純情ラプソディ:第56話 ポチの真相

 札幌杯後はヒロコと達也、雛野先輩と片岡君がラブラブ・カップルになったのだけど、心配なのはポチやってた藤原君と柳瀬君。まず藤原君の方は、

「恋は実る時も実らない事もあります。愛する人が立ち直れるのに手を貸せただけで満足しています」
「それでイイの?」
「雛野先輩が片岡を好きなのが、わかってしまいましたからね」

 いつからだって聞いたら、部屋を片付けた時だって。そこで見つけた一冊のノートに片岡君への想いを切々と書き連ねてあったんだって。それはもう乙女の純情剥き出しの強烈すぎるものだったらしいけど、

「だからボクは断ったのです」
「えっ、なにを」
「片岡のところに行くべきだって」

 えっ、えっ、雛野先輩が藤原君を誘ってったって! 好みじゃないから断ったのはウソだったの。それもだよシャワー浴びて、ベッドまで行って待ってたなんて。もうウエルカム状態じゃないの。そこまで迫られたのにどうして、

「でも雛野先輩は好きだったのでしょう」

 藤原君は朗らかに笑って、

「当然です。雛野先輩には心に深い傷を負われています。それを癒すために梅園先輩に選ばれたのです。でもわかってしまったのです。雛野先輩が再び男を迎え入れる意味をです。誰を迎え入れるかで雛野先輩は変わってしまいます」

 でもだよ、雛野先輩がレイプの過去を乗り越えて、再び男を迎え入れても良いところまで持ち込めたのは全部藤原君の献身の賜物じゃない。いくら片岡君への想いを知ってしまったにしても、そこまで迫られたら普通はやるよ。

 言い方は悪いけど、やったら良い方に転ぶ可能性も十分にあるじゃない。片岡君じゃなく藤原君でも雛野先輩を癒せた可能性はあるじゃない。そんなものやってみなければわからないじない。

 それにだよダメだったらやり捨てでもイイじゃないの。女としてやり捨てにされるのは嫌だけど、誘っているのは女だから、そこは男なら気にする必要はないはず。

「可能性ですか? あったかもしれませんね」

 だったら、どうして、

「片岡なら一〇〇%、ボクなら九十%ぐらいだったかもしれません」

 九十%なら行くべきよ、

「残りの一割が問題です。そちらになれば雛野先輩は二度と立ち直れません。だから片岡が雛野先輩を抱かなければならなかったのです。ボクには十%になるリスクを許すことが出来なかったのです」

 藤原君の推測がどれぐらい正しいのかはヒロコにはわからない。でも藤原君は十%のリスクを重く見ただけでなく、据え膳状態の雛野先輩に誘われても、自分の信じるところを貫き通したぐらいは言えるよ。

 でも抱きたかったろうな。そのためにポチとして尽くし上げてたのに。結果論で言えば雛野先輩と片岡君のカップルはラブラブも良いところで文句なしだけど、その時に藤原君が抱いていたらの思いは今でもあるはず。

「雛野先輩は素晴らしい女性です。あそこまで迫ってもらっただけで出来過ぎで満足しています。また新しい相手を探しますよ」

 この経験は無駄じゃないはず。これを活かして藤原君ならきっと素晴らしい相手をゲットすると思う。雛野先輩も悪い人じゃないけど、もっと藤原君に相応しい女はいくらでもいるはずよ。せめて前途にエールを贈ってあげよう。


 もう一人のポチの柳瀬君だけど、こっちの方が複雑かもしれない。だってだよ、ポチを作った目的はすべてが雛野先輩のため。梅園先輩のポチは単なるお付き合いみたいなものじゃない。

「ええそうでした。最初に相談された時にはビックリしましたよ。それでも藤原は大乗り気でしたから断りにくくて」

 じゃあ、やっぱり形だけ、

「そのつもりだったのですが・・・」

 ポチが出来てからも雛野先輩はやはり及び腰だったで良さそう。

「だから見せなきゃいけないから、協力してくれと言われまして」

 部屋にポチを引き込んだのも梅園先輩が先で、なかば強引に雛野先輩にもそうさせたんだって。でも壮絶な部屋の片づけやったんでしょ、

「ええ、一緒に」
「洗濯は?」

 やったのはやったそうだけど、洗ったと言っても梅園先輩が買ってきた新品だって。一度でも肌に通したものは、見せもしてくれなかったそう。

「じゃあ食事は?」
「梅園先輩が作るって言ってくれたのですが、ご存じの通りのもので」

 下手なんだよね。雛野先輩が食べたら悶絶したって言ってたもの。雛野先輩もかなりのメシマズで、二人ともホントにセンスが先天的に欠乏してるとしか言いようがない。メシマズの人は仕上がりも良くないけど、なぜか味見もしないのよね。

 とにかくメシマズの自意識があるのにレシピを守らない。分量は適当も良いところだし、調味料も信じられないものを平然と代用をする。ケチャップが切れてるから、同じ赤色だからタバスコ入れるなんて信じられないもの。

 さらに思い付きで余計なものを平気で加えるし、必要なところに限って狙ったように手抜きする。だから生焼け、生煮え当たり前の様に発生するんだよね。トドメはそれを自分では不味いと感じながら他人に平気で出す。でもメシマズは梅園先輩との関係に微妙な変化を及ぼしたみたいで。

「ホントに美味しそうに食べてくれるので、だったらって事になって・・・」

 柳瀬君が買い物して夕食を作るようになったそう。これもなんとなくわかる気がする。梅園先輩はメシマズだけど、美味しいものを食べた時の笑顔は素敵なんだよね。あの笑顔を見たら作りたくなるのはヒロコもわかるもの。

「一緒にいるとわかるのですが、よくまあ、今まで一人で暮らして来れたものかと思うほどでして」

 梅園先輩のプライベートはヒロコもちょっと知ってるけど、無頓着と言うか、雑と言うか、ムチャクチャと言うか。言ったら悪いけど、嫁にするには誰もが躊躇どころか、引くタイプ。ぶっちゃけ主婦失格どころか無能主婦そのもの。

「札幌杯の後に、雛野先輩と片岡が上手くいったので相談したのですが・・・」

 もうポチの仕事は終わりだものね。そこで梅園先輩に言われたそうだけど、

『柳瀬君、これまでご苦労様。ここまで協力してくれてホントに感謝してる。ヒナもあれで一人で生きて行けるはず。たいしたお礼は出来ないけど、そうだ副賞のビールでも持って帰る?』

 ビール一年分ぐらいの価値はありそうだものね。でも柳瀬君は、

『他でも良いですか?』
『イイよ、ムイムイに出来る事なら』

 ビールの代わりになにを。

「このまま続けさせて下さいって。だって、あのままじゃ元通りになってしまいます」

 ちょっと待ってよ。相手は梅園先輩だよ。そりゃ、黙っていれば知的美人だけど、あのガハハ笑いだし、メシマズの、片付け嫌いの、掃除嫌いだよ。

「だから必要だと思いませんか」
「そりゃ、柳瀬君がいればマシになるだろうけど」

 柳瀬君、ホントに惚れたんだ。梅園先輩は欠点も多いけど、美点もあるんだよね。とにかく本当の友達思い、仲間思い。自分の事をそっちのけにして人のために奔走するんだもの。それもやることがトンデモなのが玉に瑕、いやそうじゃない、あんなもの普通は出来ないよ。

 それこそ必要なら平気で恥をかくし、勉強してまでレズだってやっちゃう人。本質は尽くし型の究極の気がする。だからカルタ会はまとまってるし、梅園先輩にみんな感謝してるし尊敬してるもの。ヒロコだってどれだけお世話になった事か。

「でも大変だと思うよ」
「それも恋でしょう」

 かもね。好きになるのに理屈はいらないか。それより何より、柳瀬君は梅園先輩のすべてを見て、それでも惚れてるものね。水を差すのがおかしいよね。柳瀬君は尽くすことの出来るタイプみたいだし、梅園先輩の本質も尽くし型。

 尽くし尽くされて愛を深めていくお似合いのカップルになるかもしれない。二人の関係がどこまで続くか、どこまで深まるかは予想も出来ないけど、

「梅園先輩はどう答えたの?」
「どうかよろしくお願いしますって」

 二人の前途に幸多からんことを。柳瀬君も立派な男だよ。