ツーリング日和13(第2話)噂のバイク

 さて九州へのツーリングに出発だ。フェリーは二十三時四十五分出航だけど、バイクの乗り込みは二十三時から。その前に乗船手続きもあるから、

「横須賀に二十二時半ぐらいに着きたいな。まずメシ食いに行こう」

 横須賀まで一時間ぐらいになるはずだけど、まず腹ごしらえが必要。フェリーターミナルとかフェリー内でも食べられるそうだけど、会社の近くのファミレスにした。この時刻ならビールが欲しいけど、今日はバイクだから居酒屋ではなくファミレスにしてるぐらいかな。

 食事も終わり横須賀に向かって出発。ちなみに明日菜のバイクはZ900RS、先輩はハヤブサ。バイク記者だからの見栄もあるけど大型バイクだ。渋滞が心配だったけど時刻が時刻だからスムーズに走れた。ところで横須賀のフェリーターミナルって、

「米軍基地の近くだ」

 東京から新門司へのフェリーは二航路あるのよね。一つは横須賀からのもの、もう一つは有明からのもの。これもややこしいのだけど、

 有明・・・・・東九フェリー
 横須賀・・・東京九州フェリー

 有明の方が乗るには近いのだけど徳島経由で三十四時間ぐらいかかる。つまり有明から出向して翌々日の朝に新門司に着くことになる。

「実質変わらないのだがな」

 東九フェリーは新門司に五時三十五分着だから下船すればすぐに走りだせるのよね。一方の東京九州フェリーは到着が夜だから新門司のビジホにでも泊らざるを得ず、出発は翌朝になってしまう。

 先輩は東九フェリーを使ったことがあり、今回は東京九州フェリーに乗って見たかったぐらいで良さそう。あそこがフェリーターミナルか。なかなか立派じゃない。ターミナルビルの後ろにあるのがフェリーか。これは大きいよ。

 ターミナルビルでチケットの手続きを済ませたらバイクを乗船待ちの駐車場に。あははは、トラックの集団だ。乗用車もいるけどバイクの方が多いぐらいじゃないかな。まあ、東京から九州に行くのなら飛行機の方が早くて安いし便利だものね。

「そういうことになる。フェリーの生命線はトラック輸送のサポートだ」

 待つことしばしで乗り込み開始。フェリーは北海道のツーリングに使ったことはあるけど、九州行きは初めてだ。このバイクで船内に乗り込む瞬間はなんとも言えずワクワクするのよね。

 バイクを置いてエントランスに上がると、三階まで吹き抜けになってるじゃない。最近の国内長距離フェリーはこんな感じになっているところが多いそうだけど、このフェリーもデラックスだよな。

 部屋はエントランスの奥にあるツーリストA。昔で言うなら雑魚寝の二等船室だけど、このフェリーは雑魚寝部屋でない。良く言えばカプセルホテル風。一畳ぐらいのベッドになっていて、ロールカーテンを下ろせば個室風になるぐらい。

 秘密基地風なのは悪くないけど、荷物を置くところが殆どないのが欠点かな。せっかくのフェリーだからもう少しリッチしたいけど、出張旅費はこれしか出ないのだよ。というのもツーリストAは相部屋だけど、もうワンランク上のツーリストSなら狭いながらも個室になるんだよ。

 もちろん料金も上がるけどプラス六千円だよ、六千円。男の先輩なら相部屋でも良いと思うけど、女、それも若いキュートな嫁入り前の娘だから、それぐらい出してくれたって良いじゃない。

 ボヤいても仕方ないからまずはお風呂。へぇ、露天風呂もサウナもあるのか。風呂上がりに缶ビールを買って飲んで、その辺のシートに座って飲ませてもらった。今夜は寝よう。夜の海なんかいくら見たって暗いだけだもの。

 朝風呂にも入ってやった。朝シャンが習慣なんだけど、朝風呂、それも露天風呂なのは気持ちよかった。お風呂からあがると朝食。レストランもシャレてるな。タッチメニューでオーダーするのか。

 へぇ、モーニングセットはゆで卵にパンとサラダにコーヒーが付いて六百円はリーズナブルだ。窓際の席に座って海を眺めながらの朝食は贅沢だなぁ。前に見えているのは潮岬らしい。

「水無月君、ノンビリしすぎだぞ」

 それはカメラ係の先輩の仕事でしょうが。とも言ってられなくて先輩と一緒に船内の案内ビデオの撮影。これって前から思ってるのだけどモデルを雇うべきじゃ。

「そんなカネは会社にない。水無月君で十分だ」

 だったらギャラを、

「ギャラ? 給料はもらってるだろ」

 ギャフン。それぐらいの規模の会社だものね。それそうと東京九州フェリーの名物は、

「取材はさせてもらう」

 ああやっぱり。ランチにBBQが出来るのよね。船でBBQは素敵だと思うけど夜には下船するからビールが飲めないからだってさ。クルマで来てる人もドライバーが飲まない人なら良いけど、バイクなら逃げ場がないのよね。

「ビールがないBBQは、わさび抜きの寿司みたいなものだ」

 大人しくレストランでランチした。午後からも船内風景の撮影はあったけど終了。コーヒーを飲みながら先輩と雑談、もとい明日からの仕事の打ち合わせ。この仕事の要点はいかに斬新な企画を考え出すかなんだよ。だから常にネタを探し回っているようなもの。

 そんな中で妙な噂があるのを見つけたんだよ。噂と言うか都市伝説みたいなものだけど、奇妙な二人連れのツーリングの話だ。二人は若い女のようだけど、とにかく美人だそう。それもそんじょそこらの美人じゃなくて、それこそ女が見ても圧倒されてひれ伏すぐらいだとか。

 そこも興味は引くけど乗ってるバイクがとにかく物凄いものらしい。バイクの物凄いもあれこれあるけど、とにかく速いなんてものじゃないそう。あくまでも噂だけど世界一速いんじゃないかとまで書いているのがいる。

 速いとなれば先輩が乗っているようなスーパースポーツが思い浮かぶし、海外製ならドッカティやBMWなんかもある。他にも改造してあるのもある。世の中には後付けでターボやスーパーチャージャーを付けるのまでいるからね。

 だけでその二人のバイクはほぼ純正だそう。それだけでなく小型バイクだと言うのよ。あのバイクなら双葉も試乗したことがあるから知ってるけど十馬力もないぐらいのパワーなんだよね。

 乗って楽しいバイクなのは双葉だって認めるけど、走りが期待できるような代物じゃない。むしろそういうのとは対極のトコトコ走って楽しむバイクなのよ。

「小型でも速いのがいるぞ」

 世の中には125CCでも化物バイクはいる。改造と言うかチューンしてるのだけど、驚きの三十八馬力とかね。

「あれはあまりにも例外だ。もっとも公道は走れないし、そのうえ2stだからな」

 サーキットで4stの250CCを追い回した話があるぐらい。あれは例外として市販車の4stなら十五馬力ぐらいが目いっぱいのはず。125CCでも十五馬力になればかなりパワフルだけど、

「125ccにしたら程度だ。250CCにも刃が立たん」

 双葉も試乗したから知っている。これが125CCの走りなのって驚きこそあったけど、パワー勝負になれば中型やましてや大型、さらにスーパースポーツと較べるのも無理があり過ぎる。

 同じ排気量でも馬力の差はあれこれとある。この辺は単気筒なのかマルチなのかで差があるけど、スポーツ走行を目指すバイクなら排気量の差は絶対として良いぐらい。ここはもっとシンプルに小型バイクを極限までチューンしても、大型のスポーツバイクに勝てるはずがないってこと。

「ボアアップしてもしれてるしな」

 ボアアップしたらキットにもよるけど二割から三割ぐらいパワーアップするのはする。だけどね、先輩のハヤブサは二百馬力なのよ。それこそ馬力の桁が違うもの。

「下りのワインディングならまだ争えるかもしれないが」

 だけどね噂のバイクは登りでスーパースポーツを振り切ったと言うのよ。目撃談はどうも何か所で見られたみたいだけど、その速さの噂のタネは、登りの驚異的な速さで良さそうなのよ。

 某掲示板で盛り上がったから知ってるようなものだけど、始まりは異様に早い二人組の小型バイクがいて、それが全国各地で目撃され、バイクの特徴、ライダーの特徴から同一人物の同一バイクじゃないかってなってたのよ。

「写真ぐらいないのか」

 無い。無いから与太話だとする人も多いけど、モトブロガーかドラレコ付けていない限り、バイクの運転中に画像なんて撮れないもの。停まっていても、カメラを取り出すまでに走り去ってしまうだろうし。

 もし実在しているのならスクープになるはず。さらに速さの秘密がわかったならビッグ・スクープじゃない。ただ見つけるのは容易じゃなさそう。だってあのバイクはそこそこ走ってるバイクだし、ライダーが女だっていくらでもいる。

「純正に近いんやろ」

 らしい。だから見ただけではわからないのよね。噂のバイクかどうかは飛ばしてくれないとわからないし、

「本当にそんなに早いのなら、オレのハヤブサでも振り切られることになる」

 そう本物を見つけても追いかけるのが不可能に近いことになる。でもさぁ、でもさぁ、どう考えてもそんな化物バイクがいるとは信じられないよ。出どころは某掲示板だから都市伝説の可能性が高いよね。

「まあそうなんだが、一つだけ気になることがある。その手のネタに一番飛びつくモトブロガーがいるじゃないか」

 それってカトちゃんのこと。

「そうだ。カトちゃんは知っての通りのトップモトブロガーだが、キワモノが大好きだ」

 その通りだけど、噂のバイクに触れたことは一度もなかったはず。

「これは興味がないのが一つだが・・・」

 それは不自然な気がする。だってあのカトちゃんだよ。

「そうなんだが、それなら調査中の可能性がまずある」

 それはあるあるだ。

「もう一つは知っていて触れない可能性もある」

 えっ、どういうこと。

「カトちゃんが触れないのも不自然だが、ササハラ・コンビも触れていない」

 あそこもキワモノは嫌いじゃないはず。

「カトちゃんもササハラ・コンビも噂のバイクの正体を知っている可能性がある。知っていても触れないのは、触れてはならない暗黙のタブーが存在するのかもしれない」

 なんだよそれ。バラしたら殺されるとか。でもさぁ、たかがバイクの話だよ。

「水無月君の言う通りなんだが、そうとも見えるということだ」

 じゃあ、もし今度の取材旅行中に見つけたら、

「タブーも含めて化けの皮を剥いでやりたいな」