ツーリング日和16(第6話)厳原

 五時間足らずの船旅を終えて、

「対馬に上陸だ!」

 とはいえもう午後の三時だ。

「厳原の市内観光だけでもやっとこ」

 フェリーターミナルから厳原大橋を渡って突き当りだけど、道路案内を見てもチンプンカンプンだ。これは対馬だからじゃなく、

「地名を見てもピンと来んやろ」
「だから楽しいのじゃない。知らないところに来たって感じが良いのよ」

 この大きな交差点を右折か。この辺は厳原市街のはずだけど、どこにでもありそうな田舎町だ。

「そうとも言えんで」
「これだけ街が元気そうなのは珍しいよ」

 そう見るのか。これぐらいの規模の街なら大規模スーパーやショッピングセンターが郊外のロードサイドに進出してきて、かつては店がありましたになってる方が多いよね。

「左側のふれあい所つしまに行くさかい、次の信号を左や」

 なんか妙に立派な建物だけど道の駅なのか。コトリさんは駐車場には入ったけど中には入らずナビの確認。

「やっぱりこの交差点やった。案内看板の一つぐらい出しとけやな」

 再び出発。なにか道がどんどん狭くなってるけど、

「右に入るで」
「合ってるの」
「見えるやろあれや。しっかし不親切やな。なんか案内出せよな」

 なんじゃあれ。

「金石城の櫓門や。再建やけど立派なもんや」

 対馬に来て日本の城が見れるとは思わなかった。二重の櫓門は珍しいのじゃないかな。櫓門を潜ったらなんにもない。もとい、普通の家が見えるだけ。

「コトリ、ここから行けるの」
「ナビでもわからん。とりあえず進んでみるわ」

 突き当たって右に曲がると駐車場があるけど、

「ここから歩いて行けるはずやねんけど」
「ホント、なんにも案内がないね」
「先が思いやられるわ」

 つうか合ってるのかな。ここって左側に見えるグランドの駐車場じゃないのかな。

「体育館もあるで」

 でも行ったらあった。

「旧金石城庭園や」

 かつての大名屋敷の庭園で良く残っていてちゃんと整備されてる。引き返して櫓門を再び潜って走ってくと、

「やっと案内があったで」
「万松院はこっちって書いてある」

 さっきからずっと狭い道だけど、これはなかなか立派な寺じゃない。ここも藩主の菩提寺だったみたいで、再建された本堂も立派だけどその奥に、

「金沢の前田家、萩の毛利家の墓地と並んで日本三大墓地となっとるそうや」

 百雁木と呼ばれる石段の両方に灯篭がずらっと並んで、さらにその両側に石垣か。これだけの寺と墓地を作れる力があったってことよね。

「対馬藩は特殊でな・・・」

 江戸時代と言えば鎖国なんだけど、半島とは交流があったんだって、

「将軍が代替わりの度に朝鮮通信使が来るぐらいやからな」

 そのための施設整備も行われたんだけど、それだけじゃなく対馬藩は半島との貿易も許されていたんだって。

「対馬も農作物が取れへんとこで、米が四千五百石、麦が一万五千石やってん。そやけど幕府からは国主格で十万石の待遇されてるねん」

 その富の源泉が半島貿易だったのか。だから城を築き、これだけの菩提寺を作れたんだろうな。

「宿行くで」

 万松院から来た道を逆戻りして厳原の市街に。ちょっと感心したのは厳原には立派なホテルもあるのよね。

「東横インやろ」
「悪いけど今日は違うよ」

 市街地を南に下って行って、

「ここや」

 ってお寺じゃない。

「宿坊やってるから泊まれるんや」

 またえらいとこに泊るんだ。石段を登るとやっぱりお寺だ。西山禅寺ってかいてあるから禅宗の寺だろうけど、寺なら精進料理とか。

「朝食はな。そやけど夕食があらへんねん」

 あのねぇ。荷物を置いたら外で夕食だよね。三百メートルも歩いたら、

「ここや」

 割烹か。ありゃ、ちゃんと予約もしてたのか。手回し良いな。なにを食べるのかな。

「石焼きや」

 芋じゃないよね。前菜だけどこれは、

「イカの子やそうや」

 お刺身とかもあって、なんじゃこれ、でっかい石の板じゃない。

「そやから石焼きや」

 鉄板焼きならぬ石板焼きなのか。でもこれ美味しいじゃない、

「飲まなきゃ」
「地酒やな」

 対馬にも蔵元があって日本酒も焼酎も作ってるみたいだけど、

「九州やったら焼酎や」
「対馬やまねこと、こっぽうもん下さ~い」
「瓶ごと頼むわ」

 はぁ、ビールじゃないぞ焼酎だぞ。

「四合瓶はあかんで」
「一升瓶でお願い」

 こいつらどれだけ飲むんだよ。アリスも焼酎にしたけどロクヨンのお湯割り。だけどこいつら茶碗酒じゃないの。酔い潰れても連れて帰れないからな。でもまるでお茶を飲んでるみたいだ。

「アリスも飲まなきゃ」
「ここでしか呑めんで」

 そりゃそうだけど、限度ってものがあるでしょうが。

「ついでやから、いりやきもらおか」
「折角だものね」

 まだ食べるって言うの。アリスは石焼きでギブアップだけど、こいつら大食い大会か。いりやきって寄せ鍋みたいな料理だけど、見る見るうちに平らげて、

「この後がお楽しみなのよね」
「そや、対州そばいれてのいりやきそばや」

 対馬の蕎麦は日本蕎麦のルーツとされてるそうだけど、全部食べちゃった。

「これはとくべえ汁やんか」
「もちもち感が良いね」

 こいつら化物だ。コトリさんも良く呑んで良く食べるけど、ユッキーさんなんてあんな華奢そうな体のどこに入ってるんだろ。それにあれだけ飲んでるのに帰り道で、

「お寺の宿坊だから寝酒はダメよね」
「般若湯もなさそうや」

 まだ飲み足らないのかよ。