イラン・イラク戦争・テヘラン脱出の再々検証

 参考資料は秋月達郎著「海の翼」です。この作品はセミドキュメンタリーに仕立ててあるのですが、時刻関係については一番真実に近いのではないかと考えています。もっとも秋月氏もはっきりしない部分があったようで、そういう部分はボカされているのが残念です。

 海の翼から掘り出した時刻と事実関係です。はっきりしない部分も多々あるのですが表にしてみます。


時刻 残り時間 事柄
イラン イラク 日本
20:30 20:00 04:00 48.0 無制限撃墜宣言
11:00 10:30 18:30 33.5 日航断念
16:30 16:00 00:00 28.0 野村、ビスメルの下に
21:00 20:30 04:30 23.5 オザル首相快諾
10:00 09:30 17:30 10.5 トルコ機離陸
15:00 14:30 22:30 5.5 トルコ特別機着陸
17:00 16:30 00:30. 3.5 トルコ特別機離陸(17:10)
17:30 17:00 01:00 3.0 トルコ最終便着陸
19:30 19:00 03:00 1.0 トルコ最終便離陸
20:30 20:00 04:00 0.0 トルコ最終便国境を越える
 野村豊大使が邦人救出の万策尽きて、救援機要請をトルコのイスメット・ビスメル大使に行ったのが無制限撃墜宣言開始の28時間前になります。ビスメル大使はトゥルグル・オザル首相にこの旨を伝え、オザル首相はこの要請に応える事を決断します。

 さらにオザル首相の要請を受けたトルコ航空のユルマズ・オラル総裁がこの要請を受けると決断したところでドラマは動き出します。ここまでで十分すぎるドラマなのですが、前回の再検証の時に違和感を残したところを触れてみます。トルコ航空が送り出した旅客機は、

  • 特別救援便
  • 最終定期便

 この2機です。この時点でテヘランに取り残された日本人は215人で、トルコ航空が送り出した旅客機はDC10で275席ですから、日本人全員を乗せてもさらに60人のトルコ人を乗せることが出来ます。ですが実際は、

  • 特別救援便・・・198人
  • 最終定期便・・・17人
 こうなったと見るのが正しいようです。どうして特別救援便に日本人全員が搭乗しなかったのかはすべての資料が沈黙しています。

 それとドラマチックに取り上げられているのは特別救援便です。まずですが緊急事態下なのでトルコからテヘランへの航路は通常のものではなく、アルメニア経由で特別救援便は5時間ぐらいかかっています。と思い込んでいたのですが、それほど遠回りしたわけではなさそうです。地図で確認すると、

20211229075653

 海の翼が手元に見つからないので記憶に頼りますが、まずトルコ・イラン国境はアルメニアとイラクの間にあります。往路はアルメニア経由となっていますが、復路のアララト山経由と較べてそれほど変わらないように見えます。

 遠回りしたとなるとアルメニアからさらにアゼルバイジャンを通りカスピ海に出て南下したぐらいは思いつきますが、もしそれが往路であれば復路もそちらの方が安全に見えます。だってテヘランから北上してイランの領海を突破する方が早そうだからです。アゼルバイジャンの領海の方がどう見ても近いからです。実際の往路がどうであったかはいくら地図を見ても良くわかりません。

 その特別救援便がテヘランを離陸したのが17時10分です。撃墜宣言が20時30分ですから、往路の時間を考えると・・・そうやって緊迫感を高めた描写がありましたが、危険なのはイラン領空内だけになります。アゼルバイジャンなり、アルメニアなり、トルコに入れば安全です。

 海の翼にはテヘランからトルコ領内まで通常なら1時間半としていましたから、往路と同様にアルメニア経由でもイラン領空から2時間もあれば可能に見えます。17時10分ならまだ無制限撃墜宣言まで3時間以上あるわけで、ギリギリとはいえまだ時間的には猶予があったと見れます。

 目を剥きそうになるのは最終定期便です。17時頃に着陸となっていますから、さんざんドラマチックに描かれた特別救援便の離陸許可なんて鼻息で吹き飛ばす12時頃にトルコを飛び立った事になります。さらにテヘランを離陸したのが、

    19時30分
 無制限撃墜宣言の1時間前です。時間的にもアウトです。というか、それ以前に最終定期便はスケジュール的にそうなるのを覚悟して飛んできた事になります。


 この二機のトルコ機ですが、とくに最終定期便は本来なら運休になっていたのではないかと思い出しています。そう元々がこの時間帯に飛ぶ便だったです。そりゃ定期便だからです。おそらくばっかりになりますが、この日もテヘランのメヘラーバード国際空港は各国の救援機が殺到していたはずです。

 こんなギリギリのフライトになったのは、イラク軍の攻撃もあったでしょうが、空港にも余裕がなかったのもあった気がするのです。ですがさすがに無制限撃墜宣言の4時間ぐらい前には他国の救援機はいなくなっていたぐらいです。

 だから特別救援便はあの時刻に離着陸を行ったぐらいです。ですが最終定期便はどうして飛んだのか理由が不明です。少しでもトラブルがあれば(既にあったから、あの時刻になったのかもしれませんが・・・)、テヘランから飛び立てなくなります。それ以前に17時なんかに着陸すればタイムリミットをオーバーするじゃないですか。

 舞台裏はこれだけの歳月が過ぎてもよくわかりません。


事実は小説より奇なり

 この脱出劇を取り上げたドラマで有名なのはプロジェクトXがまずあります。ですが、情報不足だったのか、あえて脚色したのか、事実関係が微妙に異なっています。特別救援便と最終定期便のエピソードがゴチャマゼになってしまっています。

 秋月氏の作品は事実関係はプロジェクトXよりマシだと思いますが、作品を盛り上げる脚色部分が台無しにしている気がしてなりません。余計な創作や脚色は事実の前には邪魔としか思えませんでした。これは事実の素材だけであまりにも劇的すぎるからです。そう、

    何も足さない。何も引かない。
 これで十分のような気がしてなりません。そのせいかどうかわかりませんが、これだけのドラマなのに後に残るような映像作品も文学作品も残らなかった気がしてなりません。