ツーリング日和31(第33話)思わぬ話

 牡丹鍋を食べ終わって飲んでたのだけど、

「鈴音さんは初めてやけど、哲也先生に合うてる気がするわ」
「千草も二人はお似合いだと思うよ」

 その哲也先生ってなんなんだ。哲也さんは、水鳥先生に較べたら月とスッポン以下の売れないイラストレーターはず。

「そんなはずないやないか。えっ、売れてないって? アホ言うたらあかん。哲也先生が売れてへんのやったら、売れてるイラストレーターなんかこの世におらんようになるで」

 はぁ、えっと、えっと、どういうこと。

「千草、話してへんのか」
「ゴメンゴメン、すっかり忘れてた」

 ごらぁ、大事なことだぞ。これでずっと悩んでたんだから。でも水鳥先生に較べたら、

「親に家をプレゼントするぐらいやぞ」

 い、家だって。それも庭付き一戸建てってなんだよそれ。

「中古の小さなものですよ」

 そういうけど、神戸市街のあそこって指折りの高級住宅街のはず。そんなものをプレゼント出来るって・・・いや待てよ。これって引っかかってた話があるんだ。哲也さんが家から追い出されたのは兄夫婦が同居のために転がり込んだからだったはず。

 あの時は、なんて話だぐらいにしか思わなかったけど、実家は公団のはずなんだよね。そんなところに新婚夫婦がどうして同居なんてしたんだって話になる。そもそもで言えば、新婚で親との同居を望む方がおかしいだろ。

 この辺は兄夫婦の結婚式がお祝儀集めのセコケチ結婚式だったから、生活費もケチろうなのかもしれないけど、それでも公団はどうなんだ。もしかして、もしかして、

「連動しているところはあるかもです」

 それって、それって、実家が一軒家になったから同居して乗っ取ろうとかじゃ、

「それで良い気がします」

 ここからは哲也さんの家の事情だけど、コチコチの長男教であるのは聞いてるし、それに染め上がられたお兄さんだとも聞いてる。兄弟仲も、

「兄は弟が自分より良いところがあるのを絶対に認めない人でした」

 傲慢とも言ってたよね。勉強は良く出来てはいたのはそうらしいけど、自分が家の中で一番と言うか、とくに弟である哲也さんが自分より上になるのは認められないと言うか、許せない人だったのか。

 そういう人もいるのは知ってるけど、それだって弟に負けないように頑張るモチベーションにするのなら害はないとは思うんだ。だけど弟である哲也さんが上回らないように実力行使に出たってマジかよ。それってまさか勉強も妨害されたとか、

「やられましたね」

 聞いてるだけでヘドが出そうだったけど、少しでも機会があれば妨害しに来たって人間のクズみたいなやつだ。哲也さんも両親に訴えたらしいけど、

「我が家では兄の言い分は天の声です」

 お兄さんの言い分を鵜呑みして哲也さんを責め立てたって・・・親の説教と言うか、そこまで行けば折檻だろ。メシまで抜かれたなんて信じられないよ。

「兄にとってボクは召使以下の存在で、そんな兄の意向は家では絶対状態でした」

 反抗するにも力で敵う訳がないし四面楚歌状態だから、哲也さんは家でのそういうポジションを受け入れて暮らしていたみたいだ。そんな状態で成績が良くなるはずもないよ。

「ボクの入った高校を罵倒されるのが、朝のあいさつ代わりみたいなものでした」

 高校は別だから哲也さんもそれなりに青春を楽しんだみたいで、へぇ、彼女も出来たのか。イケメンだものね。

「ですが兄はそれも許せなかったみたいで・・・」

 まずは彼女を奪い取ろうとし、それが無理だとわかると、それこその悪口をバラまき倒して妨害したって根性が曲がり過ぎだ。人の恋路を邪魔するやつは、阪神競馬場で馬に蹴られて死ぬのを知らないのか。

 哲也さんは中学高校と美術部で、そこでイラストレーターの夢見ていたみたい。だから大学も美術系のところを考えていたらしい。ところが、

「兄が大学進学には猛反対でして・・・」

 ここもわかりにくい話で、進学なんか無駄だから高卒で就職して働けみたいなものでもないみたいなんだ。なんて言うか、自分よりランクが低くても同じ大卒になるのが許せないってなんだよ、それ。

 だから専門学校にしたみたいだけど、ここで両親の無関心が炸裂するって意味わかんないよ。要するにカネをかけるのはお兄さんだけで、哲也さんが専門学校に入るのは勝手にしろってされたって言うけど、

「要はカネを出さないです」

 困り果てた哲也さんは叔父夫婦のところに相談に行ったそう。ここも叔父さんと哲也さんのお父さんは仲が悪いらしくて、法事の時の顔見知り程度だったみたいなんだ。親戚とは言え親しいとか仲が良いには遠すぎたぐらい。それこそ決死の思いで訪れたんだろうな。

 冷たく追い返されるのも覚悟していたそうだけど、叔父夫婦は親身になって話を聞いてくれただけではなく、専門学校進学のための援助も約束してくれたんだって。

「叔父夫婦には頭が上がりません」

 専門学校では勉強もしたけど、あははは、恋もしたんだ。哲也さんは結婚まで真剣に考えていたそうだけど、これもまたお兄さんの執拗な妨害で終ってしまったのか。これで恋なんて出来ないとあきらめていた哲也さんだけど、

「鈴音さんに出会った時に・・・」

 一目惚れだったそう。でもさぁ、それなら、あの時に連絡先ぐらい交換しても、

「どうせ潰されると思ったもので、あれ以上の関わり合いから逃げてしまいした」

 そうだったのか。だから身代わりでお見合いの席に出た時の再会に運命を感じたんだって。鈴音だって感じたけど、哲也さんもそうだったんだ。

「鈴音さんだけは何があっても手放したくないと思っています」

 そんな家庭環境で育っているから、あきらめというか、洗脳状態にあったぐらいで良いかもしれない。それが鈴音に出会ってしまった事で目が覚めてしまったぐらいかも。だったら売れないイラストレーターなんてウソは・・・そしたら水鳥先生が、

「哲也先生が売れてないのは、ある意味でウソやあらへん。あれは売れてへんのやのうて、売ってへんや」

 作品の評価は一流だそうだけど、仕事が遅いと言うか、丁寧すぎると言うかで売るイラストが少なすぎるみたいらしくて、

「幻のイラストって言われとるぐらいや」
「それは水鳥先生が別格すぎます」

 哲也さんに言わせると水鳥先生の仕事の早さは異常みたいで、それであのクォリティは信じられないんだって。この辺は流儀の違いだろうな。

「実家から出て自立してからマシになっとるやんか」
「働かざる者、食うべからずです」

 ところでどこに住んでるの?

「この下のフロアです」

 はぁ、えっ、このマンションに住んでるって冗談だろ。それも賃貸じゃなく買取りなのかよ。それって両親に家を買った上での話だよね。それって、それぐらい儲けている証拠になるよ。じゃあ、じゃあ、今夜はどうするって話も、

「水鳥先生のところでも、ボクのところでも泊まれます」

 これって、まさかと思うけど、今日の事はすべて仕組んでいたとか。でもだぞ、この話がすべて本当なら、鈴音の悩んでいたことがすべて解消じゃないの。そうなればやる事は一つしかないじゃないの。それは、

「こればっかりは実際にやる以外に確認しようがあらへんやん」
「体の相性も大事だよ」

 ちょっと待った。ちょっと待った。そこは行きすぎだ。