ツーリング日和14(第36話)浅井問題

「あの時の続きか」

 とりあえず朝倉義景は愚かすぎるよね。

「英雄ではあらへんけど」
「愚かすぎるは言い過ぎよ」

 だって義昭が金ヶ崎に来た時に担いで上洛していたら朝倉幕府になってたかもしれないじゃない。

「あの判断は悪くないと思う」
「常識的にはそうするね」

 朝倉は越前の王者だけど、北隣の加賀に強敵がいて、朝倉家の戦略的関心は加賀に向けられていたそう。加賀って言えば百万石だけど、

「それは前田家やけど、あの頃は天下最強の南無阿弥陀仏軍団が元気いっぱいやってんよ」

 そっか加賀と言えば一向一揆だった。朝倉家は加賀の南無阿弥陀仏軍団に苦戦していたみたいで、

「それを一掃せんと南に力を向ける余力なんかあらへんかってん」

 ここも厳しく言えば一掃できない義景の能力不足って話にもなるけど、一向一揆相手となると信長だって長島と石山本願寺で大苦戦してるし、

「家康かって三河一向一揆でひどい目に遭うてるし、謙信かって苦手にしとったぐらいやからな」

 義景が加賀戦線に専念したこと自体はおかしくないのか。

「これはやってみんとわからんになってまうけど、義昭担いで上洛戦やっても、あの義昭相手やぞ。信長でも振り回されたのに義景の器量やったらなおさらやろ」

 信長も上洛後は三好氏の反撃があったりして苦労したけど、そうなると京都に常駐軍も置かないといけないし、加賀の南無阿弥陀仏軍団も大人しくしてくれる保証もないものね。

「それをなんとか出来る器量は無いと見切ったのも一つの判断や」

 上洛すれば一件落着にならないのか。じゃあ、浅井と朝倉の関係は、

「理想的な唇歯輔車やな」

 朝倉は加賀に注力したい、浅井は南近江に進みたいと見るのか。お互いの背後の安全保障みたいな関係だものね。

「信長がおらんかったら、浅井は南近江の六角を滅ぼして近江統一をしとってもおかしない」

 言われてみればそうだ。朝倉だって加賀の南無阿弥陀仏軍団との関係がなんとかなれば、

「ならんやろ」
「そんな気がする」

 南無阿弥陀仏軍団ってどんだけなんだよ。そんな状況で起こったのが一五六八年の信長の上洛戦。これで状況が一変したんだよね。

「ああそうや。これで浅井がどうなったかを見るべきやな」
「信長の上洛を成功させてしまった時から浅井の運命は決まっていたのかもしれない」

 どういうこと。

「浅井から見てみい」

 北は長年の友好国の朝倉で、東の飛騨に進むのは無理がテンコモリ。西は若狭への道こそあるけど、

「そういうこっちゃ。何より南にドデカイ軍事国家が居座ってもた」

 どこにも伸びる余地がなくなった状態なのか。

「ほんじゃ、信長から見た浅井はどうやってことになる」

 そりゃ、お市の方を嫁がせて、友好国として手を携えて行こうだろ。

「違う、用済みや」

 えっ、

「見たらわかるやんか。信長の生命線は岐阜と京都を結ぶ南近江回廊や。ここへの最大の脅威は北近江の浅井や」
「浅井を滅ぼせば敦賀から一乗谷への道も開いて、北陸道が視野に入るじゃない」

 浅井朝倉が滅亡後に勝家がやった路線だ。

「でも情だろうね」
「まともにやったら時間と手間がかかり過ぎるの判断もあったんかもしれん」

 まともにやった結果も歴史に残っていて三年だものね。でもどうやって、

「信長に聞いてくれ」
「北近江に居座られたままで織徳同盟も難しいものね」

 織徳同盟が成立したのは、家康の担当が東と言うより、東の今川で手いっぱい状態だったからで良いと思う。家康にしても背後の尾張から攻め込まれないメリットが大きいから、あれだけ同盟が機能したはずなんだ。

「浅井の場合は信長との同盟やのうて、朝倉との同盟の時に成立する関係や」

 えっ、じゃあ、まさかだけど、敦賀に攻め込んだのは浅井になんらかの踏み絵を踏ませる狙いもあったとか。

「そうでも考えんと理屈に合わへんのよ。あないな曲芸みたいな戦略で敦賀に攻めこんだんが」
「補給線長すぎだよ。戦略的には北近江を制してから敦賀だよ」

 京都も信長の拠点ではあるけど、根拠地はあくまでも岐阜だ。岐阜から南近江に出て、素直に北上する方が攻めるにしてもなにかと都合が良いはずだもの。それよりなによりこの時の浅井の態度。あれって中立なのか。

「そこも理屈に合わんとこやねん。あの時の作戦の要は信長軍が浅井領を通るこっちゃ。具体的には高島郡や。そこまで協力しとるのに中立やんか。つまりはいつどこに転ぶかわからん状態や」

 結果としても離反されて敦賀からの撤退をやむなくされている。

「そんな危なっかしい状態やったらコトリは行かん。リスクの塊でしかあらへん」
「だから、そこに信長の計算違いがあったはずよ」

 なにを信長は期待して、

「あの作戦を本気でやるんなら浅井の協力が絶対の前提条件や。信長は若狭からでもかまへんけど、同時に浅井が刀根越で敦賀に攻め込むんよ」

 そうなっていたら朝倉でもあの時に押し潰されていたかも。まさか、まさか、まさか、信長が期待していた計算って、

「それはあると思うてる。力づくで状況を作り上げて強引にでも引っ張り込むや」
「信長の京都滞在は長いけど、この期間って浅井との秘密交渉をやってたかしれない」
「それに加えて交渉が進展せんから敦賀攻めの賽を振るかどうかも悩んどったかもな」

 それでも浅井は高島郡の通過を許してるけど、

「あれも政治の駆け引きの産物やろ」

 そっかそっか、若狭問題は将軍案件になっている側面もあったんだ。将軍の命令としては若狭の秩序回復で、これへの協力拒否は、これはこれでややこしい問題が生じるぐらいかも。

「浅井もどっか煮え切らんとこがあったと思うねん。将軍の命令を拒否したら信長との敵対まで覚悟せんとならん。浅井でも信長と単独で戦うには荷が重すぎるやんか」

 そうなると朝倉頼みになるけど、朝倉は朝倉で南で事を構えたくないぐらいか。

「そやから交渉上はあくまでも若狭限定みたいな作戦で信長も朝倉に説明しとったはずやねん」

 これも前に解説があったけど、これで結果的に朝倉の準備不足を招いて、手筒山城と金ヶ崎城をあっさり手渡してしまう結果になってるものね。

「こんなもん推測以外の何物でもあらへんけど、浅井のギリギリの妥協として若狭限定なら協力するぐらいやった気がする」
「だから信長が敦賀に攻め込んだのが離反へのトリガーになったと思う」

 信長が期待したのは、

「越前全部とは言わんでも敦賀を信長が抑えたら浅井は孤立無援になるんよ」

 そうだった。この頃の越前へのルートは必ず敦賀経由だった、この状況を回避するために離反となったのだけど、

「信長に全面協力になったら、北の織徳同盟状態に出来るやんか。浅井は朝倉、さらに加賀の南無阿弥陀仏軍団の最前線に立たされるからな」

 浅井の戦力が北に集中すれば北近江の脅威は軽減して南近江回廊の安全性が高まるってことか。

「そうしておいて信長は西に進むぐらいやろ」

 こんなもの高校生の亜美さんに解説するのは無理があり過ぎるよ。でもだよ、それ以前に無理があり過ぎる。

「そやから情しか考えられへん。それぐらい最後の最後で浅井長政は信長に尻尾を振るはずだの確信があったぐらいにしか言えんわ」

 そうなると信長の金ヶ崎での言葉が味わい深く感じてしまう。信長公記には、

『是非の及ばずの由』

 これも本当はどう言ったかなんかはわからないけど、ユリ的には、

『やっぱりアカンかったか』

 こう聞こえる気がする。それだったらもしかして、

「ああ、あると思うで。信長かって、それなりのリスクマネージメントとして浅井の離反を計算に入れとったはずやから、あれだけスムーズに撤退できてんやろ」

 歴史はロマンだね。