純情ラプソディ:第50話 片岡君の苦悩

 もう一つの王者決定戦進出チームは、城ケ崎クイーン擁する京大が慶応を破って上がってきた。梅園先輩の見るところ、

「京大は、玲香と朝比奈真澄、波多野瞳の三本柱のチームだよ」

 東大と似た感じか。

「まあそうだけど、さすがにこのレベルで五枚そろえられる学校は、そうそうはないからね」

 うちも似たようなものだけど、三本柱チームへの対策は、

「残りの海老原勇気と小山田茂はかなり落ちると見てよい」

 そうなると三本柱同士の勝敗が結果を左右しそうだけど、

「五番勝負は総当たりだから、そこがポイントかな。エースの潰し合いになった時に、それ以外の二人の勝敗が影響してくるね」

 ポイントゲッター同士の対戦がある時には、そうでない残り二人同士の試合もあり、その勝負がどう転ぶかは勝負の帰趨を大きく左右する。

「そこで弱点になるのが早瀬君なの。海老原勇気と小山田茂はA級四段だからね」

 う~ん、達也には厳しすぎる相手だ。つうかまず勝てない。

「だから決定戦の勝負のカギは片岡君にあると思うんだ」

 今の五人態勢が出来上がった時は梅園先輩、雛野先輩と片岡君が三本柱だったんだ。そこにヒロコが伸びてきて四本柱になるはずだったのだけど、片岡君が今年に入ってから不調で、柱になれずにいるのが実情。

 勝浦の全日本選手権もパスしちゃったし、大学選手権でも札幌杯でもB級相手ならさすがに余裕だけど、A級四段相手にも苦戦してるのよね。片岡君のカルタはとくに戦略面に優れているのだけど、稽古試合をやっても凡ミスが目立つ。

 あんな凡ミスなんか絶対にしなかったし、しないからA級五段になってるのよ。悪いけど大学に入ってからカルタの腕はドンドン落ちてるとしか思えないもの。それもだよ、カルタから離れているのならともかく、練習だってちゃんと来てるし、練習相手だって先輩たちだもの。

 高松宮杯もおかしかった。新星学園の桃井君の邪道カルタに戸惑ったのはわかるけど、かつての片岡君ならあしらえたはず。それはヒロコも桃井君と戦ったからわかるもの。あんな怪我なんかする方がおかしいよ。

 誰だって好不調の波はあるにせよ、片岡君のスランプはひど過ぎるし、長過ぎるもの。今の片岡君は達也こそ上回るものの、限りなくB級に近いA級四段程度しかないとしか思えないよ。そしたら片岡君は、

「ここは如月さんに出てもらえないでしょうか」

 えっ、それは、

「ダメだよ。これはそういう取り決めにもなってるけど、それだけじゃない。早瀬君の出場にもこだわったけど、片岡君の出場もムイムイには同じだよ。この五人で勝たないと意味がない」

 ここで雛野先輩が、

「前から思ってたんだけど、片岡君は悩み事があるのじゃない。五番勝負が始まるまで時間が少しあるから、もしヒナたちに話してラクになれる事なら聞かせてくれない」

 それはヒロコもなんとなく感じてる。カルタはメンタルが占める部分が多いから、悩み事があると影響大きいもの。悩み事って言っても話せる事と、話せない事があるし、話すだけでラクになる時と、ムダな時もあるけど、もし話して少しでもラクになるならヒロコも真剣に聞く。

「いや、その、別に・・・大したことではありませんし、話すようなことでは・・・」
「ほら、あるんじゃない。ビールが一年分になるか、半年分になるかの瀬戸際なのよ。ちゃんと聞いたげるから話しなさい」

 おいおい人の真剣な悩み事をビールに換算したらダメだろ。

「さあ、話してみなさい」
「話すとラクになるわよ」
「素直になりなさい」
「ほ~ら、だんだん話したくなる」
「吐いたらラクになるから」

 これじゃ、取調室の尋問だよ。この雰囲気で話すのは無理だろうな。

「ボクもこのカルタ会の一員です。札幌杯をどうしても勝ちたい気持ちは同じです。本当に聞いてくれるのなら・・・」

 あれっ話すの、片岡君の顔が真っ赤じゃない。

「聞くに決まってるじゃない」
「そうよそうよ」

 そしたら意を決したように、

「好きな人がいます」

 えっ、えっ、えっ、片岡君の悩みは恋だって。ウソでしょ、そんな事はあり得ない。だってだよ片岡君はモテるはず。そりゃ、背は百八十センチ近くあるし、スタイルだって引き締まってる。いわゆる細マッチョなんだよ。

 工学部だけど成績も優秀。片岡君が工学部なのは実家が町工場なんだ。達也に聞いたのだけど片岡製作所と言えば、その技術の高さから一目も二目も置かれてる存在で、早瀬グループも取引があるだけじゃなく、及川電機や神崎工業とも関係が深いらしい。

 ヒロコには及川電機とか神崎工業と言っても、そこと取引するのにどんな価値があるか良くわからないけど、日本でも片岡製作所でないと作れない製品がいくつもあるらしい。要はタダの町工場じゃないぐらい。

 そりゃ、早瀬グループの御曹司の達也に比べたら落ちるかもしれないけど、片岡君も社長の息子のボンボンなのよね。平たく言えば金持ちの家の息子。

 でもね。でもね、片岡君はボンボンじゃない。達也ほどではないけど、そういう扱いに苦労した時期があったみたいで、ヒロコも達也に教えてもらうまで片岡君の家がそんな裕福とは知らなかったもの。それぐらい普段見せる顔は違うのよ。

 片岡君のキャラは一言でいうと頼れる人。そこに居るだけでなぜか安心できるって言えば良いのかな。達也が陽性の気遣いの人とすれば、片岡君は陰性と言うか、そっと裏から支えている感じ。はっきり言えば渋いダンディなんだよ。同い年なのに、ずっと大人の匂いがするもの。

 さらに言えば不言実行の人の面もある。黙ってウジウジ悩むタイプじゃないのよね。こうと決めたら、沈着冷静に計画的に物事を進めて実現させてしまうタイプとしか思えない。

 そうそう、今年の新入会員は田中さん、佐藤さん、鈴木さんの三人だけど、いずれも高校の時に百人一首を宿題で覚えたことがあります程度のカルタ初心者。その指導担当も片岡君。これも誰が担当するかで話はあったけど、なんとなくそうなった。

 でもあれもなんとなくでなかったって梅園先輩に聞いたんだ。あの一年生三人は片岡君が募集担当のために座っているのを見つけて、片岡君目当てに入会したんだって。だからあの三人が梅園先輩に頼み込んだ結果なんだよね。


 そうなると片岡君の恋のお相手は一年生部員の誰かの線も出てくるのだけど、それはないって達也は言ってた。片岡君を好きな女はウジャウジャいるって。それはヒロコにもわかる。あれでモテなきゃウソだ。達也に言わせると、

「片岡の好みはわからんが、あいつは決めたら自分でハッキリ言うよ」

 告白して振られたらどうしようと思い悩むタイプじゃなく、潔く思いをストレートにぶつけるはずだと達也は言ってた。それはヒロコもそう思う。そんな片岡君が恋に悩む相手となると誰だろう。

 片岡君がストレートに挑めないタイプの女ぐらいになるだろうけど、たとえばヒロコ。既に達也という恋人がいるから悩むとか。でもさぁ、それは横恋慕じゃない。そんな事をするとは思えないし、そもそもだよ、達也とヒロコを引っ付けようとした張本人の一人じゃない。

 他となると梅園先輩とか雛野先輩も一応女だけど、年上だし、ましてやあのキャラだよ。それをサークルで身近に知り過ぎている片岡君が惚れるわけないよ。ましてや、あの二人にはポチがいる。

 ポチが彼氏かどうかは正直なところヒロコにもわからない部分はあるけど、見ようによっては彼氏にも見える。真相はともかく、あんなややこしい関係に手を出すバカはいないはず。

 じゃあ誰だろう。やっぱり学部の同級生とか先輩、後輩とか。高校の時からの長年の片思いとか。その辺になると見当も付かないけど、そういう相手との恋の悩みなら、この場で打ち明けるはずがないものね。

 片岡君が打ち明けるからには、この場に関係する女。でもヒロコはもちろんだけど、梅園先輩や雛野先輩、一年生の三人も違うとすれば、残っているのは、

「まさか、カスミン!」

 これは盲点だった。カスミンは才色兼備のパーフェクト・レディ。才と言っても単なる優等生レベルじゃない。なんてったって、司法試験予備試験を二年生でクリアしてしまいそうな超弩級クラス。順調に行けば来年は司法試験も合格しそうだもの。

 それだけじゃない、あの圧倒的、いや超絶的な語学力。よくバイリンガルとかトリリンガルってもてはやすけど、そんなもんじゃない。カスミンが話せない言葉が地球上に幾つ存在してるかってレベルだもの。留学生会館でそれぞれの母国語、それも方言まで踏まえて盛り上がれる会話力ってなんなのよ。

 容色に関してはもはや人とは思えない。入学した頃のカスミンは地味で目立たなかったけど、一年の夏休みが終わってからの変貌はヒロコでさえ目を疑うしかなかったもの。それがだよ、冬休み前にはさらに数段アップしてる。

 札幌杯には映画撮影のために女優さんも来てる。そりゃ、スターだけあって眩しいぐらい綺麗だし、素敵なんだ。あのクラスにならないと売れないのはわかったけど、そんな女優たちもカスミンが現れると霞んじゃうのよね。

 カスミンの才色兼備とはそんなレベル。当たり前だけど憧れる男は数知れずぐらいだろうけど、まともにカスミンの前に立つことさえ難しい気がする。男と女の交際に釣り合いなんて関係ないと言うけど、カスミンになると近寄るのさえ難しいよ。

「ヒロコ、それは違うよ。片岡君はそんな男じゃない。カスミが好きなら、とっくに来てるよ」

 じゃあ誰なの。

「ヒロコにはわからないかな。片岡君がどこからスランプに陥ったか。そこさえ見れば簡単じゃない」

 片岡君がスランプになったのは、えっと、えっと、正月の高松宮杯からだと思うけど、その頃に何かあったっけ。うんと、うんと、正月の前となると秋の学祭の時にヒロコへのパフォーマンスがあって、それからクイーン戦の予選があって、忘年会ぐらいだけど。

「原因は忘年会よ」

 忘年会? いつものように梅園先輩の暴走があったけど、え、うそ、まさかそんな事。忘年会の時に梅園先輩が持ち出してきたのがポチ集め。片岡君や達也は柳瀬君と藤原君をペテンにかけてポチにしちゃったよね。

「それからだよ。片岡君、どっちなの」

 どっちって。ウソでしょ、冗談でしょ。梅園先輩か雛野先輩とでも言うの。

「雛野先輩です」

 部屋中がひっくり返った。選りもよって雛野先輩を。そりゃ、黙っていればコケティッシュな美少女であるのは認めるけど、

「やっぱりね。さすがに年上だし、先輩だからチャンスを窺っていたら、ポチが現れて苦悩したのよ」

 カスミンに言わせるとポチの存在はヌエ過ぎたで良さそう。外形的には部屋まで引っ張り込んで主夫までさせてるから彼氏にしか見えないけど、これが男と女の関係になっているかと言われればヒロコにもさっぱりわからないぐらい。

 そりゃ、口先では恋人っぽいセリフを恥ずかしげもなくまき散らしてるけど、歪んだ男性観から女王様と下僕のSM関係に見えそうだもの。言うまでもなく先輩たちが女王様でポチがドM。

「片岡君も藤原君が雛野先輩の本当の恋人かどうか悩んでたのよ。これもそれだけじゃない、そうでない可能性をずっと期待していたってこと。でもね。見た目なら恋人じゃない。それでも諦めきれない自分をどうしようもなかったぐらいだよ」

 そこまで思い詰めてたって言うの。あの雛野先輩だよ。片岡君なら他にいくらでも選べるじゃない。カスミンはニコニコと楽しそうに、

「片岡君、ここまで来たら最後まで言っちゃいなよ」

 もう真っ赤っ赤の顔の片岡君だけど、

「雛野先輩。ホントに藤原のことを愛しているのですか。それならボクは何も言いません。そうでなければ、ボクを見てくれませんか」

 突然の修羅場だ。