ツーリング日和16(第7話)アリスの狙い

 化物の飲み食いに付き合って、宿に戻ってきた。ここも由緒あるらしくて、朝鮮通信使の宿舎にもなっていたとか。

「ホンマは以酊庵やねんけど、あれこれあって・・・」
「というか以酊庵の跡を継いだだけで・・・」

 歴女の会話はスノブすぎる。

「わたしは歴女じゃないよ」
「そうや、ユッキーは物知りの温泉小娘や」

 ここでまた聞かれたのだけど、アリスが対馬にツーリングに来たのは仕事のためもある。つうか仕事のためだ。書きたいのは元寇を題材にしたシナリオだ。

「それって元寇博のことか」

 そうだよ。福岡である地方博だけど、

「でもあれってコンペだよね」

 元寇博の目玉イベントの一つに映画製作があるんだ。

「たしか元寇物の代表作にするとかの意気込みやったよな」

 それぐらいの歴史大作にするって話なんだ、映画って企画を立て資金集めもするプロデューサー、その企画から台本を書くシナリオライター、その台本から実際に演出撮影をする監督ぐらいに分かれるけど、この三者の関係は作品によってかなり違うもの。

 多いのは三者がプロットを組み立てて、そのプロットから台本を書くのだけど、この映画はかなり変わってるんだよ。なんとなんと台本はコンペで選ばれるんだ。つまりプロットからすべてシナリオライターが考えて書くことになる。

「監督は決まっとったな」
「たしか・・・」

 これもこんな男臭そうな作品なのに女性監督なんだ。でも手腕は間違いないと思う。

「あれかな、男臭さばっかりやったら女性客の受けが悪いから、女の視線を入れるとかやろか」
「そんなことを言ったらフェミニストに吊るし挙げを喰らうよ。男が撮ろうが、女が撮ろうが映画に変わりはない」

 ただし条件があると思う、元寇物となれば従来の作品は幕府の執権である北条時宗が中心になる。これはこれでわかるのだけど、時宗が中心になると鎌倉の場面が多くて、博多はついでみたいな感じになってしまう。

「合戦シーンはゼニがとにかくかかるからな」

 だけど今回は福岡市が中心になって行われる元寇博のための映画じゃない。主舞台は北九州、ぶっちゃけ博多にしないといけないはず。

「なるほど、博多が主で、鎌倉は従か」

 そういう組み立ての脚本が求められてる気がしてる。はっきりとは書いてないけど、アリスはそう解釈してるし、そういう脚本を書きたいと構想中なんだ。

「具体的には?」

 それは企業秘密だ・・・というより基本方針は決まったけど、具体的な内容はまだまだって感じ。部屋の中で考え込んでも煮詰まるばかりだから、こうやって現場を見に来てるぐらいかな。

「ロケハンならぬシナリオハンティングみたいなものね」

 格好良く言えばね。だけどコンペだから取材費用は自前なのが辛い。でもだよ、コンペに勝ち抜いて映画化されれば、

「いちやくセレブの仲間入り」

 あのねぇ、シナリオライターはそんな派手な商売じゃない。どうしたって裏方なのよ。向田邦子とか橋田寿賀子なんて例外中の例外みたいなものだ。そうだな、ギャラが上がってくれるぐらいは期待してる。

「なにが見たいんや」

 元寇についてもあれこれ調べたけど、そのまま書いたら従来の元寇物と変わり映えしないものしか書けそうな気がしないのよね。それと自分では言いたくないけど、歴史物は得意とは言えない。つうか歴史が得意と言えない。学校でもウンザリさせられた。

「アリスも授業で歴史嫌いになったタイプか。気持ちはわかるわ」

 だってひたすら丸暗記みたいな教科じゃない。試験だって考えるのじゃなくて、問われてる事項を知っているかどうかだもの。それもだよ、あんな重箱の隅みたいな知識まで覚えなきゃいけないし、なにより嫌だったのは、

「思想やろ。歴史ってな、昔から思想に影響されるし、それを政治に使いたがる奴がいくらでも湧いて来る学問分野やからな」
「今の方がそれでもマシじゃない」
「どこがや。現代史を重視なんか愚の骨頂や」

 どういうこと。

「今活躍してる政治家がおるやんか。あいつらかって歴史に名を残す可能性はあるねん。そやけどな、とくに首相なんか辞める時にはボロクソ言われるのが宿命みたいなもんや」

 政権交代の時ってマスコミはもちろんだけど、ネットなんか極悪人みたいに罵る人がいくらでも出て来るものね。

「それが政治やし、そういう扱いをされるのを知っとるのも政治家や。政治なんて誰かが良くなれば、誰かが悪くなるもんや。全員が良くなる政治なんかこの世にあった試しがあるかい」
「そうなんだよね。政治家に限らずその人の本当の評価は、棺が蓋われてやっと定まるって言うよね」
「それやったらまだ早いわ。死んでから百年は必要やと思うで。百年もしたら関係者がみんな死んでもて、やっと冷静な評価が出来ると思うてる」

 そんな気がアリスもした。アリスが受けた授業でも、教師が気色悪いぐらい持ち上げた人物や国が今では忘れ去られてしまったり、評価がまったく違うのもいるものね。

「どっかの独裁国家を地上の楽園とか抜かしたり」
「人民公社やソフォーズ、コルホーズを絶賛したり」
「裸足の医者礼賛も大真面目にやらかしとった時代もあったで」

 なんだそれ、いつの時代の教科書なんだ。とにかくあんな授業と、あんな授業からのテストをやらされて歴史が好きになるわけないじゃない。だけど今回はそうは言ってられない。なんとかして、新しい切り口の元寇を見つけ出して、新しい元寇映画のシナリオを書いてやるんだ。

「ちょっとだけやけど、手助けぐらいは出来るかもや」
「コトリがやると捏造の日本史になっちゃうじゃない」
「なにが捏造や。歴史なんか捏造の塊みたいなもんやんか。コトリがやるのは美しき付け加えや」

 ちょっとちょっと。

「コトリは歴女やけど、歴史研究家やあらへん。そやけどなんで歴史を楽しめるかわかるか」

 蓼食う虫もなんとやらだ。

「まあそうや。歴女が楽しむ歴史は想像やねん」

 だから捏造の日本史、

「ちょっとちゃうな。ピースが全然足らんジクソーパズルや」