ツーリング日和16(第3話)てつはう

 夕食が終わってからもビールとおつまみを買い込んで部屋飲み。今回のツーリングの目的はツーリングを楽しみたいのもあるけど、仕事にも関連してるのよね。関連してるなんてものじゃなく、これに賭けてるぐらい。とりあえずテーマは、

『元寇』

 これがテーマなんだよ。それなりに調べたけどイメージが湧いてこないのよ。

「元寇のイメージなんか一つしかあらへんやん」
「あれがあるのが奇跡みたいなもの」

 蒙古襲来絵詞か。歴史の教科書に載るぐらい有名だけど、あれってどれぐらい本当なの。

「あれは竹崎季長が自分の手柄をアピールするために作ってるのはそうやと思う」
「だけどね、合戦の経験者が監修しているのが貴重なのよ」

 どういうこと。

「他にも軍記物の絵巻物とか、絵草紙みたいなものはたくさんあるけど、あれってずっと後の時代の人が純粋に想像して描いた物じゃない」

 なるほど。でもどんなところが、

「たとえば、てつはうや」

 てつはうは鉄砲とも書くけど、後世の火縄銃とは違う。今なら手榴弾みたいなものとされてるけど、日本軍が苦戦させられた兵器だよね。

「元寇では有名やけど、鉄砲の存在は長いこと謎やってん」

 えっ、あれだけ有名なのに、

「記録として残されとるんは、蒙古襲来絵詞と八幡蒙童訓ぐらいやねん」

 えっとえっと、

「ほいでも沈んどった元船から引き上げられて存在は確認されとるねん」

 やっぱりあったんだ。陶器製で重さが四キロぐらいで、大きさは十五センチぐらいだったのか。かなり大きいな。存在が確認されたのならやはり実話よね。・

「竹崎季長が見たんは間違いあらへん。そやからわざわざ蒙古襲来絵詞に描かせたはずや」
「だけどね、他の記録には殆ど出てこないのよ」

 そう言ってたけど、

「まずやけど、鉄砲の威力自体はたいしたことあらへんかったでエエはずや」
「だってそんなに遠くに投げられないもの」

 四キロと言えば女子の砲丸投げの砲丸ぐらいの重さだそう。そんなものいくら放り投げても十メートルか十五メートルぐらいだろうって。そんな鉄砲が半径十メートルの敵をバタバタと薙ぎ倒してしまうような威力があったりしたら、

「味方も巻き添えになっちゃうよ」

 と言うのもそれだけしか投げられない兵器なら、使うのは接近戦になった時しかないのか。でも古代でも 遠くに投げられる装置があったじゃない。

「カタパルトやろ。そやけどあれは野戦にはまず使えん。カタパルトは大きいし重いねん。そやから機動性は低いねん。使うんやったら攻城戦や」
「それに速射能力が低いのよね。一発撃った後に殺到されたらカタパルト隊は壊滅するよ」

 カタパルトってそんな兵器だったんだ。じゃあどんな威力があったんだろ。

「音やな。当時の日本に火薬はあらへんかったから、爆発音を聞かされただけで腰抜かすで」
「腰抜かすのは人だけじゃないのよ。馬なんてもっとビックリするはず。馬ってね、とっても臆病な生き物なの」

 鎌倉武士って馬に乗ってるから、鉄砲を雨あられと使えば効果的じゃない。

「そうなるはずや。そやけど、そうなっとったら、そもそも勝てへんやんか」
「史実は勝ってるのよ。でもさぁ、そんものを大量使用されれば、もっと記録に残されるはずだよ」

 えっ、どういうこと。

「鉄砲が存在してるんは間違いあらへん。これが実戦に投入されたんも間違いあらへん。そやけど、使われた数は少なかったはずやねん」
「ゲームチェンジャーになるほど使われなかったから、日本軍が勝ったはず」

 加えて当時は黒色火薬だけど湿りやすいんだって、元軍は海を越えて運んできてるから、実戦で使っても不発弾も多かったのかもしれないのか。

「それと文永の役やけど、敵前上陸戦やんか」

 船から荷物を下ろすには、これも運んできた小舟に移し替えて浜に揚げるしかなかったそう。小舟の数には限りがあるし、運ぶのはまず兵士で、次に馬、後は楯とか、陣地構築用の資材とか、

「兵糧も忘れたらあかん」

 もちろん調理用の鍋釜とか、下手すれば薪も必要だよね。輸送能力に限界があるから一発で四キロもある鉄砲を何百発も運び込むのに無理があったんじゃないかって。それでも竹崎季長は見てるのけど、

「想像やけど、二十発ぐらい運び込んで十発ぐらいしか爆発せんかったんちゃうか」
「その程度だから竹崎季長の馬もパニックになりかけたけど、なんとか抑え込んで戦えたんじゃないかな」

 さらにって話になったんだけど、鉄砲の爆発音は敵にも有効だけど、味方にも脅威のはずだって。

「そりゃ、鉄砲持ってるからいうて、鉄砲の爆発音に平気なわけあらへんやん。アリスかって、突然花火の音がしたら驚くやろ」

 たしかに。知識として知っていても、平気とは言えないもの。

「余程の乱戦状態で使われてると思うで」
「だって竹崎季長の後ろから飛んできてるじゃない」

 そう言われてみればそうなってる。これは竹崎季長が元軍の前線を突破して後方の陣地に迫っていたからとか。

「描き間違いの可能性も十分あるけんど、これ以上の突破を許さんために投げ込んだ可能性はあるで」
「その可能性はあると思う。だって前から投げて来たら、普通はそう描かせるよ」

 そこまで読み取るのか。それにしても歴史に詳しいな。

「そりゃ、コトリは歴史オタクだから」
「オタクやない歴女と呼べ」

 これはなんてラッキーな。ツーリングしながら元寇のこんな知識が仕入れられるとは。それにしても便利な時代になったものだ。

「そやな。ネットのアーカイブでオリジナルを見れるんやからな」

 そうだっと言いたいけど、船の上でWiflは入らないはずだけど、

「ああダウンロードしといた」

 歴女だ。

「さて明日も早いから寝るで」