純情ラプソディ:第55話 ピロー・トーク

 あれで良かったと思ってる。昨夜は、ああなる夜だったと思ってる。もう達也に決めたし、決めたからああなったんだ。ヒロコには後悔はない。来るべき時が来て、それを迎え入れたんだから。感動の朝を迎えた後だけど、

「達也、もう少し、このままでいたい」
「ボクもだ」

 そのまま連泊することにしたんだ。昨日でカルタ大会は終わったし、今日は御褒美タイムだもの。梅園先輩に連絡して了解だけもらったけど、

「飛行機のチケットはこっちにあるから、明日千歳で合流でイイよ。延長しても構わないけど、その時は自前で帰って来てね。ムイムイは如月さんとポチのお世話やっとくから」
「雛野先輩は?」
「あいつらも千歳で合流の予定」

 そうなるよね。札幌観光をどうしようかと思ったけど、大通公園に散歩がてらに出かけただけ。だって、だって、そんな時間より今はだもの。でもね、昨夜が初体験だから昼間だって違和感がずっと残ってたんだよね。なにか挟まってる感じがずっとあって変な感じだった。

 そうなるって聞いたことがあるけど、経験すると良く分かったかな。でも不思議と嫌じゃなかった。達也もヒロコが本当に初めてだとわかって、すっごく喜んでくれた。たぶんそうだろうと思っていたみたいだけど、はっきりわかって感動したぐらいかな。

 やっぱり女の初めてって男は嬉しいみたいだね。女にしたらひたすら耐え忍ぶ感じの方が強いとヒロコは思ったけど、あれだけ喜んでくれたら素直に嬉しいもの。達也はどうなんだと聞いたんだけど、

「もうヒロコ以外に考えられないよ」

 初体験を済めば二回目以降になるのだけど、ここから先は人によって話がかなり変わるらしいのよね。初体験の話は大同小異でひたすら我慢しているうちに終わったぐらいだけど、経験を重ねると差が大きい感じ。

 中には初体験で懲りて恐怖症になるのもいる。シチュエーションが特殊過ぎるけど雛野先輩なんかそうだよね。まあ初体験をレイプされて次が欲しくなるのはまずいないだろうけど、恋人相手でも、もうコリゴリ感覚の話は聞いたことがあるもの。

 次にいるのが、結ばれることの満足感はあるけど、それだけって人。望まれれば嬉しいし、もちろん応じるけど、どう言えば良いのだろう。行為自体はさして好きでないぐらいって言えば良いのかな。

 とにかく昨夜に初体験を済ませたばかりだからヒロコにはわからないけど、次に経験するのは『感じる』になりそう。これも誰しも感じるわけでないのが女だって言うのよね。感じるってどんなものかだけど、

『ネンネのヒロコにわかるように言えば・・・』

 ヒロコだって自分を慰めることはあるけど、あれよりずっと強く感じるだけでなく、

『子宮から赤い矢が脳天を貫いて、頭が真っ白になる感じ』

 なんだ、なんだ、そのやたらと文学的な表現は。

『そこまで行けば一人前よ』

 なにが一人前かは疑問だけど、誰しもそうなるものではなさそう。というか、女のモロの猥談でも、そこまで感じたのはある種の自慢話と言うか、武勇伝みたいな扱いなのよね。

『相手次第も大きいよね』
『前の彼氏は短小だったし、ウソみたいに早漏だったからサッパリだったもの』
『あるある、最初の彼氏は思いっきりヘタクソだったのよ。どれだけヘタクソか今の彼氏でよくわかったもの』

 達也はどうなんだろう。こんなもの比較がないからわかりようがないものね。だって、だって、恥しくてロクロク見れないし、母子家庭で一人娘だからお父さんとか兄弟のアレも見たこと無いから大きい小さいの違いもわからないよ。

 達也は普段と違ってひたすらリッチだった。そう早瀬の御曹司状態でヒロコをもてなしてくれた。だってさ、夜に遊びに行った後にホテルでしょ。着の身着のまま状態だから連泊するにもなにもないのよね。

 上から下まであつらえてくれて、まるでどこかのお嬢様みたいに化けてホテルのレストランでディナーをご馳走してくれた。部屋に戻ると望まれた。そりゃ、望むよね。望まれないのも問題だけど、やっぱり怖かった。しっかり違和感が残ったままだもの。

 でも受け入れた。他に選択肢なんかないじゃない。でも一度経験するだけで心に余裕が出来た。知識として知っているのと、実際に経験するのではそれぐらい違うって事。まだまだ、楽しむとかのレベルには遠いし痛かったけど、満足した達也を見て嬉しかったもの。一戦が終わった後にベッドで、

「達也が家を継いだらこんな暮らしなの?」
「そうでもあるし、そうでもない」

 どうしたって出張が多くなるから、出張先ではホテル住まいで夕食とかは接待が多いんだって。それはなんとなくイメージできそう。

「その反動って訳じゃないけど、家では案外質素だよ」

 質素と言っても執事までいるセレブだから桁が違うけど、食事内容に関しては驚くほど差はないみたい。これも理由はあって、外食が豪華と言うか、カロリーが高すぎるから、それのバランスで家の食事は質素ぐらいかな。

 でも本当のセレブ家ってあるんだね。なにしろ家事はやらないんだよ。家政婦さんというより女中みたいな人が何人もいるし、専属の運転手だっているんだもの。料理も栄養士が指示したものを専属の料理人が作るとか。

「家でのパーティもあるからね」

 なんとなくわかったのは、外面の多い生活で良さそう。早瀬グループ総帥の顔をしていないといけない時間が多いぐらいかな。

「トップは孤独なものだよ」

 上に立つのはどこでも大変と思うけど、あれほどの大企業となると人に任せる度量が常に問われるそう。そりゃ、任せて成功してくれれば良いけど、失敗する時もあるし、裏切られることもあるんだって。もちろんサボるのもいる。

 それと内外問わず取り入ろうとする人が後を絶たないと言うか、ウジャウジャ湧いてくるらしい。だから贔屓どころか、贔屓に見えるような行動や言動も絶対にタブーなんだそう。

「今から思えばだけど、オヤジは不幸だったよな」

 達也に言わせると唯一心を休ませ、憩えるのは家族じゃないかって。まあ、そんな人間不信になりそうな職場に入ればそうなりそうだけど、

「達也の本当のお母さんはどんな人だったの」
「良く知らないけど政略結婚だったって話だよ」

 ああ、そうなるのか。このクラスになると結婚すら勢力拡大の道具になっちゃうんだ。ただ短い結婚生活だったけど、夫婦仲は非常に良かったらしい。この辺は達也が中学から預かってもらった元執事から聞いた話らしいけど、

「結婚してみたら余程相性が良かったんだろうな。あのオヤジが家ではニコニコと話し詰めだったらしいからな」

 後妻を迎えた経緯は複雑そうだけど、こっちは結果的に失敗で、

「ボクには自由に好きな相手を選ばせたかったみたいだよ」

 う~ん、どこをどう聞いても達也との結婚生活は甘くなさそう。ヒロコが達也を懸命に支えるぐらいの図式が浮かんじゃう。かなり古風な嫁をやらなきゃ、務まりそうにない感じ。

「それはヒロコに申し訳ないと思ってるし、そうならないように出来るだけするつもりだ」

 セレブの家って言っても、遊んでいてもセレブ出来るわけでなく、セレブの家、セレブの生活を維持する仕事をやらなきゃいけないって事だろうな。そりゃ、持ち物とか、生活の一断面はリッチそのもので、貧乏人からしたら憧れどころか、嫉妬の対象にしかならないけど、

「ヒロコは賢いよ。そこを勘違いしている人が世の中多いんだよね。こんな言葉があってね、

『起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半』

オヤジがたまに呟いてたかな」

 出典は豊臣秀吉とも言われてるけどはっきりしないそう。どんなに権力を揮い、巨万の富を築き上げても、人の基本的な暮らしはそれで済んでしまうぐらい。今では贅沢を戒める言葉として使われているみたいだけど、

「秀吉の言葉に相応しい気がしてるよ。秀吉は絵に描いたような成り上がりだろ。だからあれだけの贅沢もしたのだけど、ふと我に返った瞬間に思ったんじゃないのかな。これだけの権力と富をもっても人の生活ってこの程度ですんじゃうんだって」

 だったらと思うけど、築き上げた者は肉親に譲りたいと思うのも人情だとしてた。達也の家は桁外れだけど、たとえば医者が子どもを医者にさせたがるのもそうだろうって。あれは親なりに、子どもに少しでも楽をさせたいぐらいだって。

 達也の家もそういう部分はあるけど、あそこまでの家になると他にも背負ってるものが多すぎるとしてた。シンプルにはグループの家族の生活を背負ってるぐらいかな。

「人間って本来どう生きるべきかの命題を考えたこともあるけど、ボクが自由に生きれば、それですべて解決とも言いにくいのだよね。せめて次男以下に生まれていれば変わっただろうし、弟の出来が良ければ違ったろうけどね」

達也も相当悩んだ時期もあったみたいだけど、家を継ぐって決めたみたい。それが本当の正解かどうかは、

「人生が終わるころまでには出てるのじゃないかな。だけどね、ヒロコがいるだけで変わりそうな気がしてる。少なくともヒロコがいるだけでオヤジとは違うからな」

達也の肌の温もりを感じながらの話だったけど、ふと気が付いたんだ。これってもう恋人を越えてるよ。そりゃ、やったから関係がグンと深まったけど、そんなレベルじゃなく、気分は婚約者どころか、結婚秒読みみたいな感覚。でもそれが何故か嬉しい。
ますます達也しかいないって思えなくなってるもの。良い人に出会ったと思う。そりゃ、達也にも欠点はあるけど、満点の相手なんて世の中にいるはずない。お互いに足りないところを補い合うのがパートナーだよ。達也となら生きていける。