ツーリング日和13(第32話)エピローグ

「ここのとこ平穏なツーリングやな」

 そうよね。ま、毎回毎回事件が起こる方が不自然だよ。それなりに起こってくれた方が楽しいけど、後処理の費用がかかりすぎるとミサキちゃんが怖いのよね。

「シノブちゃんを使い過ぎるのも公私混同だってな」

 帳尻だけはちゃんと合わせてるけど、上に立つ者としてケジメがつかないのは正論だものね。でもさぁ、宮崎で出会った二人はどう考えてたの。

「バイク雑誌の記者やから、あのバイクに気づくやろ」

 あれってノーマルに近い外見だけど、わかる人が見れば見ほど、

「変態改造バイクやからな」

 それでも気づかない人が殆どだけど、ダブルディスクとか、大型オイルクーラーとか、コトリの趣味のメーターとか、

「そんなもんユッキーの趣味のキックに勝てんわい」

 あれはサードパーティ品にないのよね。極めつけは、

「シート下の第二タンクや」

 セットでバッテリーやABS制御装置がどこに消えたかまで気づくのもいるかも。実際のところはそんな甘いものじゃないけど、

「それでもエンジン音まで勘づいとったみたいや」

 そこまでは杉田さんや加藤さん以来かもだ。そうなるとバイクの正体が気になるし、乗っているわたしたちにも自然に興味が向く。

「バイク雑誌の記者やから心配あらへんやん」

 そうなる。手繰って手繰った先まで行き着いてもわたしたちだもの。そこで行き止まりになる。

「歴史ムックは楽しかったで」

 ああそうなってしまった。日向も神話の故郷だから歴女のコトリが燃えない方が不思議だ。もっとも双葉さんが相手をしてくれたからラクできた。それにしても妻問婚からの視点は面白かったけど、あんなもの吹きこんで良かったの。

「丸っきりのウソやあらへん。神武の子孫が大和王権を築いてるやんか。その子孫の平安貴族まで妻問婚の風習が色濃く残ってるんやから、日向時代はなおさらなのは仮説として余裕で成立するで」

 双葉さんも混乱してたけど、女系の妻問婚システムって、後世の男系相続に慣れ親しむと異様に見えるはず。あれを理解するには、

「難しないで。母から娘への継承って話だけやからな。男は種馬に過ぎん」

 男系相続での女は産む機械みたいな扱いになったりもするけど、女系相続での男は種馬扱いだ。そうなると、

「そうや。女系相続で重要なのは誰が産んだかや。極端な話をすれば、誰が孕ましたかはたいした問題やない」

 男系では父親が誰かが重大視されるけど、女系では母親が誰かが重大視されるってこと。そうなると、

「あったと思うで逆ハレム」

 ハレムって男が数いる女を相手にして、誰かが孕むのを期待するところじゃない。そりゃ、お気に入りとかはあるだろうけど、ハレムの目的として、そこにいるどの女が子を産んでも良いところ。女に子どもを産ませるところと言い切っても良いかもしれない。

 これが女系世界になれば、集められるのは種馬としての男だ。女は数いる男の誰と孕んでも良いのよ。ここも女に子どもを産ませるところではあるけど、ここでの最大の目的は女が子どもを産むことで、どの種馬が孕ませたかは些細な問題になる。

「複数とやりまくったら、そもそも誰の子かわからんやん。目的は女が跡継ぎを産む事だけや」

 わかるかな。男系社会のハレムは誰が孕ませたかに価値があり、女系社会のハレムは女が孕むことが価値のすべてってこと。それと当たり前だけど、価値があるのは跡取り娘だ。息子はいくらいたって女の種馬ぐらいしか価値がなく、女系での直系にならないからね。

 ハレムまでいかなくても、男の価値は女に子どもを産ませるしかないことになる。男だってタネ無しは一定確率でいるから、

「三年子なしは離縁されるとか、タネ無し夫のサポート役がおらん方が不自然や」

 子どもを孕まないのはすべて男の責任になり、離縁もあるだろうし、男妾を置かれてしまうのもありそう。

「息子ばっかり産ませようものなら、男種って言われて嫌がられるんじゃない」

 女なら娘ばかり産むと女腹って呼ばれるのと同じだね。でもさぁ、そういう世界は男なら好きそうだけど、女はそれほど嬉しくないのじゃない。

「それは色眼鏡で考え過ぎじゃ。生まれ落ちた時から、それが常識の世界に育てば価値観かって変わるわい」

 なるほど性常識が違う世界になってるのか。まあ女が男より性欲が低いってわけじゃないもの。どっちが強いか論争はしたくないけど、生まれ育った環境の差で違ってもおかしくないかも。

「今の性倫理は男系社会用に出来てると思うねん。そのバックボーンは男が女と子どもを養うや。言い換えれば女では養えへん時代が長かったからや」

 コトリも言うね。男が子どもを養う最大の理由は自分の子どもだからはあると思う。だけどね、産まれた子どもは女の子どもであるのは間違いないけど、それが男の子どもであるかどうかは証明しようがないところはある。DNA鑑定なんてない時代だもの。

 子どもが男の子どもだと証明するのに一番簡単なのはその男としかやらないこと。というか、そういう信用を男から得ることかな。その信用の一つが婚姻になるだろうし、性倫理としての貞操観念になるのかもしれない。

 女が一人の男に入れあげるのが男より多い気がするのは、それこそ男系社会が延々と続き、意識の深層として刷り込まれ続けたかもしれない。女系社会であれば、そういう感覚が引っくり返るのは十分あり得る。

「女系社会の方がある意味、相続はすっきりするかもな」

 かもね。女は自分が産んだ子だから間違いないけど、男にしたらいくら信用を置いていても、ひょっとしたらの疑いはいくらでも残る事になる。実際にもそれで大騒ぎになった話は数えきれないぐらい残されてる。

「秀頼なんか怪しすぎるで」

 女好きで手を出しまくった秀吉の子を、淀君だけが産めたのは不自然だものね。その点で女系社会は女の子は確実に女の実子だから揉める余地がなくなるかもしれない。どの男の子かより、その女から産まれた事が価値のすべてみたいになるのかもね。

「女系社会では女がカネ持っとるさかい、父親が誰かの問題は小そうなる」

 女系社会でもそこまでドライかどうかはわからないけど、理屈ではそうとも言える。考えてみれば、男系社会なんて、それこそ信じる者は救われる世界みたいなものだ。

「それにしてもユッキーはよう気が付いたな」

 コトリが鈍いだけ。双葉さんは一言にすると自己肯定感が低い女だ。低いだけでなくそれに開き直ってしまってる感じで良いと思う。そのくせ、本音のところで彼氏が欲しいし結婚願望もしっかりある。

 だけどね、ツーリングファン誌の人気を支えているのは双葉さんの魅力だ。悪いが双葉さんは近づき難いほどの美貌だとか、アイドル顔負けの美少女タイプじゃない。でもね、動画で見てるだけどホッとすると言うか、ホカホカと温かい感じが伝わってくる。

「隣のお姉さんタイプやろ」

 その表現って死語になってなかったっけ。でも言いたい事はわかる。双葉さんは男にも人気があるけど、同じぐらい女にも人気があるのよね。見てるだけでリラックスして楽しい気分になれるのだもの。

「動画でもそんな印象やったけど、実際に会って話したらもっとの感じやった」

 わたしもそう。イイ子だと思ったもの。ああいうタイプは近くにいる男なら溺れ込むはず。

「そんな感じやと思う。そやけど恋に鈍感なとこもありそうや」

 それも否定しないけど白馬の王子様をひたすら待つタイプにも見える。ただしひ弱な王子様はお断りだ。包容力のある強い男を探してるぐらいじゃないかな。

「ファザコンが入ってるとか」

 わかんないけど、女が強い男に憧れる傾向が強いのは確実にあるじゃない。もちろん強いって意味も様々だけど、

「まあな。軟弱な生活無能力者は好かれへん」

 そういう男に母性本能をかきたてられる女のことは置いておく。女の好みも様々だからね。ところで土小屋遥拝殿の境内の乱闘の様子はどうだったの。

「推測も入るが・・・」

 清水さんはボクシング経験者。双葉さんも言ってたけど、いきなりカウンターを決めてるのよね。カウンターってなにかだけど、大雑把に言えば相手が攻撃に出たところを打ち返す攻撃ぐらいで良いと思う。

 そんな攻撃がなぜ効果があるかだけど、相手は攻撃しようと思ってるのだから、体の重心が前に寄る事になる。そうやって体重もかけて打たないと効果が弱いからね。前に重心が乗ろうとしているところにパンチを喰らったら効きそうだ。

 もう一つが相手が自分の攻撃に対してディフェンスするはずだの思い込みもあるそう。つまり予想するのは腕でのブロックとか、前後左右に避けるとか。そのディフェンスに対して次の攻撃をどうつなぐかを見極めようぐらいかな。

「そこにパンチが来たら不意打ちになる」

 だけどカウンターは高等戦術になのよ。そりゃ、相手が打ち出す瞬間に反応して、相手のパンチよりこちらのパンチを繰り出さないと話にならないものね。こんなもの初見の相手に良く決められたと思うのも。

「とくに相手は白羽根警備やからな。格闘技のプロみたいなもんや」

 でもこれで警戒されてしまい、白羽根の連中は双葉さんを人質にする手に変えたで良さそう。卑怯そうだけど、これも目的を果たすためなら常套手段だ。

「ただでも白羽根警備三人を相手やのに、庇いながらやで」

 かなりどころじゃない苦戦となったで良さそう。双葉さんを守るためにかなりパンチやキックを喰らったのは体のあざだけでも良くわかる。あれでよく骨まで折られなかったものだ。

「あれもテクニックやろ。どういうたらエエんやろ。殴られたり蹴られたりしながらも、微妙に芯を外しとったみたいや」

 コトリが駆け付けた時は、

「冗談みたいやった」

 コトリの目に飛び込んで来たのは境内で倒れてる二人と、清水さんに対峙するリーダー格の男。コトリが金縛りをかけるより早く放たれたのがなんとクロスカウンター。クロスカウンターとは、相手が右で打って来たら左で打ち返すカウンターだけど、

「マンガ見てるみたいやった。そやけど相打ちみたいになってもて・・・」

 リーダー格の男もその場で崩れ落ちたのだけど、清水さんも石段まで来た時点で意識を失ったよね。ここまで強いのならプロを目指すべきだったかも。

「強かったんは間違いあらへんけど、あれはちょっとちゃう強さの気がするねん」

 コトリが言うには、あの強さは惚れた女を守るために爆発した強さじゃないかって。コトリにそう見えたのなら、たぶんそうだ。言い方は悪いけど火事場の馬鹿力みたいなパワーの出方だろうけど、

「格好エエやんか、コトリも惚れたわ。好きな女のためにあそこまで戦えるのは漢や」

 惚れた女のためなら命懸けの行動と結果で見せたものね。あれを見せられて惚れなきゃ女じゃないよ。それでもどうだったのかな。

「双葉さんも体で答えを見せたやないか」

 そうだった。双葉さんのあれだけの覚悟に応えなきゃ男じゃないよね。それはそうと、あれだけの乱闘の後始末は、

「正当防衛と言えんことも無いけど、清水さんもやり過ぎてるとこがある。あの辺はややこしいからな」

 たしかに。正当防衛を成立させるのは条件が厳しいのよ。だから警察沙汰になれば面倒だし時間もかかってしまう。

「土小屋遥拝殿の境内やからな」

 そうよね、警察なんか呼んでもなかなか来れないところだ。さらに言えば土小屋遥拝殿があるところは久万高原町で西条市じゃない。これだけの規模の乱闘事件となればパトカー一台で対応できないから、下手すれば久万高原署が総出みたいになっても不思議無い。

「石段にいた二人は金縛りにしたけど、ワゴン車の運転手はコトリらが出る時に解いといた。あいつが連れて帰るやろ」

 白羽根警備にしても男と女の二人をさらうのに三人が殴り倒され、残りは無力化されてしまったなんて世間に知られたくないものね。あそこはそう言う商売だ。ところで白羽根警備を雇っていたのは小出雲大臣だったの?

「これは後がウルサイとこやからシノブちゃんにも確認してもうたんやけど・・・」

 へぇ、ジェーン竜田川の差し金なのか。こりゃ、したたか過ぎる女だ。そこまで本気で狙ってるって事なのか。

「みたいやな。ジェーン竜田川に取って価値があるのは小出雲大臣の妻であるこっちゃ。別に小出雲大臣が愛人を囲っても構わへんねんけど、それがスキャンダルになるのは宜しくないぐらいやろ」

 小出雲大臣なんかジェーン竜田川に取っては踏み台みたいなものか。だけど踏み台が壊れたら困るはず。出来るだけ高い踏み台に成長してもらうのが存在価値のすべてみたいなものになる。だけどさぁ、だけどさぁ、

「言いたい事はわかる。扱いやすいのはメリットやけど、器は小さいな。その辺は眼鏡違いと思っとるかもしれん」

 小出雲大臣のお爺さんは総理にまでなったし、あの時の経済対策は後から批判は大きいけど在任中は高評価だった。

「あれな。劇薬いうか麻薬をぶち込んだようなものやった。あの時の経済状態やったら必要やったかもしれんが、その場の成果だけ出して逃げやがった」

 この辺の評価は様々だけど、あれをやるだけの実行力は評価できる人間だった。だけど孫の小出雲大臣は、

「思い付きのスタンドプレイばっかりや。よほどジェーン竜田川が支えてやらんと消えるで」

 わたしもそんな気がする。ここも言い換えれば、小出雲大臣ぐらい操縦できないと、彼女の野望は遠すぎるぐらいかな。政治のことはどうでも良いけど、やっぱり足摺岬に行くべきだったよ。

「小藪温泉やろ。また行くチャンスはあるで」

 石鎚山温泉も良かったら文句も言えないのだけどね。さて次はどこに行こうか。