純情ラプソディ:第63話 カスミンへの相談

 達也の甘さにあきれ返ったヒロコは、カスミンにすべてを打ち明けて相談したんだ。カスミンなら信用できるし、理由はわからないけど一番良いアドバイスをしてくれそうな気がしたから。

「梅園先輩は良く見てたね」
「なにがですか」
「早瀬君の本質を」

 うっ、そうかもしれない。達也は良い人だけど、その良さは性格の甘さから出てるんだ。あれぐらい性格が甘くても普通は問題にならないのよね。言い方は悪いかもしれないけど、いわゆる優しい人で済んじゃうもの。

 優しい人が悪いわけじゃない。ヒロコだって達也がごくごく普通の家の人なら満足するし、喜んで結婚してる。だけど達也は申し訳ないけど普通の人として暮らせないんだよ。背負ってるものが多すぎるんだ。

 達也に求められるのは冷酷さと非情さ。優しさもあっても良いけど甘さは不要。それも命取りになるほど不要。本当に早瀬グループを率いたいのなら、一切の甘さを捨て去らないといけない。

 それなのに達也は甘い、根っ子から甘い。あれは生まれ持ったコアのような性格だよ。ポチになってご主人様に尽くし、気に入ってもらえて尻尾を振るのが喜びのポチ。そう、達也の本質はポチだ。それもだよ、カルタ会でポチやってくれた藤原君や柳瀬君に比べてもずっと本物のポチだ。

 藤原君や柳瀬君は、あれだけの男気があるのに、あえて愛する人にポチが必要だからポチをやったんだ。それに比べると達也は裏も表もない正真正銘のポチとしか思えない。

「藤原君と柳瀬君を一括りに出来ないよ。藤原君は雛野先輩には、ああするのが良いと考えてポチをしたけど、相手が変わればもっと男らしい態度に変わるはず」

 なるほど。ヒロコもそんな気してきた。

「柳瀬君はそうでなく尽くしたいタイプだと思うよ。尽くす事によって相手の愛を得ようとするぐらいかな。どちらかと言えば早瀬君に近いポチだよ」

 言われてみればそうかも。ポチって世話好きの一類型ぐらいだし。

「先輩たちがポチって呼んでしまったからイメージが悪いけど、ポチだって適材適所だよ。だって梅園先輩は柳瀬君を選んだじゃない。あれは自分の相手にポチがもっとも相応しいと判断したからよ」

 他にいなかっただけとも言えるけど、柳瀬君以外では梅園先輩のお相手は無理だろうな。梅園先輩もそれを感じたのは同意。デコボコと言うかハチャメチャにも見えるけど、あれぐらいお似合いのカップルはいないかもしれない。

 雛野先輩はどうだろう。藤原君にも魅かれてはいたよね。でも雛野先輩は藤原君のポチじゃなく、藤原君の強さに魅かれていた気がする。雛野先輩はたぶんだけど、今でもレイプ事件の心の傷は残ってるはずなのよね。そんなもの一生消えるはずないじゃない。

 だから力強く守ってくれて、頼れる人を求めてるのじゃないのかな。そこでどうしても片岡君に魅かれる心が抑えきれなかった気がする。ここも、もし片岡君がいなかったら藤原君を選んでいたと思うもの。

 そうなると問題はヒロコになる。ヒロコが選んでしまった達也はポチ。ヒロコなりに慎重に選んだつもりだし、ポチでも本来は問題なかったはず。でも達也には余計なものを背負ってた。これはヒロコの選択ミス、というより完全にミスマッチだ。

「それは考え過ぎよ。たとえばだよ、このままでは早瀬君は早瀬グループを継げない可能性もあるでしょ。そうなれば早瀬君の評価はガラッと変わるじゃない」

 それはある。

「あれぐらいの器量なら、上手くいけば部長ぐらいは無理か・・・頑張って課長で、現実的には係長ぐらいだったら夢じゃないよ」

 カスミンも厳しいな。でもそこなのよね。ヒロコが夫に求めるのは地位とか財産じゃない。ヒロコを愛してくれて、家庭を守れる人。万年ヒラ社員だって構わないし、係長にでもなってくれたら大喜びぐらい。

 達也はそれが出来る人って思ってた。いや達也なら出来るはず。出来るからヒロコは達也を選んだんだよ。そうやって平凡な家庭を一緒に築けるって。なのにだよ、あんな余計なオマケがテンコモリあるなんて。やっぱり達也は間違い、

「だけどね。ヒロコの好みはやはり早瀬君で良いはずよ。そうじゃなくちゃ、ヒロコだってあそこまで踏み込まなかったはずじゃない。まだ十九歳だったから、焦って無理に捨てる必要はなかったし、ヒロコだってこの人なら付いていけると思ったからでしょ」

 それも否定できない。あれこれ考えたけど達也を愛してるのは間違い無いもの。でもこのままじゃ、達也は大変なことになっちゃうとしか思えない。

「月夜野社長のメッセージだけど、よく考えてごらん。月夜野社長が早瀬君をどう評価した上であのメッセージにしたかだよ。あの人が考えもなしに、あれだけのメッセージをすると思う?」

 言われてみれば、達也が甘い人間であることぐらい知ってるはず。ぶっちゃけ、達也は早瀬の総帥として失格の烙印を押してるはずの人。あれだけの人だから、そこに私情の余地など挟まないし、挟まないからあれだけの地位を築き上げてる。

 それなのに何故か達也をお払い箱にせず、後継者のお墨付を与えてる。これは、おかしすぎる。達也への惻隠の情を働かせるとしても早瀬の総帥失格が前提だから、達也なりに就ける地位にして面目と生活の保障を与える程度だよ。

「ヒロコもシビアだね。でも良く見てるのはさすがだわ。その歳で自分の愛する人をそこまで冷静に評価できる人はそうはいないよ」

 そんなの丸見えじゃない。だったら、だったら、どうして達也を早瀬の総帥として月夜野社長は認めちゃったのよ。

「そこだけど、早瀬君が後継者である条件はヒロコとの結婚よ」
「そこがわかりにくいんだけど」
「あら簡単よ。夫婦って二人で一つなのよ。早瀬君単独では失格だけど、ヒロコとペアになれば合格点って意味しかないじゃない」

 二人なら合格点? でもヒロコがなるのは達也夫人。

「あのねぇ、セレブの嫁になったからと言って、社交界でチャラチャラして、旦那の性欲を満たして、子どもを産んで育てるだけが仕事じゃないの。旦那と一体となって仕事を支えるのも大事な役割よ」

 それはそうだけど、

「これはヒロコに悪いと思うけど、ヒロコは平凡な家庭の主婦は無理よ。そうしたい夢はあるのを知ってるけど、それでは満足できない才能がありすぎるの。だからこそ、月夜野社長があんなに高い評価をヒロコに与えたのよ」

 これが月夜野社長以外ならお世辞にしかならないけど、あのメッセージはそうとしか受け取れないか。

「夫婦はお互いに足りないところを補うものでしょ。早瀬君には足りないところがあるけど、ヒロコなら十分に埋められると見られてるのよ。それも早瀬グループを任せられる程にね」

 そこまで買われてるなら相手は達也じゃなくとも、

「なに言ってるのよ。そんなことを出来るのはヒロコが愛し、尽くしたいと思う相手だけ。ヒロコが選んだのは早瀬君でしょ。別に男なら誰でも良いと思ったわけじゃないでしょ」

 うぅ、そこの部分はその通り。

「男と女の組み合わせなんてそんなもの。スペックで組み合わせてるのじゃなくて、相性と愛で組み合わせが起こるのよ。いくらヒロコの才能に相応しいスペックを持つ男がいても、愛情無しで結婚なんか出来ないよ。したって、すぐに別れるだけ」

 達也、やっぱり愛してる。

「ヒロコが悩んでいるのは早瀬君が後継者になれないこと」

 だって達也はそうなると決めてるんだもの。

「だったら話は単純じゃない。早瀬君はヒロコと結婚さえすれば後継者になれるじゃない」
「でも、肝心の資質が達也には・・・」
「それも問題ないと月夜野社長は認めてるじゃない、これ以上の誰の保証が欲しいの? 道は示されてるじゃない。ヒロコは自分の愛する人と一緒になって進んで行けば良いだけよ」

 ヒロコの進む道には達也がいて欲しい。それはもう疑いもない。ヒロコは達也にも進みたい道に進んで欲しい。ヒロコが達也と同じ道を進めば、達也の道も本当に開くの。冷静に考えれば答えはNOだけど、月夜野社長はなぜか可能としてる。

 でもカスミンの言葉には不思議な説得力がある。説得力と言うより逆らえない何かがある。なんだろ、この感触。こんな人は初めての気がする。まるでヒロコの将来をお見通しで話してる気がしてきた。

 それと何とも言えない威圧感さえ感じる。同い年の友だちなのに、ずっと、ずっと年上の人と話してるような。それも単に年上じゃなくて、ずっと目上、ヒロコなんかじゃまともに口が利けないような人と話しているような感じさえしてくる。

「だからヒロコは平凡な家庭の主婦に収まれないし、収まったらいけない人なんだよ。月夜野社長がヒロコを買っているのもそこじゃない。ホントに人って面白いと思うよ。こんな事が起こるんだからね」

 自分の気持ちに素直に進んで良い気がしてきた。