ツーリング日和12(第9話)華やかな世界の裏舞台

 三田村風香はアイドル映画のオーディションから勝ち上がった叩き上げだけど、

「あの世界も男社会です」

 これは今でも男性監督や男性プロデューサーが幅を利かすだけじゃなく、

「女性監督や女性プロデューサーも気質として男社会ですから」

 セクハラというより男尊女卑的な気風が濃いところだろうな。

「それにタンマリとパワハラが味付けされています」

 映画を撮るとなればプロデューサーなり、映画監督が出演者を集めるのだけど、誰を出演させるかはそれこその胸先三寸になる。役柄のイメージは一番だろうけど、事務所とか俳優個人からの売り込みもあるそう。作る方だってどこまでギャラを出せるかもあったり、

「出演者の組み合わせもパズルみたいなものです」

 個性の塊みたいな男優や女優だから、あれこれと共演NGみたいな暗黙のルールも多々あるそう。だから同じような組み合わせの俳優の映画も多いのか。妙な組み合わせにすると、それこそ撮影現場で空中分解もあるらしい。

「無名の女優が出演するには魑魅魍魎の世界を勝ち抜く必要があります」

 それって枕ってこと。

「もちろんです」

 風香も?

「そうでなければあの役を取れるものですか」

 だから男尊女卑のセクハラ、パワハラの世界か。でもいくら枕を使っても、

「だから端役になるだけで食い散らされて終わったのは数え切れなぐらいです」

 やっぱりか。なにが厳しいって、女優の評価は当たり前だけど演技なのよ。いくら美貌があっても大根なら淘汰されてしまう世界だ。だけど美貌と演技力があっても枕を使わないと、

「その通りです。最初の出演が出来ません」

 枕は出演のための監督やプロデューサーだけよね。

「いえ男優の共演条件になるのも珍しいとは言えません」

 たとえば大物男優と若手女優なら、それが楽しみで出演する男優もいるとか。じゃあハリウッドも、

「さすが本家だと思いました」

 やっぱりそうか。もちろんすべてがそうじゃない。そうじゃないけど、

「聖人君子ばかりじゃありません」

 女優は立場的に辛いのか。

「男優だってセクハラは受けます」

 あちゃ、女優よりマシ程度なのか。

「女だって好きでもない男と枕をするのは不本意ですが、男の場合は横目で笑ってました」

 男優がセクハラを受けるのはまず女性監督、女性プロデューサーがあるそう。これは女優の逆だけど、絶対数で女性監督、女性プロデューサーが少ない分だけ被害は少ないかもしれない。もっとも女優からのセクハラは変わらないぐらいあるか。男優が一番青い顔になるのは、

「理由はわかりませんが、なぜか多い気がします。女優はターゲットにならないので助かりますが・・・」

 ゲイもいるんだ。ゲイも通常は同じ性嗜好の者をターゲットにするはずだけど、ノンケにも食指を伸ばすのがいたら災難になる。そりゃ女優だってレズ監督、レズプロデューサーになれば被害に遭うけど、

「どっちも悲惨やろうけど、男優の方が辛いやろ。入れる経験はあっても、入れられる経験はあらへんやろし、入れられたい男は少ないやろうしな」

 もっとも広い世界じゃないから、誰がそういう趣味を持ってるとか、ノンケでも求められるのはわかってるはずじゃない。それにもう一度言うけど、映画の製作現場のすべてがそうではない。嫌だったら避けるのは可能のはず。

「そうなんですが、これは価値観の違いになってきます」

 これは映画界だけでなく芸術系、プロスポーツなんかも含まれる部分はあるけど、どうやってデビューするかが大きな関門になるのよね。

「デビューしても成功が約束されているものではありませんが、何事も最初があってこそ次があります」

 若手、とくに無名であればじっとしていてもデビューなんてありえない。だから風香もやったようにオーディションに通いまくるのだけど、

「そこで目を付けられたら、どんな手を使ってでもモノにするのが役者です」

 女なら枕も厭わずになってしまうのか。

「枕だって真剣勝負です」

 出演だって主役から、端役まであり、少しでも上の役にならないと、

「デビューがあっても、次の仕事が無いと終わってしまいます」

 風香も最初はセリフもあるクラスメートぐらいだったそうだけど、主役の敵役を勝ち取ったのか。笑ってるけど、枕だけじゃなくそれこそ熾烈な競争を勝ち抜いたんだろうな。

「それと実際の映画撮影に参加して演技をするというのは、何物にも替え難い財産になります」

 黄金期の日本映画にはニューフェース・システムがあり、そこに採用されれば、当時量産していた番組映画の端役から経験を積み上げたそう。でもさぁ、演劇の養成所はあるじゃない。

「舞台でも演技力は付きますが、舞台と映画はやはり違います。この差を知り、身に着けるには出演するしかありません」

 舞台と映画は共通する部分は多いと思うけど、違う部分も多いのはなんとなくわかる。

「だからヒットメーカー監督の作品とか、話題の大作になれば、どんな手を使ってでも出演したいと考えるのが役者です。だから男優だって覚悟を決めてカマを差し出します」

 女の枕も嫌だろうけど、男のカマはもっと嫌な気がする。どっちもどっちかもしれなけど、コトリの言う通り出来たら避けたいはず。風香は苦笑いしながら、

「芸術家って変人が多い気がします」

 言わんとする所はわかるな。芸術で忌避されるのは平凡とかありきたりになる。とくに映画では観る者の度肝を抜くものが要求されるとして良い。そんな事が出来るのは日常の世界を飛び越える感性が必要な事ぐらいはわかる。常識人が撮っても駄作にしかならないもの。

「そうかもな。そやから破滅型の監督も多いんやろ」

 ヒットを連発させても、酒とクスリと女に溺れて破滅してしまうのは、監督だけでなく女優や男優にも珍しいとは言えないものね。

「落ちた偶像、ジュディ・ガーランドとか」

 えらい古い話だ。ジュディ・ガーランドの出世作はオズの魔法使いのドロシーなのは有名。どう見たってまだ子役だけど、ジュディ・ガーランドはドロシー役を勝ち取るために、

「そこら辺は話が誇張され過ぎ取って、どこまでホンマかわからん。そやけどヤクと酒とセックスに溺れとったのはある程度は信じてもエエやろ。それでもや、出演作の評価は高いやんか」

 ヤクと酒とノイローゼでボロボロになっていたと考えられる晩年でも、ニュールンベルグ裁判でバート・ランカスターやマレーネ・ディートリヒと火花を散らす共演をしてるぐらいだもの。

「もう伝説になっとるマリリン・モンローもおるやんか」

 ライバルとされたエリザベス・テイラーより今なら有名だよね。現役時代はエリザベス・テイラーの方がヒット作や代表作も多いし、一方のモンローは若くして急死してる。

「そやけどリズは知らんでもモンローなら知っとるやんか」

 言い出せばリズだってどれだけって話になるのが映画界になる。あの頃よりマシと信じたいけど、本質的な部分は今も変わっていないってことね。それでもその世界に憧れ、群がって集まるもの。

「あれだけは浴びてみないとわからないと思います。ヤクなんかよりよほど中毒性が高いと思いますよ」

 だと思う。そういう汚い面は別に業界人のみが知る極秘情報ってわけじゃない。それでもその世界に飛び込みたい人は今も昔も多いのよね。風香は浴びたらわかると言うけど、浴びてるのを見ただけでも引き寄せる世界だよ。