純情ラプソディ:第42話 大学選手権

 この大会の特徴は学生が企画・運営するところかな。それと参加チームが多い。とくに今年は札幌杯の予選も兼ねてるから盛況で、なんとなんと参加チームは百二十八もあるんだよ。北海道を狙っているところも多いし、ひょっとしたら映画出演もあるかもしれないものね。

 ここも注意がいるけど、百二十八校参加じゃない。これは複数チームを出してるところもあるから。この大会も参加校数の減少に苦しんだ時期があって、参加チームの確保にあれこれ特別ルールがあるんだよ。

 一つは部活やサークルがなくてもカルタ好きであれば出場できるようにしていること。これは個人戦もそうだけど、団体戦も五人さえ集めれば参加できるんだ。資格は大学生であることのみ。

 これはもう一つと言うより、さらにみたいなものだけど、同じ大学からの複数チームの参加もOKなんだ。かつては四つも五つも出たこともあるそう。そこまでしても三十六チームを集めるのに苦労したって話も残っているそう。

 でも今はまた増加傾向に転じてるみたい。今年はとくに札幌杯の影響もあって、主催者が驚くほど応募があったんだって。カルタはとにかく二の倍数のトーナメントをするのが伝統で上限も百二十八。

 そのために今年は一校一チームはOKとしたうえで、百二十八の残った枠に二チーム目の参加を認めるってんだって。だから最大で一校二チーム、もっとも一チームを組むのが精いっぱいの港都大には関係のない話だけど。

「関係あるよ。去年は七十チームだっただろ。だから一回戦は特別に勧学館でやったのよ」

 それはタナボタ。

「その代わり朝の七時からで、開会式の前に敗退決定のところもあったけどね」

 う~ん、それは複雑。今年はさらにになって、

「一回戦は特別ルール採用になったよ」

 参加チーム数の増加により一回戦を二つに分けてやるざるを得なくなったから時間制になって、記憶時間も五分に短縮されたうえに三十分で打ち切り、残った札の枚数で勝敗を決めるんだって。それと去年もだったけど、

「開会式は八時からって早くないですか」
「そりゃ、見るだけでも近江神宮と勧学館に行きたいでしょ」

 ヒロコのところは日帰りできるけど、遠いところは泊まり込みだものね。でも勧学館で試合できるのはわずかに八チームだけだから、武道館だけ見て帰っちゃうことになりかねないものね。

「個人戦の時は出直しですか」
「だいじょうぶ、回数券を買ってあるから」

 開催されるのもド平日。夏休み中だから学生は関係ないし、そっちの方が会場を押さえやすいし、使用料が安いからだそう。さすが学生の大会だ。そのために朝は早いなんてものじゃない。だって五時四十八分のJRだよ。ここまで早いと始発同然。

「この時間帯なら空いてるから良いじゃない。ラッシュアワーに引っかかるよりマシよ」

 ただ早すぎるから新快速が使えず普通で大阪に行って快速に乗り換え、京都で湖西線にもう一度乗り換えて大津京駅へ七時十分に到着。この駅は改札を出ると東側に出るのだけど、そこから駅の南側から西側に進み、京阪電車を潜って県道を北側にテクテク歩くこと二十分、七時半には会場の近江神宮勧学館に到着。到着して受付を済ませて、ユニフォームにお着換え。

「だったら最初から着て行けば」
「プライドってものがあるでしょ。あんな格好でうら若き美少女が電車に乗れないよ。高校生じゃないんだから」

 そ、それは・・・その通りかも。今日は会員を総動員。大会に参加するのはヒロコたち五人だけど、一年生会員も大会の雰囲気を味わってもらうのも目的。

「ポチも忘れないでね」

 そう呼ぶな。でも呼ばれて嬉しそうだけど、なんか変な趣味に見られそうで嫌だ。それと今回はカスミンも初参戦。カスミンは先週末に司法試験予備試験の論述式試験があったんだけど、

「だから論述式は得意って言ったでしょ」

 どうも合格してそうな感じがする。それはともかく港都大の選手登録は六名。初めて補欠選手が登録されて、なんか嬉しい。

「ポチも登録してるよ」
「忘れないでね」

 だったらカルタを少しは教えろ! まったく先輩たちの専属お世話係じゃないんだぞ。普段だって、小間使いのようにあれこれやらせてるんだから。

「あら、ヒロコだって早瀬君にやってもらってるじゃない」
「そうよそうよ」

 うるさいわい、達也はポチじゃない。親からも認められた彼氏だぞ。このまま順調に交際が進んで行ったら結婚するかもしれないぐらいなんだ。趣味でポチ飼ってる先輩たちと一緒にして欲しないわ。

 さて今年のトーナメントのシステムだけど、八校ずつの十六ブロックに分かれてる。これは、チームの移動距離を短くするためだそう。三回戦を勝てばブロック突破になりベスト十六。ちなみに去年は四校ずつだった。

 ここまでは去年も行けたけど、今年はそれじゃダメ。なにがなんでも四回戦を勝ってベスト・エイトに進むのが今年の港都大カルタ会の最大の目標。ここに進むためにヒロコはカルタに明け暮れてきたんだもの。

「そうじゃないと思うけど」
「じゃあ、違うのですか!」
「違わない」

 開会式は聖地の大広間で行われたけど、全選手が入れるはずもなく各チームの代表だけが出席。それでも代表だけで百二十八人いるわけで、それ以外の役員とかなんとかを合わせればパンパンだったかも。

「じゃあ、移動よ」
「着替えは?」
「時間が無いからこのまま移動する」

 開会式が十分ぐらいだったのは近江神宮から県立武道館への移動のため。近江神宮から武道館への移動は京阪電車を利用のはずだけど、

「JRの大津京に向かうところもいますけど」
「ああ、あれ。タクシー使うつもりだよ」

 そう言えば近江神宮に呼び寄せてるチームもいたものね。羨ましい。京阪の近江神宮前駅までは十分ぐらい。さらに武道館最寄りの京阪膳所駅までも十分ほど。あちゃ、ここでもタクシー使うところがあるじゃない。

「他所は他所、うちはウチ」

 そりゃそうだけど大津京駅から近江神宮よりさらに遠かった。琵琶湖に面する立派な施設で、そこの二階が柔道場で三階が観覧席だよ。リッチな連中がタクシーを使う理由もわからなくもなくて、試合開始が九時だから、駅から歩いてきた汗がダラダラ。

 ヒロコたちのブロックだけど、一回戦、二回戦は問題なさそうな気がする。これは配布されたメンバー表からだけど、B級主力でC級まで入っている、そううちの高校県代表クラスぐらいだよ。もっとも汗だくで大変だった。

 二回戦も楽勝し、残った三十二校が午後のサバイバル戦に臨むことになる。ポチじゃなかった、藤原君と柳瀬君がコンビニ弁当を調達してくれて腹ごしらえ。

「次が問題ね。負けて欲しかったけど勝ち残っていやがる」

 ヒロコもトーナメント表を見た時から気になってた東興大。あの坂田兄弟がいるところ。ブロックが一緒だから自然に見えたけど、坂田兄弟もデカいわ。それとダンプ突き手の威力は凄まじかった。あんな相手にまで使うんだと思ったもの。対戦相手は吹き飛ばされてひっくり返ってたもの。

「でも坂田兄弟以外はさほどの事はなかったよ。とにかく勝たなきゃ、北海道の毛ガニとジンギスカンが夢となる」

 ヒロコの焼きトウモロコシとジャガイモもだ。ここも席割をどうするかも相談になったけど、

「東興大の席割を見てたけど、やっぱりうちを意識しているのか、毎回変えてたよ」

 梅園先輩も相当意識してたのがわかるよ。こっちだって、読まれないように毎回変えてたもの。昼休みが終わって三回戦。こりゃ、ラッキーかアンラッキーかわからないけど、坂田兄は梅園先輩、坂田弟は達也だった。

 梅園先輩は全日本選手権で坂田弟を手玉に取ってるから勝てると思う。達也は厳しいけど、雛野先輩と片岡君、ヒロコの三人の内で二勝したら勝てるはず。たとえ梅園先輩が苦杯を喫しても、残りの三人で勝ってやる。

 ヒロコの相手はいきなりダンプ突き手を繰り出して来たけど、なるほどこりゃ遅いよ。見た目は派手だけど、ダンプするのに時間がかかり過ぎるのはよくわかった。それ以前に歌への反応が鈍すぎる。

『ビシッ』

 それと自陣の払い手はヘタクソ。この程度でヒロコに勝てると思ってもらったら困るよ。軽快に札を取って行けた。よし、この調子だと思ってたんだ、その時に、

「うぎゃぁ」

 あれは達也の声。ふと見ると達也が右手を押さえて呻いてる。やられたんだ。あの坂田弟に。達也は相当痛いみたいで試合放棄を審判に告げたんだ。試合中に選手同士が会話をするのは禁止になってるからヒロコに出来るのは心配だけ。

 カスミンたちが達也に駆け寄ってた。カスミンは達也の手をあれこれ触って、いやあれはまるで診察してるみたいだったけど、

「骨には異常はないから安心して」

 ちょっと大きめの声で言ってくれた。あれはヒロコたちに聞かせるためだと思う。達也も、

「この試合は任せた。なんとか次の試合に間に合わせてみせる」

 この声に安心した。達也の負傷にみんなも奮起してくれたのか、梅園先輩は坂田兄を破り、ヒロコたちも勝ち、四勝一敗で四回戦に進出。試合が終わるころには達也も戻っていて、

「だいじょうぶ?」
「如月君の言う通り骨には異常は無さそうだけど、やはり痛むよ」

 三回戦が終わるとブロック突破でベスト十六になるのだけど、ここで決勝までの抽選が行われる。梅園先輩がクジを引いたのだけど、

「ムイムイはクジ運悪いよ。選りもよって新星学園だよ」

 あちゃ、なんであんなのと連戦なのよ。梅園先輩も帰って来て、

「如月さん、悪いけどお願いね。あいつら手癖が悪いから、怪我だけはしないでちょうだい。あなたまで怪我してしまったら次に進めなくなるからね。無理しなくても、ムイムイたちがきっと勝つから」

 達也、後は任せといて。必ず北海道に連れて行ってやる。