奈良大淀病院事件判決をちょこっとだけ検証

判決文の原文が入手できたら本格的にやりたいとは思っていますが、現時点で入手できる傍聴記の中から因果関係の部分だけ考えてみます。この部分の傍聴情報についてはコメントとして頂いたfalcon171様、ブログに上げられた三上藤花様たまりょ様のものが現在参照可能です。読み比べてですが、僻地の産科医様がまとめた

しかし、M医師らがもっとも適切な処置を取れたと仮定して、因果関係を検討する。

  • 0:14頃に、脳内出血の診断は無理なので、経過観察としたことは相応。
  • 心因性意識消失は30分以内なので、0:14頃から30分経過した時点で再び診察し、意識が戻っていないことから、脳に何らかの異常が生じていると判断し、速やかに搬送先を探し始めるというのが、大淀病院が取りえた最善の措置である。
  • 0:14から30分余後の0:50頃に搬送先を探し始めたと仮定すると、ここから先は、全く仮定の話であるが、M医師は奈良県立医大に電話したと思われる。
  • さらに、奈良県立医大にその時点で、たまたま受け入れ可能であったと仮定する。その場合直ちに搬送準備を始めても、搬送には30分程度はかかり、救急車の出動要請もあるので、奈良県立医大到着は1:30頃になると考えられる。
  • 人的物的設備が整った国循でも手術開始まで2時間かかっているのだから、奈良県立医大でもこの程度の準備時間は必要で、手術開始は3:30頃になったと考えられる.
  • しかし、M香さんの病態の進行は急激であり、2:00頃から数十分以内に開頭手術を行わないと救命は不可能だったのだから、3:00に緊急OPをしても救命の可能性はきわめて低いと考えられる。
 したがって、M医師らによって想定できる最善のことをしても、M香さんの救命はできなかったといえる。

これから少し考察してみます。ここでお決まりの日々? 第一回口頭弁論メモ(1)(大淀事件22-2)から争いの無い事実を提示します。








時刻 争いの無い事実
0:00 死亡産婦に頭痛があり、こめかみが痛いと訴え、血圧が上昇
0:14 意識消失
1:37 けいれん様発作
1:50 被告産科医師は奈良県立医大産婦人科に対し、電話で母体搬送を依頼
4:49 国循へ搬送開始
5:47 国循到着

  • 意識状態JCS300
  • 瞳孔が中等度散瞳して固定
  • 両側の瞳孔が5mmで対光反射は無かったが、自発呼吸は残存
6:20 頭部CT施行、右前頭葉に径7cmの血腫
7:55 開頭除去手術および帝王切開術が開始
8:04 原告幼児出生
10:00 手術終了


こういう前提事実があった上で、原告側の因果関係の主張は、お決まりの日々様の第四回口頭弁論準備メモ1(大淀事件17 その1)に、

 被殻部出血による生命中枢に与える進行のメカニズムから考えると、少なくても発症した0時からしばらく経った1時、あるいは3時ぐらいのまでの間はJCSが200と反応している状態であるから、早期に診断して、治療は開頭による血腫除去施術しかない、そして血腫除去手術自体の一般的な生命予後の死亡率は20数%なので、我々が何度も言っているように、0時からほどなくの時間で、搬送して手術していれば、充分助かった!

 被告の方の状態だが、夜間であっても医師が常駐していて、30分ないしは40分で脳のCT検査は可能であった、

さらに

 死亡産婦が午前0時14分ごろに意識を消失したあと、速やかにCT検査を実施していれば脳内出血の存在は明らかとなっていた。脳外科救急機関は数多くあることから、子癇の場合より速やかに搬送先を確保する事ができ、搬送先で速やかに血腫除去手術が行なわれていれば、死亡産婦が一命を取り留めた高度の蓋然性があった。

こうであったわけです。ここで判決の因果関係部分の最初の部分ですが、

  • 0:14頃に、脳内出血の診断は無理なので、経過観察としたことは相応。
  • 心因性意識消失は30分以内なので、0:14頃から30分経過した時点で再び診察し、意識が戻っていないことから、脳に何らかの異常が生じていると判断し、速やかに搬送先を探し始めるというのが、大淀病院が取りえた最善の措置である。

0:14時点での即座のCTは否定していますが、現実として即座のCTを判断しても深夜のCTが稼動するには原告側ですら「30〜40分」の時間が必要としています。判決文の次の部分に進みます。
  • 0:14から30分余後の0:50頃に搬送先を探し始めたと仮定すると、ここから先は、全く仮定の話であるが、M医師は奈良県立医大に電話したと思われる。
  • さらに、奈良県立医大にその時点で、たまたま受け入れ可能であったと仮定する。その場合直ちに搬送準備を始めても、搬送には30分程度はかかり、救急車の出動要請もあるので、奈良県立医大到着は1:30頃になると考えられる。

0:14にCT準備にかかったとしても患者の撮影が可能になるのは、0:45頃になります。CT検査のモニター画像により脳内出血を確認し搬送の決断を取ったとしても、判断時刻は「0:50頃」になるというのは現実と照らし合わせてもベスト・タイムです。CTを撮影せずに病状だけで判断してもそうなります。そこから被告医師が搬送までに必要な作業は、
  1. 現像したCT画像を用いての家族への病状説明(CTを撮影せずに判断しても説明は必要)
  2. 奈良医大への搬送要請
  3. 搬送に必要な書類の作成
  4. 救急隊への搬送要請
そこから救急隊が到着し奈良医大まで患者を搬送し、奈良医大に到着するのは「1:30頃」としています。原告側が主張した産婦人科の無い脳外科病院より奈良医大の方が治療に関しての条件が良いのは言うまでもありませんが、それでも到着は1:30になるとしています。これを縮める主張はかなり難しいかと考えられます。次に進みます。
  • 人的物的設備が整った国循でも手術開始まで2時間かかっているのだから、奈良県立医大でもこの程度の準備時間は必要で、手術開始は3:30頃になったと考えられる.
  • しかし、M香さんの病態の進行は急激であり、2:00頃から数十分以内に開頭手術を行わないと救命は不可能だったのだから、3:00に緊急OPをしても救命の可能性はきわめて低いと考えられる。

奈良医大到着後、どのぐらいの時間で手術が開始できるかの判断が求められています。妊婦の脳出血も珍しいですが、陣痛発来中の脳出血の手術までのモデル時間なんて医療関係者でも明瞭な回答は難しいものがあります。そこでこの事件で実際に行われた国循の手術時間を参照にしています。国循の医療水準は非常に高いと判断しても異論は少ないかと考えられます。

国循では5:47に到着し7:55に手術が開始されています。つまり到着から2時間8分で手術が行なわれています。この国循タイムを奈良医大が大幅に短縮する可能性は低いと考えられ、「もっと短縮できるはずだ」の主張は困難になるかと考えられます。そうなると手術開始は3:30以降になり原告側の主張する

    少なくても発症した0時からしばらく経った1時、あるいは3時ぐらいのまでの間はJCSが200と反応している状態であるから、早期に診断して、治療は開頭による血腫除去施術しかない、そして血腫除去手術自体の一般的な生命予後の死亡率は20数%なので、我々が何度も言っているように、0時からほどなくの時間で、搬送して手術していれば、充分助かった!
この主張は成立しなくなります。この裁判所のモデル時間ですが、さらに手術が遅れる要素もあります。1:37に痙攣発作が起こるからです。患者が奈良医大に到着して約7分後ですから、ここで痙攣が起きれば手術までのタイムスケジュールは加速されるというより、処置のためにさらに遅れる可能性が強いと考えられます。


では救命可能時刻を後にずらしたらどうなるかです。救命可能リミットを4時にずらせば被告の責任を問えるかです。これをするには患者の症状の解釈を一審と変えなければなりません。一審時点で繰り返し主張した原告側の病状ストーリーを掌を返すように変更しなければならなくなると言う事です。しかし一審の事実認定は、原告側の病状ストーリーを容認しています。

一審で原告側の主張する病状ストーリーを否定されたのであればともかく、容認されているのでこれを変更するのは、医療裁判といえども非常に困難かと思われます。裁判所の事実認定はともかく、患者の脳内出血がどうであったかの真相は永遠にわからないわけです。その他のデータから推測される仮説を原告・被告の双方から提示し、裁判所は原告側の主張に副って事実認定している事は小さなものではないと考えます。


この裁判所判断の良く出来ているところは、ベストタイムでも救命不能とした点です。医療者の中の基本的な疑問として、あれほど急激かつ巨大な脳内出血に対して、いつの時点で手術しても救命は非常に困難であると言うのがあります。何を言いたいかですが、ベストタイムで治療を行なっても間に合わないの判断を示す事で、「○○時までに手術したら救命できた」の最終判断を巧妙に避けている事です。

手術可能としてしまえば、あのクラスの脳出血でも手術すれば高度の蓋然性で救命できるの判断を行なわなければなりません。そうなれば、そうなったでごく一部を除く脳外科医が恐怖に震える結果をもたらしかねません。そこへの波及を可能な限り小さくしたと私は判断します。二審でこの部分の判断変更を行なえば、当然のようにそこへの判断を示す必要があり、そこまで踏み込めるかが出てきます。


今日は時間がありませんし、現時点での情報の消化も十分とは言えませんから、この程度を感想としておきます。