレンチより牛丼が好きで何が悪い。イタリアンより焼鳥屋か居酒屋だ。気楽で安くて美味しいじゃない。それに仕事はなんだかんだで命だ。

「あははは、色々やらされた」

 バイク乗りはカネがないから安い宿を探すのはそうだけど、その中でも別格に安いののがライダーズハウス、略してライハだ。そりゃ、数百円から千円ぐらいで原則無料のとこまであるぐらい。ライハがどんなものかを一言で言うのは難しいけど、

「壁と屋根のあるキャンプだ」

 上手い事いうよ。素泊まり宿で、男部屋と女部屋があっての雑魚寝だ。雑魚寝と言っても寝具も無くてシュラフ持参はデフォになってるぐらい。風呂なんかなくてシャワーも、

「別途料金が多かったな」

 素泊まりだからご飯も無くて、外で食べてから入るか、

「セコマには世話になった」

 セコマとは北海道のコンビニチェーンで、セイコーマートのこと。セイコーって付いてるから時計メーカーが北海道ではコンビニもやってるんだと思ったのは伏せておく。それぐらいの勘違いは誰でもあるでしょうが。

 ライハは北海道に多いのだけど、だからって北海道ツーリングにライハ特集を組み合わせるなよ。これも誤解をされたら困るけどライハも良いところはある。泊まるのが同好の士みたいなものだから、そこで仲良くなって情報交換をしたり、行き先によってはマスツーになったりもある。

 その辺がライハの醍醐味なんだけど、來る日も来る日もライハでシュラフはさすがに辛いのよ。北海道って距離がひたすら出るぐらい気持ちの良い道だけど、いくら快適でも距離を走れば疲れるし、体だって汚れる。

 でも板間にシュラフなんかよほど慣れないと熟睡なんか出来るものか。起きたら節々が痛いし、疲れも汚れも澱のようにたまっていく気がしたもの。これでも嫁入りの前の娘だから、さすがに気になるじゃない。

「だから銭湯にも行ったよな」

 いや連れて行ってくれた。さらに見るに見かねたんだと思う。

『今日はビジホで泊まれ。ライハのレポートはオレだけでも出来る。これ以上無理したら事故るぞ』

 あの時はビジホのシングルがロイヤルスウィートに見えたよ。あれって先輩のポケットマネーだったとか。

「まあな。うちはシブチンだから」

 コンビのように仕事してるけど、どうしたって男と女じゃ差がある。体力一つでも男に敵わないところがある。

「こういう仕事は年頃の娘には辛いところがあるからな。それをカバーするのがオレの仕事でもある」

 そうなんだけど、その範疇を越えた気遣いもいっぱいしてもらっている。

「それはそうと、先に上がってくれないか。目のやり場に困る」

 こっち向いてよ。風呂に入ってから見せるのは背中ばかり。テコでも双葉に向いてくれない。そりゃ、こっちだって恥しいけど、そこまで嫌がられたら、まるで見たくないみたいじゃない。

 双葉だってね、覚悟を決めて一緒にお風呂に入ってるの。こんなものがお礼になるかわからないけど、こっちを向いて双葉を見てよ。そんなに見たくないの。

「バカ言え、それは犯罪だ」

 双葉が良いって言ってるのだから問題ない。

「誰のヌードだと思ってる。素敵すぎるレディだぞ」

 双葉がレディって・・・でもそう扱ってくれた。予算の都合で相部屋になっても、熟睡できるぐらいの安心感を与えてくれた。そうだよ、ずっと前から気づいてた。先輩が双葉に好意を持ってるって。でも気づかないフリをしてた。仕事の相棒に恋愛感情を持ち込むべきじゃないって。

 それより何より、こんなガサツな女は先輩の嫁に相応しくないって。男が結婚相手に求めるものは、やっぱり温かい家庭だ。当たり前そうだけど、具体的には仕事に疲れて帰ってきたら、お風呂が沸いていて、美味しいご飯が待ってる世界ってこと。

 男女平等だから女が家事をすべてやる必要なんかないし、共働きならもっとそうだけど、あれだけ婚活連敗を重ねると嫌でもわかってくる。だけどね、双葉は家事自体が苦手なんてものじゃない。お世辞にも家庭的な女とは言えない。

 家事分担でさえ満足に出来ない女が双葉だ。誰がこんな女を嫁に欲しいって言うのだよ。現実的にも嫌がられたのは身に染みた。そりゃ、あれだけ婚活に連敗したらわかるじゃないか。つまりは結婚には向かない女だ。

 そんな双葉が出来るのは、さすがに女だから夜の相手ぐらいしかない。経験があるかって、あるよそれぐらい。いくつだと思ってるのよ。もっともあれは学生の時で、あれ以来はない。これだけ無ければ処女膜だって再生しそうな気がする。

 その経験だけどとにかく痛かった。最初は痛いって言うし、回数を重ねれば痛みが薄れるぐらいまでは経験したけど、良くなるとか、感じるとか、なんだっけ、イクなんてどこの世界だとしか思わなかったな。本音で言うとなんで男と女はこんなことやりたがるんだと思ったぐらい。

 最初と言うか、たった一人の男との相性が悪かったと思いたいけど、あれもトラウマになってる部分がある。そりゃ、今からでも彼氏が出来れば応じるつもりはあるけど、お世辞にも良い印象が殆どない。

 そうだな、たとえば仕事で疲れて帰って来たら余裕でパスだ。休日だって休みたいから御遠慮願いたい。あははは、平日も休日もパスなら、夜のお相手はいつやるんだの話になっちゃうけど、それぐらいやりたい方じゃない、つうか無くても上等だ。

 自分で言うのもなんだけど、女として出来損ないだと思ってる。だから先輩に好意を寄せてもらっても反応できないし、反応したらダメだと思ってる。先輩はたしかに嫁に逃げられてるけどイイ男なんだ。あんなクソ元嫁じゃなく、もっとイイ女と再婚できるはず。いやしなくちゃいけない。

「なら裸になって背中を流すな」

 流させてよ。双葉だって女だから見てよ。こんなになるまで守ってくれた先輩に出来るのはこれぐらいしかないじゃない。そんなに価値無いの。

「人はな、相手のどこが好きになるかの部分はある。それは必ずしも自分が魅力だと思っているところじゃない。自分には欠点に見えても相手からは美点に感じたり、欠点があっても他の美点で覆い尽くされることもある」

 ないじゃん双葉の美点なんか。スッポンポンになっても、見てもらえないぐらい魅力が無いんだよ。今がそうじゃない。双葉なんて女として見てもらえないんだ。ましてや恋愛対象になるなんてあり得ない。

「水無月君がそういう人なのはよく知っている。付き合いが長いからな。たしかに婚活として並べた条件なら嫌がる男は多いと思う」

 先輩もそうでしょ、

「バカにするな。どれだけ見て来ていると思ってるのだ。水無月君の本当の美点は、欠点を欠点として素直に認めてる事だよ。それを隠しもしない」

 褒められてるか貶されてるのか微妙だな。

「知っての通り、オレは一度結婚に失敗している」

 あれは元嫁が悪い。

「オレはあいつの本性を見抜けなかった。そうだよ、おめでたいバカだった。これはパートナーに何が必要なのかわかっていなかったとも言える。水無月君はオレが命を懸けられる人だ。こんな女が他にいるものか」

 えっ、えっ、双葉なんかに命を懸けられるって・・・

「オレにもコンプレックスはある。バツイチだし、アラフォーの醜いオッサンだ。水無月君が選ぶべき男じゃないぐらいは知っている。でも愛している。オレを人生のパートナーにする気はないか」

 そ、そんな。先輩は少々歳は離れてるけど、これぐらいは男と女だったら余裕の範囲内のはず。それに醜いオッサンじゃない。格好の良いジェントルマンだ。それになにより強いじゃない。だけど、だけど、双葉は妻としては不適格者。

「だからパートナーだ」

 そういうけど他にもっとイイ女はいくらでも。

「バツイチを舐めるな。あれは辛い経験だったが、誰がオレのパートナーに本当に相応しいかを見る目は養ったつもりだ。オレではダメなのか」

 どうしよう。でも、でも、双葉の答えはとっくの昔に決まってる。