ツーリング日和12(第30話)くノ一みたいな話

 三田村風香の秘密らしきものだけど、

「風香は生まれは隠岐やけど、母は滋賀県や」

 そうなんだ。

「でやな、安土の家には後鳥羽上皇の末裔の家系伝説はあるけど、忍者の家は関係ないで良さそうや」

 ちょっと待って、じゃあ忍者に関係しているのは風香なの。

「そうや。甲賀の出身や」

 じゃあくノ一だったとか、

「いつの時代の話をしとるねん」

 だってだって、今だって先祖伝来の家伝の忍術を相伝してるところが一軒ぐらいいあっても良いじゃないの。

「そんなもんあるはずないやろ。忍術は武術とちゃうからな。それに武術かって生き残ったのは需要があったからや」

 忍術だってスパイって立派な需要があるじゃない。

「手裏剣投げても通用するか!」

 でもどこでもドロン出来るじゃない、

「マンガの見過ぎじゃ」

 でもそうよね。たしかにマンガに出てくるような忍者がいれば現代でも通用するだろうけど、いないから絶滅したはずだものね。風香がくノ一だったら面白かったのに。

「そこやけど、そもそもくノ一なんておらんかったはずや」

 それはさすがに言い過ぎでしょ。いくら後世に誇張されてる部分があると言っても、存在はしていたはず。そうじゃなければあんなに小説やマンガに出て来るはずはないじゃないの。

「あんだけ出たのは創作の必要性でエエと思う。忍者小説も男ばっかりやったらむさ苦しいやんか」

 小説の組み立てにもよるけど、それなりに人間ドラマを膨らませるには女は不可欠。ほのかでも色恋のエッセンスは入れたいのはわかる。でも膨らませたと言ってもくノ一が実在してたからでしょうが。

「くノ一が小説とかに登場するのは古ないねん。山田風太郎の忍法帖シリーズが初出ってされてるねん」

 それって昭和の人じゃないの。そういうけど、萬川集海にも久ノ一術はあったはず。

「第八巻やな」

 さすがに知ってるか。以上、証明終わり。

「中身を読んだんか」

 ぐっ、読んでない。

「あれは男が入り込みにくいところの潜入術やねん。それも忍び込むのやのうて、間者として入り込む方法や」

 なるほどね。男ってだけで警戒されるから、女であるのを利用するある種のハニートラップみたいなものか。でもそのために訓練された女忍者がいたはずよ。

「そりゃ、萬川集海だけで伊賀甲賀四十九流をかき集められとるから、女忍者を養成しとる流派はゼロとはいわん。そやけどな、忍者かって体力仕事や。どんなに訓練しても男には及ばんやんか」

 言われてみれば。体力となると女はどうやっても男に及ばないとところがある。忍者の基本となれば走ったり、跳んだり、投げたりがあるけど、女子の世界記録でも男子の中学記録ぐらいしかないのよね。

「同じだけ訓練したら男の方が絶対的に上になる。女忍者が男忍者と対決して勝つのはマンガの世界だけや」

 でもでもくノ一術に使う女忍者はいるでしょうが、

「ああそれやけど・・・」

 萬川集海には、

『くノ一はその心が姦拙であり智恵も口も浅いので、その人物を十分見極めないといけない』

 こうなってるらしいのよ。たしかにくノ一を使うってなってるけど、どう読んでも訓練された女忍者を使うのじゃなくて、入り込んで情報を得るのに女を使う方法と読んだ方が良いらしい。

 しっかし萬川集海もくノ一、つまり女のことをボロクソ書いてるのに腹が立つじゃない。女のどこが知恵も浅いし、口も軽いのよ。男だって・・・

「どうどう。男尊女卑の時代なのもあるけど、忍者として訓練されていない素人って表現と見んかい」

 そう読めない事もないけど・・・でもさぁ、でもさぁ、

「しつこいぞ」

 いいじゃないの。忍者の家の娘なら忍術を仕込まれてるはずじゃない。

「そこやけど・・・」

 これもはっきりしないところが多いそうだけど、忍者って派遣業みたいなもので、

「大名なりから派遣を請け負う家が会社で、これを上忍としとったの説がある」

 上忍は忍者派遣のために忍者養成を行うけど、上忍の家族が忍者として出る事はなかったのじゃないかって。それって上忍は忍者じゃないとか。

「そこがわからん。上忍の家は地侍の家でエエやろ。そやから普通の合戦もあるから、普通に武士やった可能性もある」

 この辺の含みとして、とにかく萬川集海だけで伊賀甲賀四十九流、これは四十九家の忍術の集大成だから、細かいことを言いだせばキリがないのか。

「上忍の子どもかってランクがあるやんか。惣領は忍者やらんかっても、弟連中はやっとってもエエやろ」

 だったら娘も、

「女は女の使い道がある」

 忍者にするより政略結婚に使えば良いのか。そりゃ、そうだ。

「それとこれも全部やないやろうけど・・・」

 実戦部隊である下忍は孤児を集めていたとされてるらしい。忍者の訓練は過酷だったそうだけど、

「孤児の中に女児もいたはずや」

 忍者にするのは男だけって言ったじゃない。女児なんか集めてどうするの。

「忍者も究極的にはカネ儲けのためにやってるやんか。男は忍者にして稼ぐけど、女かってカネを稼がせる使い道があるやろ」

 言いたくないけど女郎に叩き売る。

「そやと思うねん。体力の劣る女児を必死こいて忍者に仕立て上げても、むちゃくちゃニッチの用途に使い道しからへんやん」

 くノ一が例外的に存在していた可能性はコトリも否定しないけど、男勝りの美人忍者軍団がいたとするのはロマンの世界だろうって。

「女武者はおったけど例外的みたいなもんや」

 女武者はいる。歴史に名を残す者なら巴御前が代表格かな。他にも籠城戦で薙刀を揮って奮戦した記録はあるけど、女武者軍団が怒涛の突撃をしたなんかはないのよね。これは時代的な男尊女卑の部分もあるだろうけど、それよりなにより体力不足はあるよね。

 鎧を着こんで、槍なり、薙刀を振り回すのは男だって大変なのよ。現代人がやったらカメになるぐらい。合戦も走り回ったり、戦ったり、体力仕事だから、それに適応できる女はそれだけで例外的存在になるもの。

「女やから友軍からも襲われかねへんのもある」

 御意としか言いようがない。戦争ってね、異常興奮状態なのよね。命を懸けて戦うから、頭に血が上り切ってるとしてよい。そうじゃないと生き残れない世界でもある。だから日常のモラルなんて吹っ飛んでの乱暴狼藉は現代の軍隊でさえ起こるぐらい。

 乱暴狼藉で代表的なものが婦女暴行。ぶっちゃけレイプだ。雑兵連中なんて、これと強奪が楽しみで参戦してるのも珍しくないし、

「指揮官かって、それを認めんと士気が保てんねん」

 それは痛いぐらい知ってる。戦場に女がいると言うだけでレイプ目当てに集まって来るし、それが味方でも見境がつかなくなってる集団が軍勢だものね。忍者だってその辺は似たようなものと言われれば反論できない。

「そりゃ、ホンマの意味でハニートラップ用の女忍者はおったかもしれんが、そこまでになれば、上忍の娘が嫁ぎ先での活動みたいなもんやと思うで」

 それぐらいしか用途はないものね。女忍者が手裏剣投げたり、トンボを切って敵の襲撃を交わすみたいな現場に投入する意味も価値も乏しいのは悔しいけどわかる。だけどさぁ、だけどさぁ、ハニートラップ用のくノ一の訓練なら現代でも役に立つのじゃない。

「心の持ち方、動かし方、使い方のコントロールか。そういう心のコントロール術を風香は忍術から会得した可能性ぐらいはある」

 やっと一筋の光が見えてきた。風香の心の動きは常人のものじゃない。これこそ忍術の秘儀を会得したからって言っても良いと思うけど。

「あのな、口で言うのはたやすいけど、どうやって教えるんや。魔性の女は実在するけど、あれが全部忍者の末裔ってするのは無理があり過ぎるわ」

 ぐむむむ、そりゃそうだけど、

「別に忍術にこじつけんでも、単に風香にそういう才能があるで余裕で説明出来てまう」

 現実は小説をそう簡単に超えないか。