ツーリング日和16(第2話)名門大洋フェリー

 座興かと思っていたら、コトリさんから連絡があったのに正直なところ驚いた。連絡先すら交換していなかったのだけど、どうやらバーのマスターからわざわざ聞き出したみたいだ。それは個人情報じゃないかと思うけど、まあいっか。

「十七時発の名門大洋フェリーになるんやけど・・・」

 どうして名門大洋フェリーかと思ったけど、なるほどそういうことか。そうなると大阪南港に行かないとならないことになる。南港も遠いのよね。だって大和川の河口の北側だからほとんど堺になるもの。

 それとフェリーって、十七時発だからって十七時に港に行けば良いものじゃない。出航前にトラックやクルマ、バイク、さらにその他の乗客も積み込んでしまうから、

「十五時四十五分から乗り込みが始まるさかい、遅れんようにな。フェリー乗り場で待ち合わせや」

 遅れたら大変だし、南港なんて行ったことがないから、昼ご飯を済ませたら神戸を出発。市街地走行に苦戦した。そろそろのはずだけど、あった、あった、南港フェリーは右に寄れって出て来たぞ。この信号だな。

 ビルの上に大阪南港フェリーターミナルって書いてあるから、あの辺になるのだろうけど、どこだ、どこだ。フェリーターミナルのビルの前はロータリーみたいになってるけど、見えた。あそこに新門司行きの乗船待機場所はこっちだって案内看板があるじゃない。さらに進むと係員の人がいて、

『新門司の十七時発ですね』

 QRコードで乗船確認をしてもらって、ここを進んだら良いんだよね。そしたらまた係員の人がいて、

「あの辺で待っていてもらえますか」

 何台かバイクが既に待ってたけど、

「こっちや」
「迷わなかった?」

 そうそうこの二人組だけど背の高い方がコトリさん。小柄な方がユッキーさん。三人でしばらく待っていると乗船開始だ。アリスたちバイク組の順番が来て、

「行こか」

 ついに乗り込みだ。ランプウェイから船内に入ると下の階に誘導された。上の階もあるみたいだから三階建てになってるみたい。下の階に下りたらまた係員がいて、さらに車両甲板の端っこの方に案内された。ギアをローに入れてエンジン停止。

「後で荷物は取りに来れんから、忘れ物はないようにな」

 荷物を抱えて船室に行くのだけど、船の中にもエレベーターがあるんだ。六階に上がると、こりゃ立派だよ。八階まで吹き抜けのロビーじゃないの。まるでクルーズ船みたいだよ。フロントで部屋のカギをもらって七階までシースルーエレベーターで上がり今日のお部屋に。これは豪華じゃない。

「ごめんね。三人連れになるからこの部屋になっちゃったのよ」
「そやから一人はエキストラベッドになってまうねん。後でくじ引きで決めよ」

 それぐらいなんでもないけど、この部屋にした理由は、

「ああ、ここより上のクラスにだけ部屋にトイレがあるねん」

 部屋にトイレ? そりゃ、あった方が良いけど。

「あった方が良いどころじゃないのよ」
「女の子には必須の設備や」

 下のクラスになると部屋の外のトイレになるのだけど、そこに行くのが大問題だって。寝る時は備え付けのナイトウェアなり、持って来たスウェットを着るのだけど、

「ナイトウェアで行かへんのは当然として、たとえスウェットでも、その格好でトイレに行くかや」
「寝てる時ならスッピンだし、髪だってボサボサになるじゃない」

 スウェットで行くのはまだ良いかもしれないけど、寝てる時だから髪はボサボサになるし、化粧だって落してスッピンだ。でもそれは仕方ないと思うけど、

「誰に会うかわからへんやろうが」
「イイ男にそこで初対面なんてしたいと思う?」

 あははは、そっちか。

「まず風呂や」

 お風呂も立派だ。窓も大きくて気持ちがイイよ。風呂から上がると、

「フェリー初めてでしょ」
「初めてやのうても見たいやろ」

 オープンデッキに上がって出航の様子を見てた。汽笛が鳴らされ、船が港を離れて行くんだよ。

「このシーンもいつ見てもエエな」
「旅立ちって感じが嬉しいもの」

 アリスもだ。ところでだけど、フェリー会社の名前が変ってるな。だってだよ自分で『名門』なんて付けてるんだもの。

「ああそれか。それはもともと名古屋と新門司を結ぶフェリーやったからや」
「だから名門だったんだけど、名古屋航路がなくなったのよね」

 ちなみに大洋は途中で合併会社の名前だって。出航を見送ったら、

「メシや」

 レストランに行ったのだけど、

「バイキングは楽しいな」
「食べ放題やしな」

 トレーにお皿を載せてあれこれ取ってきて、

『カンパ~イ』

 てかさ、どれだけテンコモリ取って来てるのよ。

「バイクは体力いるのよ」
「そうや、食うとかんともたへんで」

 そりゃ、そうだけどトレーのお代わりまで行くんだもの。でもさぁ、でもさぁ、フェリーに乗ってると言うだけでテンション上がる。

「わかるわかる。いかにも未知の世界に旅立って行くって気分にさせてくれるもの」
「人ってな、海見たら渡ってみたくなる生き物かもしれん」

 上手いこと言うな。大航海時代なんてそうだよね。

「ユッキー、無人島生活に憧れた時期はあらへんかったか」
「あったよ。でもやるならロンビンソー・クルーソーより十五少年漂流記の世界かな」

 どっちも無人島ものの代表作だけど、一人は嫌だものね。

「十五少年漂流記は都合よう物があったけんど、あれぐらいあらへんかったら、生き残るんも大変すぎるもんな」

 でもさぁ、でもさぁ、男ばっかりの話なのがどうかと思わない?

「そりゃ女は入れんやろ」
「入れたら大変な事になっちゃうよ」

 そっちか。孤島に男と女が取り残されてしまう実話はあるけど、あれはたしか男が多くて女が少ない組み合わせだったはず。

「つうか、女が一人で残りは野郎やったと思うで」

 これが成人だから起こる事は一つしかない。女を巡る血を血で洗う争奪戦だ。

「だから映画なんかでも、遭難孤島サバイバルは男と女の一人ずつにしていると思うよ」

 そうせざるを得ないのよね。一人ずつなら色恋で綺麗にまとめられるけど、男が複数なら生々しい話にしかならないし、

「女が複数ならハレムになりそうや」

 そういう映画もあったけど、あれは冒険物じゃなく完全に猟奇物になってしまう。じゃあじゃあ、女だけで漂流したらになるけど。

「無人島生活になると、女の力やったらやっぱり非力や」
「それにさぁ、どんなに頑張ってもボサボサになっちゃうよ」

 無人島の漂流話は最後に見つけられて救助される結末になるのだけど、発見された時の姿が女では絵にならないのはわかる。男だってボサボサになるのだけど、これは厳しい無人島生活を生き延びた勲章になるだろうけど、

「女かって勲章やねんけど、絶対に映画化もアニメ化もされへん」

 だと思う。ラストシーンが台無しだもの。

「でもさぁ、男だけでも起こるんじゃない」
「そやからジュール・ベルヌもあの年齢の設定にしたんやろ。もうちょい上がると起こらん方が不自然や」

 なんの話かと思ったら、同性だけで長期間隔離されると同性愛が起こるのだそう。

「ベルヌの設定でも危ないで。もっとも入れたら作品として残らんかったやろ」

 あのねぇ、なんて話で盛り上がろうとしてるのよ。