ツーリング日和6(第31話)一線を越えます

 瑠璃堂香凛です。祖父が持って来たお見合い話を嫌ってバイクで逃走。フェリーで出会った竹野さんに助けてもらい神戸のホテルにいます。竹野さんには本当に感謝していますが、第一印象はこの世であれほど怖い人が存在するのかでした。だってフェリーで絡まれたチンピラのようなヤンキー三人組を、

『おんどれら、ワイの女になんか用か』

 この一喝だけで追い散らしてしまったのです。とにかく厳つすぎ迫力のあり過ぎる顔。がっしりした巨体にドスの効きすぎた声。申し訳ありませんが、その筋の人、それも大幹部クラス以外にしか思えなかったのです。

 急場で助けては頂きましたが、今度はそのまま竹野さんの女にされてしまうとしか思えませんでした。ヤンキーたちもタチが悪そうでしたが、竹野さんになるとヤンキーたちなど平和に見えるワルのエリート以外に頭に浮かぶものはありませんでしたから。

 ところが話してみるとごく普通のサラリーマンで、あの顔でと言えば失礼ですが、女性下着メーカーの営業職と聞いて笑いそうになりました。だってだって、あんな怖い顔してブラジャーやパンツの商品説明をして売り込んでいるのですよ。想像するにもギャップが凄すぎて。

 それもかなり仕事が出来るのは間違いありません。会社組織に疎いところがありますが、三十過ぎで係長なら出世は順調で良いはずです。それだけではありません。その手腕と心配りはすぐにわかります。

 香凛の苦境を多くを聞かずに察してくれましたし、快くマスツーに同意してもらっています。実際に接してみると単に親切なだけではなく、誠実で、ひたすら優しい人だとすぐにわかったのです。

 こういう成り行きですからホテルもツインを覚悟していましたが、さも当然のようにシングル二つです。手を握るどころか、一定の距離を取って近づこうともしません。そこに青森の朝の事件が起こります。

 祖父があの悪名高い白羽根警備を雇って追手として送り込んでいたのです。もうダメだと思ったのですが、竹野さんは強かった。まさに悪鬼の如く暴れまわり白羽根警備の連中を叩きのめしてしまったのです。

 青森の朝の時は悪鬼と感じてしまいしたが、あれは悪鬼じゃありません。竹野さんは香凛を守るためにあえて鬼になってくれたのです。香凛を白羽根警備から守ってくれる鬼にです。鬼になった竹野さんは香凛が止めなければ相手を殺してしまいそうな勢いでした。

 その時にわかったのです。竹野さんは女の子なら誰もが夢見る白馬の王子様ではありません。そうですね、真っ黒な逞しい馬に跨る歴戦のナイトです。幾多の戦場で勇名を轟かせ、その武勲を体に刻み込んだ勇者の中の勇者です。

 そこまでの勇者でありながら荒くれ者でもありません。普段は物静かで典雅に振舞いながら、いざ事があれば雄々しく戦い、必要であれば鬼にもなれ、守ると決めた相手にはなんの躊躇いもなく命を捧げられる真のナイトです。

 その日に香凛は本名も、逃げて来た理由もすべて打ち明けました。信用はしていましたが、どんな反応になるか不安でした。でも竹野さんは力強く、

「世の中にそんな理不尽な話があるか。ボクで良ければ力の限り守ります」

 そこから苦しい逃避行が始まりました。白羽根警備はひたすら怖かったのですが、竹野さんの大きな背中を見ているだけでホッとする気分になれたのです。普段の竹野さんはまさに紳士です。

 最初よりは打ち解けはしましたが、決して馴れ馴れしくはしません。それでいてとっても親切で優しいのです。常に香凛を気遣い、あの容貌からは信じられないぐらいの気配りの人です。まるで香凛をどこかのお姫様のように扱い、接してくれます。

 香凛が竹野さんを見る目はどんどん変わって行きました。最初は怖ろしいと思った顔も、すぐに力強くて男らしい、いやあれは間違いなく格好の良い顔です。男が男である証を刻み付けたまさに勇者の顔です。

 声にも惚れました。香凛がどんなに不安になっても、それをすぐに落ち着かせてくれます。あの声こそ、すべての邪まなる者を退ける声です。それにあの堂々たる体格。香凛の体を余裕で覆い隠してしまいます。

 香凛には悩みがありました。お見合いの日を逃げたものの、どうやってこのお見合い、いやこの縁談を断るかです。一番良いのは、お見合いの相手以上の男を見つけ出し、父や祖父を納得させることです。

 そんな男を香凛は見つけたのです。これほどの男が他にいると言うのでしょうか。普段は香凛を紳士として守り、いざ事があれば、あの白羽根警備の連中さえ蹴散らしてしまう強さを持っているのです。

 香凛はこんな男を探し求め、待ち続けていた気がします。聞いてみると独身ですし、特定の彼女もいないようです。それどころか、

「この女難の相ですから・・・」

 ああなんて見る目がない。その点は香凛も他人のことを言えない部分はありますが、密かに天に感謝しました。きっと香凛のために、そういう見る目がないハズレ女ばかりを竹野さんに巡り合わせていたはずなんだと。


 鶴の湯の夜は驚きの夜になりました。竹野さんはお金に困っている事を打ち明けてくれて、同僚に援助を求めようにも白羽根警備の手が回り、このままでは秋田で立ち往生になると話してくれたのです。

 竹野さんはこれ以上はないぐらい申し訳なさそうな顔になっていました。これを聞いた香凛は身の置き所がなくなりそうになったのです。泊まるのがいつも立派なホテルだと思ってましたが、あれはすべて香凛のために無理をしてくれていたのがわかってしまったのです。

 竹野さんはなんとか香凛を秋田でフェリーに乗せると言ってはくれましたが、竹野さんは野宿しながら大阪に帰るというのです。そんな事をさせる訳には行きません。とはいえ香凛にもおカネはありません。竹野さんは考えあぐねた末に、

「ダメモトでトライしてみる」

 ここで竹野さんの提案は、フェリーで見かけた二人連れにおカネの借用を頼む事でした。あまりに無謀な提案でしたが、二人で誠心誠意頼んだら、なんとかなるかもしれないと考えて部屋を訪れたのです。

 その二人組の顔を改めて見て香凛は驚くしかありません。若そうで女から見ても素晴らしく美しい女性ですが、知っていたのです。間違いありません、現代に生きる女神とさえ呼ばれる月夜野社長と如月副社長だったのです。

 竹野さんの願いを快く聞いてくれただけでなく、私の竹野さんへの想いも見抜かれ、ついにはフェリーの夜には泣きながら白状させられてしまったのです。あの時の香凛の顔は真っ赤だったと思います。でも後悔はありません。ずっと言葉にして想いを打ち明けたかったからです。さらに月夜野社長は、

「頼みは聞いたから任せんかい。あんたらは旅の仲間や」

 そこから白羽根警備の追跡を交わす作戦を展開し、あれも何がなんだかわかりませんでしたが、敦賀で待ち受けていた白羽根警備の連中を一喝して退けてしまっています。そして今は神戸のホテルです。

「なるべく早く、あんたらの事もケリつけるけど・・・」

 月夜野社長は香凛の耳元で、

「あれだけの男はそうはおらん。しっかり捕まえて放さんようにしいや」

 月夜野社長が用意してくれた部屋はおそらくツインのセミスウィート・クラス。まるで新婚初夜のために用意してくれたような華やかな部屋です。これは心を決めろのメッセージのはずです。既に想いはフェリーの夜に改めて伝えました。ですから「直樹さん」と呼べるようになっています。

 でも香凛との距離は崩そうとはしてくれません。直樹さんには辛い失恋の過去があり、とくに結婚式の誓いの言葉に最中に花嫁に逃げられたのは苦すぎる過去になっています。そうなのです。香凛の想いを受け止めてはくれましたが、それさえ香凛の気の迷いとしているのです。

「ボクのことを好きと言ってくれたのは嬉しいし、その気持ちがウソでないのもわかる。だけど・・・」

 今の二人の状況は異常だとしました。異常な状況下に置かれてしまったから、つい香凛は直樹さんの事を気に入ってしまってるだけとしたのです。

「見て通りの女難の相だ。はっきり言わなくてもリアルなまはげだよ。香凛さんならもっとイケメンの良い男がいくらで選べるじゃないか」

 ええい悔しい。そんな女に見られるなんて侮辱です。今度の旅で香凛は成長しました。男のなにを見て惚れるべきかをです。ルックスよりハートがはるかに重要です。香凛は直樹さんのハートを見た自信があります。

 ルックスだって大好きです。真に男らしいとは直樹さんの格好良さを言うのです。もう香凛は他の男など目に入るはずがないじゃありませんか。これだけの男を見つけられた自分を誇りに思っています。

 今夜は心に決めました。どうしても直樹さんが香凛を疑うのであれば、香凛が一線を越えます。女から誘うのはどうかの部分は残りますが、信じてもらうにはそれしかありません。どれだけ本気かの証拠をシーツに示して見せます。

 そうなんです。香凛はまだなのです。まだどころか、本当の意味でお付き合いした彼氏さえいません。とにかく家が超が付くぐらいウルサイのでそうなってしまっています。ですが、残っているのが今夜は最高に思えます。

 やはり初めては最愛の男に捧げるものです。その夢が叶うのです。シャワーでいつもより丁寧に体を洗い、用意されているパジャマにせずバスタオル一枚で部屋に戻ります。直樹さんは驚いた顔をしていましたが、そのままの姿で抱き着き、

「お願い。好きなのです」

 拒否されたらどうしようと頭を巡りましたが、

「ボクじゃ後悔するよ」

 私は懸命にクビを振り直樹さんの頭の後ろに腕を回し唇を塞ぎました。これも初めてです。私は絞り出すように、

「お願い」

 直樹さんがパジャマを脱ぐ気配が伝わり、私のバスタオルが取り去られ、ベッドに仰向けに寝かされます。そして私の一生に一度だけ経験する時間が始まりした。直樹さんの指が、唇が私を愛します。

 こんなに恥しいものだと思うと同時に、例えようのない感覚が私を訪れます。その感覚は私の体の中に響き、私を熱くするのです。ふと気が付くと興奮しています。興奮は今夜一線を越えると覚悟した時からしていますが、それとはまったく別の興奮です。

 その興奮は私の頭だけでなく体中に広がります。いやそうじゃなくて体中を駆け回りながら下半身の一点を熱く熱くさせます。もう身悶えするほど恥しいのですが、直樹さんの指は私の興奮を確実に探り当て、さらに高ぶらせていきます。

 その時が刻々と近づいて来ます。既に香凛の膝は左右に割られ、そこに直樹さんの膝が入っています。すべてを許す体勢になっています。直樹さんの気配が変わります。熱く逞しいものが香凛を求めているのを体で知ります。ついにその時が始まったのです。何度も何度も、

「痛くない」
「だいじょうぶ」

 と声を掛けられながら、香凛の体に存在感を示します。夢中でシーツをつかんでいましたが耐え切れず、

「うっ」

 この叫びを挙げた時が最後の瞬間だったと思います。いや、それさえもわかりません。どこかで失われたはずですが、それがどの時点だったかなんて感じる余裕さえありません。とにかくすべてを受け入れる事しか頭にないのです。

 そこからの時間はもう一つの最後の瞬間を知る時間になりました。直樹さんの激しい動きに必死になって耐えました。そして体が迎えたことを知り、すべてが終わった事を知ったのです。


 翌日はこうなるとは聞いていましたが、ずっと入っている感覚が残りました。でも嫌ではないのです。そうなれたと思う感覚の方がはるかに強いです。月夜野社長に呼び出されたのですが、

「エエ顔しとる。これでやっと準備が整ったわ」

 やっぱり、わかるようです。それと月夜野社長が言葉もすべて理解出来ました。もう直樹さんではなく直樹で、香凛さんではなく香凛です。ここまで一体となってこそ二人の道を切り開くことが出来るのです。

 直樹はやってくれるはずです、香凛の初めてを力強く押し開いてくれたように、二人の道も必ず切り開いてくれるはずです。二人は完全に一つ、絶対に離れません。もう怖いものなど何もありません。