純情ラプソディ:第59話 梅園先輩の異常な愛情

 梅園先輩は、なんとだよ、クイーン戦の予選を勝ち抜いちゃったんだよ。正月には城ケ崎クイーンとの対決が待ってるんだ。負けても準クイーンだから六段になるし、勝とうものなら二階級上がって七段だよ。

「誰が玲香ごときに負けるものか。クイーンになって七段になるに決まってるじゃない。連覇して八段になるのも時間の問題」

 いつもの怪気炎だけど梅園先輩の実力は文句なし。それは城ケ崎クイーンでさえ認めてるとして良さそう。だって札幌の夜でも、

『ムイムイ、いつまで下で遊んでるの。待ちくたびれたわよ』

 二人は小学校以来のライバルだけど、城ケ崎クイーンも梅園先輩の超聴力に苦戦したんだそう。それに勝つために、

『聞き取りからの反応は勝てないじゃない。だから、それ以後の動きを極限まで無駄をなくしたのよ』

 城ケ崎クイーンの超絶的反応と瞬発力はヒロコも対戦したから良く知ってるけど、とにかく動きに無駄が一切ないんだ。最短距離で出札に火花が飛んでいく感じと言えば良いかな。そんな二人のライバル対決をヒロコも楽しみにしてる。


 そんな梅園先輩がこれまでクイーン戦予選を勝ち抜けなかったのは体力不足がある。とくに五試合目以降になるとガクンと落ちる気がしてる。体力が弱い原因は、あの不摂生すぎる生活がすべて。

「どこが不摂生なのよ」
「あれが不摂生じゃないなら自堕落です」

 それが柳瀬君をポチにしてから変わったのよ。柳瀬君に聞いたけど、梅園先輩の食生活ってコンビニで適当にお惣菜を買ってきて、後はビールだったんだって。極端な時は枝豆だけとか。ちなみになぜかポテチはあんまり好きじゃない。

 柳瀬君の経歴が少し変わっていて高校の時は駅伝部。珍しい部と思うけど、陸上部から長距離部門が独立したらしいんだ。もちろん選手としてスカウトされて入部したのだけど、

「強豪校のレベルを思い知らされました」

 マネージャーに転向したんだって。都大路を目指す強豪だったけど部員は全寮制。マネジャーの仕事は下働きもあったそうだけど、監督の下で選手の健康管理をメインにやってたそう。料理が上手なのも健康管理の一環で作っていたからと言ってた。その経験を活かして梅園先輩の食生活の改善に取り組んだのだけど、

「鍋やフライパンの手入れから始めました」

 鍋やフライパンも使いっぱなしというか、使ってそのままで何年も放置され、カビが生える程度じゃなく、生えたカビが枯れるぐらいの状態だったとか。それを柳瀬君がすべて磨きなおすレベルから始まったらしい。

 お皿や台所回りも使えるレベルというか、近づくのも遠慮されるレベルだったって言うから、どれだけかと思ったもの。

「そこなんですけど、荷物を片付けて行ったら発掘されたって感じです」

 やっぱり。なんとか料理を出来る体制を復活させたら梅園先輩は、

「あんなにちゃんとした食事が続いたのは大学に入って初めてだった」

 柳瀬君は健康管理だけでなく運動管理も高校時代は監督から任せられるぐらいだったみたいで、次にトレーニング計画も作ったんだよね。柳瀬君も梅園先輩のウィークポイントが体力だと見抜いたんだろうけど、ここで大問題だったのは梅園先輩は大の運動嫌い。それでも渋々やった初日は、

「ムイムイも最初の内は死んでた」

 ちなみに百メートルで完全にヘタばって呼吸困難で動けなくなったそう。体力はババアだ。でも今では毎朝五キロぐらい走るって言うから、たいしたものだ。そう言えば体も引き締まってるよね。

「竜二が励ましてくれたから」

 竜二は柳瀬君の名前。どんなマジックを使ったのかとコッソリ聞いたのだけど、

「えっと、あの、ちょっと、それは・・・」

 柳瀬君もあれこれ励ましたそうだけど、

「わかった、打倒クイーン」
「そんなもので走ってくれるなら、誰も苦労しません」

 熱血ドラマじゃ無理か。そこから渋りまくる柳瀬君からようやく聞き出したのが、

『夜のアレの時に役に立つ』

 なんじゃそれ。アレをやると体力使うのはわかるけど、わざわざ体力付ける程のものじゃないでしょうが。BBA的に体力に落ちてる梅園先輩でも出来るよ。疲れりゃ、マグロになって寝てれば女は済むし。

「まあ、それはそうなんですが・・・」

 柳瀬君が持ち出したのは怪しすぎる話で、長時間やればやるほど女の感度がドンドン上がって行くだったそう。そのためには体力が必要って・・・それって三文エロ小説とか、怪しげな女性週刊誌レベルの代物じゃない。

「どうでも良いけど、誰とそんな長時間やるの。つうかアレの時間って女より男の問題が大きいのじゃない」
「その点をどう理解されたのか今でも謎ですが」

 こんな怪しげな話で、梅園先輩の闘志に突然着火したって言うからどんな思考回路してるんだろ。うん、まさか感度にそこまで反応したのはもしかして、

「ひょっとして梅園先輩って不感症とか」
「不感症じゃないと思いますが、本当のところはまだ」
「本当のところって、どういう意味?」
「言葉通りで・・・」

 えっ、どういうこと。札幌杯からしばらくして梅園先輩と柳瀬君は交際宣言したんだよね。それこそ腕組んで、大はしゃぎ状態だったもの。そうだ公開キスまでやらかしたんだ。それとともに、半同棲だった二人は完全同棲に移行。そこまで行ったら後はもう、

「柳瀬君は彼氏じゃないの」
「それは前に宣言やりました」
「キスもしたよね」
「見てられてたはずです」

 ウソでしょ、ウソでしょ、

「夜はどうしてるの」
「ベッドは一つですから一緒に寝てます」
「そこまで行ってるのに」
「はい」

 ベッドで何してるのよ。

「ホントに愛されてるの?」
「結婚式の初夜まで待って欲しいと」
「待つの?」
「それが希望なら待ちます」

 感心するというより呆れた。梅園先輩は実は処女である噂はずっとあったのよね。口では平気で猥談するけど、やったって話を聞いたこと無いもの。やれば黙っているような人じゃないし。

 だから処女であったのは、それほど意外じゃないけど、男と同棲して一緒のベッドに毎晩寝ても処女のままって信じられないよ。柳瀬君なんて毎晩生殺しじゃない。

「あのぉ・・・それも違います」
「違うって、なにしてるの」

 まず寝る時は素っ裸だって。恋人同士だからそれは不自然とは思わないけど、そこまで行ってもアレ無しじゃ間がもたないというか、収まりがつかないじゃない。別に淫乱って意味じゃないけど、愛し合ってる若い男女がその状態にまでなって、そのまま眠ってるだけなんてありえないよ。

「柳瀬君はそれで平気なの?」
「ボクだって、生殺しに耐えられるほど聖人ではありません」

 うぅ、聞くんじゃなかった。梅園先輩は雛野先輩とかなりディープなレズまでやってたんだった。雛野先輩とレズる時はタチだったけど、柳瀬君はレズのタチ技術を仕込まれたぐらいで良さそう。

「みっちり教え込まれました」

 ヒロコにレズ経験はないけど、女が女を本気で攻めたら強烈らしい。それを男である柳瀬君がやっても効果はあると思うけど、それでも満足できるのは梅園先輩だけじゃない。まさか柳瀬君はひたすら奉仕させられてるだけだとか、

「だからそんな聖人ではありません」

 げっ、げっ、タチとネコを入れ替わるっていうけど、

「男相手でも応用は利くってされてました」

 ヒロコの完全に知らない世界だ。達也相手にヒロコがタチをするなんて想像もつかないもの。梅園先輩が柳瀬君とやっているのは完全にレズ行為だよ。それも愛撫する段階だけのもの。

 男と女というか、普通のカップルなら前戯段階だけやってるって事だよね。普通ならそこで燃えてきて本番になるのだけど、処女を守るとなると柳瀬君はどうなるの。

「前戯というか、そこでフィニッシュまで・・・」

 えっ、えっ、それって怪しい風俗店みたいな、

「想像するならそんな感じです。もちろん行ったことはないですよ」

 とにかく話がディープ過ぎるよ。梅園先輩は処女さえ守れたら、手であろうが唇であろうがフル回転なんだ。それもほんじょそこらのフル回転じゃなく、柳瀬君の体力の限界に挑戦するぐらいのフル回転で良さそう。

「柳瀬君はそれで良いの」
「良いと言うか、悪いと言うか・・・」

 そこまでになれば、普通はやるでしょ。つうか、そこまでディープな愛撫って、やってから上達するものじゃない。それも誰だってやるようなものじゃない、ヒロコも達也にやってないよ。

 世の中は広いし、ヒロコが思うより様々な行為に走ってるカップルは多いかもしれない。それでも、それでもだよ、初体験の前にそっちにそこまで走るカップルは限りなくゼロに近い気がする。さらに言えば初夜までどれぐらいの歳月があるっていうのよ。

「計画では五年です。ムイムイも五年目なら給料も少しは良くなるでしょうし、ボクの給料も合わせれば暮らせるはずぐらいです」

 結婚計画は具体性に富み過ぎてるけど、五年だよ、五年。目眩がしてきた。そりゃ、女の夢として理想の男と初夜に処女を捧げるのはあるけど、それはあくまでも夢だし、現実はなかなかそうならないよ。ヒロコですらそうだもの。

 そこまでやって守っている処女って価値あるのかな。男が処女を珍重するのは、処女膜の有無もあるだろうけど、まだ性体験を知らない初心な反応だと思うんだよね。だけど、この二人がここまで励んでしまえば初心さなんて銀河系まで飛んでいきそう。

「倉科さんは詳しいですね」
「詳しいはずないじゃない!」

 まったく余計な事を知ってるって誤解されちゃうよ。これも聞くんじゃなかったけど、梅園先輩はベッドに入る前に柳瀬君の前で必ず愛の誓いをするんだって。それは悪いとは思わないけど跪いて・・・まさか、まさか、

「跪くって、柳瀬君は立ってるんだよね」
「ええ、はい、そうです」
「梅園先輩の目の前にあるのは?」
「そうなります。しっかりと口にされます」

 そんな状態で神妙にこう言うんだって。

『ムイムイは必ず愛する竜二と結婚し、初夜にすべてを捧げるのを誓います』

 よくまあ、そんな状態でしゃべれるものだと思うよ。しゃべって誓うだけじゃなくて、そこから二人の一回目が始まるっていうか、終わるまでやっちゃうって言うのよ。

「最近では朝も誓われます」

 狂ってる、正気じゃない。すべてを捧げると言うけど、残ってるのは処女だけじゃない。それを守る異常な情熱としか言いようがない。柳瀬君もよく付き合ってるよ。そりゃ、男は出せば満足するって聞いたことがあるけど極端すぎる。出せるならどこでもイイのかよ。

 ヒロコはもちろん口にした事なんかないよ。求められても嫌だ。でも、口にするのは求められそうな気がしてる。これは愛しあっていれば必ずしも変態行為と言えなさそう。もちろん最後までじゃないよ、あくまでも流れの中での愛撫の一つ。

 達也との事は置いとく。だいたい比べるのが無意味だ。こんな先輩を持ってしまったのがヒロコの不幸だ。そんな先輩に毒されつつあるヒロコはさらに不幸だし、手遅れになりつつある。

 とにかく世間の常識から外れ過ぎてるカップルだけど、本人同士が納得していれば良いよね。というか、柳瀬君じゃなければ梅園先輩の相手なんて絶対に無理だよ。これも愛の形だし無理やり言えば究極の純情かもしれない。五年先の初夜を無事迎えられますように。