純情ラプソディ:第60話 シンデレラは甘くない

 そうそうヒロコの誕生日の時に達也を家に連れて帰ったんだ。お母ちゃんに会わせるため。まだ早いと言えば早いのだけど、達也の誕生日の時に向こうのお父様に会ってるからバランスみたいなもの。

 お母ちゃんも達也は気に入ってくれたけど、達也の家のことを聞いて複雑そうな顔をしてた。似たようなシチュエーションで失敗してるものね。それでも嫁姑問題が起こらない点は評価してくれた。やぱりトラウマだと思うよ。

 そしたら話は嫁姑問題から。親戚付き合いに広がっちゃったんだよ。これもお母ちゃんはかなり苦労したで良さそう。考えてみれば達也の家は、お母ちゃんの結婚相手の家なんて鼻息で吹き飛ばしそうな古さと格式じゃない。

「それはない。早瀬の家も親戚と言うか一族は多いけど、本家の地位は絶対だよ」

 封建時代の化石みたいな風習だけど、本家の当主の一言で一族から追放されてしまうとかなんとか。

「追放と言っても、なんか実質的な害でもあるの」
「ああクビになるぐらい」

 なんだかんだで早瀬グループに勤めていたり、その関連企業だったりしている人が多いで良さそう。だから本家から追放されると職を失ったり、会社が立ち行かなくなるんだって。身内への処分はかなりシビアらしくて、親戚風を吹かそうものなら一発だとか。一方で生活が苦しい家への援助もやってるみたいで、

「本家にもたれてるのが多いって、オヤジもボヤいていたのを聞いたことがある」

 経済的に本家が圧倒的に強いからそうなってるのかもしれない。だから分家と言っても親戚だから対等みたいな感覚は全くなくて、完全に主従関係だというから目がシロクロしそうになった。

 だってだよ親戚が集まる会では本家の人間は上段の間に座って、分家の人から拝謁を受けるんだって。上座じゃなくて上段の間だよ。そんなものが家にあることに驚くよ。あんなものは時代劇の中のものだと思ってたもの。

 さらにだよ本家の人間でも嫁に行ったり、新家を作ったりすれば、その時点で分家扱いになり、自分の親や兄弟でも下段に回って拝謁させられ、まともに口を利くのも難しくなるとか、ならないとか。

「本家の嫁はどうなるの?」
「今なら三番目かな」

 とにかく序列だって。トップが当主でナンバー・ツーがその妻。今なら後妻は実質的にいないようなものだから、

 お父様 → 達也 → ヒロコ

 こうなるんだって。分家もあれこれ序列はあるそうだけど、本家と分家の差は途轍もなく大きいから、

「分家ごときがヒロコにまともな口は利けないよ」

つまりウルサ型の親戚に気を使う必要はないのだそう。こうなったのは、かつて親戚が本家の跡目騒動に介入して、時代が時代だから血を血で洗う合戦騒ぎになったことがあったそう。その時の教訓で、本家の力は圧倒的なものにされ、分家が二度と口出しできないようにしたのが今に至るだって。

 よく旧家は難しいと言うけど、達也の家ほどの旧家になると難しいを通り越えてるみたいに見えてくる。今どきなら皇室だってもっとフレンドリーの気がするもの。

「ヒロコも親戚付き合いは心配しなくとも良い」

 そういう問題じゃない気もするけど、有るより無い方が嬉しいかも。それとこれだけ古臭い家になると心配になるのは男尊女卑。とにかく世間の常識が通用しない家だから無い方が不思議だけど、

「無いよ」

 早瀬グループは戦前の早瀬研究所が戦後に早瀬電機となって発展してるけど、その頃の早瀬家は女系だったんだって。つまり優秀な婿養子を取って栄えさせたぐらい。その頃だって息子はいたそうだけど、

「役立たずとされて家から放り出されたって話だ」

 婿養子は取るけどそれ以上に優秀だったのが女ども。まさに女傑として良さそうで、家も早川電機も切り回し女尊男卑状態だったそう。そんな時代が平成ぐらいまで続いたものだから、

「女尊男卑も無くなってるけど、男女に差はない。だからヒロコの序列は三番目になっている」

 う~ん、妙なところだけ現代的だ。とにかく達也の家は尋常じゃないから、お母ちゃんもどれだけ理解できたか怪しい部分は多いけど、

「ヒロコが選んだ相手を信用しています。達也さん、どうかヒロコを幸せにしてやって下さい」

 達也の家を知った時から、達也が白馬の王子様でヒロコが灰かぶり姫って思ってたんだ。ヒロコは灰かぶり姫どころか、単なる灰かぶり女だけど、達也は知れば知るほど王子様ならぬお城の若殿様にしか見えなくなってる。

 今なら達也の家に行って、ちょんまげに刀を差して出てこられても驚かない気がするし、使用人が腰元姿でも納得しそうだもの。さすがにそれはないにしても、身分違いって感じがヒシヒシとしているのは本音。そう言えば雛野先輩から、

「岳に聞いたわよ。まるで少女マンガの世界じゃない。だって庶民の娘がいきなりお殿様のお城の中に放り込まれるんでしょ。そこで健気に生き抜く悲劇のヒロイン役を頑張ってね」
「雛野先輩のところだって」
「ヒロコのところに比べたらしがない町工場だし、付き合う連中のランクもずっと、ずっと下がるもの。達也夫人様と口を利くのも畏れ多い身分だよ」

 反論できない。本当に幸せになれるのだろうか、

「玉の輿にウカウカ乗る奴が一番不幸に決まってる」

 これも反論するのが難しすぎる。さらに追い打ちまであって、

「ヒロコ。昔話や童話のヒロインの結末って知ってる?」

 それって、あれこれあった末に後は幸せに暮らしましただよね。

「そうよ、シンデレラでさえそう。でも本当に大変なのは結婚してからよ。実家の後ろ盾に乏しい女が、あの時代にお城のお妃様になったら並大抵じゃない苦労が待ってるに決まってるじゃない」

 言われてみれば、

「それをちゃんと考えて相手を選び抜いた違いよ」

 たぶんだけど達也と結婚すれば、現代のシンデレラぐらいにもてはやされる気がするけど、ヒロコはそんな結婚をするのが夢だったかと言われたら違う。ヒロコが求めていたのはもっとありきたりな夢。雛野先輩のところでも過剰ぐらい。

 理想は・・・うぅぅぅ、言いたくないけど梅園先輩のところ。そりゃ、梅園先輩は異常に処女にこだわる歪み過ぎた性観念はあるし、メシマズ、掃除嫌い、片付け嫌いの無能主婦でありズボラ嫁。

 でも、でも、それさえ除けば、というか除くのだけで大仕事過ぎるけど、どこにでもある共働き家庭だよ。無能主婦は有能主夫がカバーすれば済む話だし、そんな夫婦はいくらでも・・・そこまでいないけどそれなりにいるはず。

 ヒロコの欲しかった幸せはそんな家庭だったはず。セレブな生活を夢見て玉の輿を狙う気なんかなかったのに、現実はそうならざるを得ない状態に追い込まれてるんだもの。達也を選んだのを失敗だと思わないけど、達也にあんな厄介なものがセットで付いてくるなんて夢にも思ってなかったもの。

 ヒロコは間違った選択をしてるのじゃないかと思いだしてる。シンデレラが王子様と結婚した後に幸せだったか、苦労したかはわかんないけど、それでもシンデレラは貴族の娘だよ。だから灰かぶりでも姫だってこと。世界の昔話の類型に、

『貴種流離譚』

 こういうのがあるのよね。これは本来は蝶よ花よの生活を送れるはずの身分の人がトンデモナイ苦労をする羽目になり、それが最終的に身分に相応しい生活や扱いを受けるようになるぐらいのお話。

 シンデレラは貴種だもの。貴種だから王子様と結婚できたんだ。でもヒロコは貧乏人の純粋培養。だから、だから、ヒロコはシンデレラになれないよ。シンデレラになれるのは灰かぶりでも姫であって、ただの灰かぶり女には無理だと思うんだ。