純情ラプソディ:第61話 女神の密談

『カランカラン』

 コトリったらなんの用事だって言うのよ。学生の間は宿主代わり期の休暇期間でしょ。

「悪い、悪い、ほんまに野暮用やから悪いと思てる」

 まあイイけど。

「早瀬のとこの問題でどうしてもユッキーと相談したくてな」

 なるほどそういう相談か。そんなもの、わたしに相談しなくても良いじゃない。あそこを完全に子会社にするかどうかはエレギオンHDでも何度か議題になったけど、今の早瀬達雄は案外有能なんだよ。

 子会社にして有能な人材を送り込んで立て直す手法はよく使うけど、いかにエレギオンでもそこまで出来る人材はどうしても限られるのよね。企業が栄えるか衰えるかのカギはやはり人に尽きるところがある。

 早瀬は達雄が有能だからそのままにしておくのがわたしとコトリの判断で、それ以上もそれ以下もないじゃない。動くのなら達雄の次が無能な時で良いだけ。まあ、あそこのレアアース事業、メタンハイドレート事業は、金の卵を産む事業だからコトリも気を遣うのはわかるけど。

「達雄でも死にそうなの」
「そうやないけど、ユッキーが可愛がってる子がおるやんか」

 ヒロコの事ね。イイ子だよ。ああいうタイプはどうしても応援したくなるもの。きっと幸せになるよ。そうしてあげたし、

「それはコトリにもわかるんやけど、あの子の相手が問題なんよ」
「どこか問題でもあるの。わたしも良く知ってるけど、お似合いにしか見えないけど」

 札幌の夜に結ばれたみたいだけど、そのままゴール・インしてもおかしくないかもね。もっともまだ二十歳だから、先のことはこれからだろうけど、

「結婚してもらおうと思うんよ」
「藪から棒に何を言い出すの。他人の恋路に手を出してどうするの」
「だからこうやって相談してるんやんか」

 はて、ヒロコは相手が資産家の点を気にしていたけど、コトリが乗り出す程の話じゃないし、

「ユッキー、もう宿主代わりの不調期は終わってるやろ」
「そりゃ・・・ちょっと、ちょっと、早瀬って、そういうことなの」
「そうやねん」

 わたしとしたことがウッカリしてたわ。達也が早瀬一族の一員ぐらいの可能性は頭の隅にはあったけど、まさか本家の跡取り息子だったとはね。人は思わぬつながりがあって面白いものね。

 早瀬グループは早瀬家の世襲。その達也だけど、シノブちゃんの調査の結果はイマイチだったっけ。もっともまだ高校生だったから、最終判断は保留にした。ただあのまま化けなければクビの予定。

「ユッキーが女神の恵みを与えたやんか。あの効果は綺麗になったり、人としての能力が上がったりもあるけど、もう一つ女の幸せもあるやんか」

 女の幸せというか、結婚する相手を間違わないって能力で、必ず幸せな結婚生活を送れるだけど、あれって良くわかっていない効果なのよね。だってだよ、なぜかそうなるって結果しかないんだから。

「達也をどう見る」
「あんな甘ちゃんじゃ無理よ」

 性格は良い。頭だって悪くないが、早瀬グループを率いられる器かと言えば甘すぎる。あれぐらい甘くても普通に暮らす分にはむしろ美点だけど、早瀬の総帥となると求められる能力はまったくの別物。

「それとヒロコの結婚は別物でしょ」
「リンクさせたらおもろいかと思て」

 そういうことか。コトリらしい考え方ね。女神の恵みを受けたヒロコが選んだ男には、それなりの理由があるはずだと考えたのね。シノブちゃんの評価でも、わたしの目でも達也の評価は低いけど、それでも見えてない潜在能力に期待か。

「実際のところやけど、早瀬グループを率いられそうな人材はそうはおらん。達也のクビを切るのは簡単やが、ほいじゃ後釜がヒョイヒョイと出てこんのよ」

 そうかもね。ミサキちゃんやシノブちゃんでも送り込むなら話は別だけど、そう簡単に手放すわけにはいかないし。

「だから呼んだのね」
「そうや、ユッキーが絡んどるからな。勝手に動いて、話がこじれた時に厄介やんか」

 知恵の女神がなんて白々しい。わたしがどう思おうといつも勝手にやってるじゃない。

「まあ、そう言うな」

 ここは考えどころだね。たしかにヒロコは達也を選んでいるが、その意味がどうかだよ。早瀬総帥夫人じゃなく、早瀬グループから離れた達也との幸せな結婚の可能性も高いと見てる。ヒロコが総帥夫人で幸せかどうかは疑問が大きすぎるじゃないの。

 あの子の生い立ちからして、早瀬総帥夫人は嬉しくもないだろうし、楽しいとも思えない。もっと平凡な、どこにでもある暮らしに幸せを見つけるタイプにしか見えないよ。ヒロコにとって早瀬の財産など逆に余計だよ。

「やっぱりユッキーはそう見るか」
「さすがに早瀬海洋開発はエレギオンでも大きいからね」

 それでもコトリはやる気だね。わたしが反対した程度で意見を引っ込めるわけないよ。今日は挨拶したぐらいの意味でしょ。まあ、挨拶してくれた分だけ昔より気を使ってくれているとは言えるけど。

 でも、これが昔からの二人の関係。というか、この程度の問題で相談など不要だってこと。対神戦やってるのじゃないしね。今回の話もコトリの計画が成功すればそれで良いし、達也が無能ならクビにして、その後に平凡だけど幸せな家庭を築けば良いだけのお話。いずれにしてもたいした話じゃない。

「早瀬の家系伝説知ってるか」
「コトリ、それって」

 あそこの家には奇妙な家系伝説がある。シノブちゃんが調べてくれてたけど、

「達雄はそれを踏まえとる気がする」
「踏まえるって・・・それじゃ、ヒロコが選んだのじゃなく達也が選んだってこと」
「そう見れるやろ」

 あのヒロコがそうだって! あの家系伝説には二つの見方があるって分析だったけど、

「あれって、見つけたのじゃなくて、変わったってこと?」
「さすがにそこまでは調べられへんけど、ユッキーにはどう見える」

 これがわたしを呼び出した本当の理由か。こればっかりは実際に見ている者じゃないと確認しようがないものね。ヒロコが変わったのだけはわかる。でもさぁ、男が出来て女になれば変わることがあるのは珍しいことじゃない。

 これを達也が変えてるとも見えるけど、ヒロコが変わったにも見える。生まれつきの素質が男を知ることで開花したケースよ。正直なところは何とも言えないぐらいしか言いようがないけど、

「うちらに欲しいのは結果だけやんか。見出されたのか、変えられたのかは、この際、どっちでもエエやんか。変わった理由ならユッキーがいじったんも加わるやろ」
「コトリの言う通りね。問題はそれだけの器量があるかどうかだし」

 人の才能をいじるのは未だに良くわからないところが多いのよね。長年の経験から危ない事はなるべく避けてるけど、想定外の才能が出ることも、今までだっていくらでもあったものね。

「今回は特殊ね」
「そうやユッキーが絡んでもたからな。ほいでも悪い方やない、どっちもがエエ方に作用した相乗効果も期待出来ると思うんや」

 さすがは知恵の女神だね。でもわたしはちょっと複雑。ヒロコにはそんな幸せを与えたつもりじゃなかったんだけど。

「幸せなんか気の持ちよう一つで変わるで」
「たしかにやりがいあるけど」
 
 それも人の短い人生の過ごし方かもね。

「ヒロコもああなっちゃうのか」
「ユッキーが手を出したから、もっと凄いかもしれんで」

 人でもあそこまでなれるものと感心したけど、

「反対しないよ、わたしは賛成。もうちょっと手を入れとく方がイイね」
「頼むわ」

 コトリに上手く乗せられた気がするけど、ま、いっか。暇つぶしになるし。