純情ラプソディ:第65話 あれから

 あれからって事になるけど、まず梅園先輩。クイーン戦は稀にみる激闘だった。先手を取ったのは城ケ崎クイーンで。先に二勝を挙げて四連覇に王手を懸けたのだけど、第三戦は大接戦になり運命戦にまでもつれこんだんだ。

 これを制した梅園先輩は続く第四戦も劣勢から執念でなんと二戦続きの運命戦に持ち込み連勝。これで二勝二敗で雌雄を決する第五戦になった。クイーン戦も名人戦も五回戦制だから最終決戦だよ。

 最終戦は今度は梅園先輩が終始リードを保ち優勢に試合を進めたんだ。ヒロコたちは新クイーン誕生かと色めきたったけど、さすがは城ケ崎クイーンで、驚異的な粘りを見せて信じられないけど三戦続きの運命戦。

 勝ったのは城ケ崎クイーンでついに四連覇。梅園先輩は悔しそうだったけど、城ケ崎クイーンを素直に称えていた。二人は二月のグラン・プリ小倉山杯で再び激突。今度は梅園先輩が勝ち百万円ゲットしていた。

「クイーン位は惜しかったけど来年は奪ってやる。それより百万円は大きいよ」

 学生王冠戦も慶応に勝ってビール一年分をゲット。札幌杯と合わせてビールは二年分。お母ちゃんも喜んでた。大学選手権は取れなかったけど札幌杯と学生王冠戦。個人戦だけど小倉山杯も制して、

『港都大はゼニが懸かると無敵だ』

 こう呼ばれたぐらい。これで梅園先輩は卒業。素晴らしい先輩だった。来年こそクイーンになって欲しい。


 翌年は雛野先輩が代表になるけど、片岡君が育てた素人三人娘が順調に育ったのと、A級四段の新入会員が入ってきて、職域学生大会こそA級昇格できなかったけど、関西王冠戦は連覇した。学生王冠戦は負けちゃったけどね。

 さらに翌年は片岡君が代表。梅園先輩、雛野先輩と抜けた穴は大きかったけど、札幌杯で撮っていた映画の大ヒットの影響でカルタブームが再燃してくれて、港都大カルタ会は二十人を超える会員になってくれた。

 レベルも高くなり関西の強豪として定着した感じかな。今や部室は全部畳を敷いてるよ。それでも練習するのに狭くて困ってるぐらい。それでも活躍を認めてくれて着替え用の小部屋をもらえた。ヒロコもカルタをやって本当に良かったと思ってるよ。


 そしてついにヒロコも卒業になったのだけど、卒業旅行中に達也からのプロポーズがあったよ。感動したってか、悪いけどあんまり。だって婚約発表のスケジュールに沿っただけのお儀式みたいな感じだもの。

 ここまで来たら逃げられないって思ったから断りはしなかったけど、かなりどころでないぐらい複雑な気分だったのは白状しておく。達也は無邪気に喜んでたけど、どういう神経してるんだろうね。

 達也は予定通り早瀬HDに就職したけど、ヒロコは早瀬グループは避けといた。結婚すれば退職とは言うものの、少しでも違う世界を見ておきたかったから。達也は花嫁修業を持ち出しやがったけど断固却下した。


 プロポーズはあんまりサプライズ感はなかったけど、いきなり結婚式に招待があったのはビックリした。だってだよ、片岡君が卒業と同時に雛野先輩と結婚式を挙げちゃったのよ。雛野先輩は卒業してからも片岡君との同棲を続けていたけど、そのまま最短距離でゴール・インで良さそう。

 雛野先輩の花嫁姿は可愛かったし、片岡君はますます男らしくなってた。そうそう片岡君は優秀というより天才的な研究者のセンスがあるみたいで、大学院に進んで研究者の道を教授からだいぶ誘われていたようだけど、

「研究は自分の会社で続ける。大学で成果をあげてもおカネにならないからね」

 どうも幾つか具体的なアイデアが固まって来てるようで、これを家の会社で商品化するのを狙ってるみたいで良さそう。しっかりしてるよ。片岡製作所の将来も明るそうだ。雛野先輩は、

「次はヒロコね」
「梅園先輩もいますよ」

 梅園先輩の結婚計画ではまだと思ってたんだけど、それが招待状が来ちゃったんだよ。あれって思ったけど、

「竜二をこれ以上待たせるのは悪いし」

 これは結婚じゃなく初夜の事。ここは梅園先輩の卒業と同時に同棲は解消はしてるけど、

「ムイムイは寂しかったの」

 だとは思うけど、柳瀬君にも少し聞いたら、

「一人暮らしに戻ってましたから・・・」

 梅園先輩の部屋の扉を開けたら、荷物雪崩に襲われたそう。そうなるよね。どうもこれ以上は梅園先輩を一人にしておくのは拙いと柳瀬君は判断したみたいで良さそう。それを見捨てない柳瀬君はエライと思った。

 結婚式には片岡夫妻とヒロコと達也も出席した。それにしても花嫁として黙っている梅園先輩は素敵だよ。冴え冴えとして近寄りがたいぐらい知的かつ神秘的な感じさえしたもの。

 それと相変わらずのズボラ嫁の無能主婦だそうだけど、仕事はキレ者みたい。同僚の祝辞を聞いてても、仕事が良く出来るとか、我が社のホープだとか、同期の出世頭とかがズラズラと。祝辞だからお世辞も入るとは思うけど、チラッと会社の同僚の人に聞いても、どれだけ仕事が出来るかの褒め言葉ばっかりだったぐらい。

「ヒナとムイムイの次はヒロコだね」

 あの二人がすんなりゴール・インしたのには驚いたけど、素直にお祝いする気分になったよ。今夜は初夜か、柳瀬君は溜まりに溜まった思いを炸裂させるんだろうな。末永く、お幸せに。


 先輩二人があっさり結婚したのも驚いたけど、それより驚かされたのはカスミン。司法試験は予備試験に比べると日程はシンプルで五月に四日間の一発試験。三日間が論述式試験で最終日は短答式試験。発表は遅くて九月。当たり前のように合格したけど、実はこれでは法曹資格を取った事にはならないよね。

 俗にいう司法試験って司法修習生への採用試験のようなもの。ここで合格しないとなれない。数は少ないけど、ここまで来ても不合格になるのはいるんだよね。カスミンは、

「大学との交渉は成立したよ」

 なんのことかと思えば司法修習をどうするかだった。ここも大雑把に言えば司法修習は十二月から始まり、翌年の十一月末の二回試験って呼ばれる考試まで続くと思えば良さそう。ざっと一年間だけど、この間は大学は休まざるを得ないじゃない。

 港都大法学部は所定の単位を修得すれば卒業できるけど、単位の修得条件はシンプルには試験の成績。司法修習をやりながら試験なんかに出席できるはずないから通常なら休学にするけど、

「卒論で代用の了解が取れた」

 そういうわけで三年生の十二月からカスミンは欠席して、次に会ったのが四年生の十二月。弁護士になってたよ。卒論も言うまでもなく合格してカスミンは大学院に進学した。それもなぜか考古学部エレギオン学科。どういうマジック使ったんだろ。


 でもカスミンへの驚きはまだまだ序の口だった。ヒロコが卒業した年に起こったのがツバル戦争。これも訳のわかんない戦争だった。だってだよ、超大国の中国が南海の孤島の小国ツバルに突然攻め込んだんだよね。

 それがスッタモンダの末に中国は大損害を出して敗北。大損害って言うけど、実際の戦闘による戦死者はゼロと言うより、ミサイルや砲弾どころか銃弾さえほとんど飛ばない戦争だったもの。なのに中国軍は潜水艦を三隻も無傷で鹵獲されたって言うんだから、どうなってたのだろう。

 奇妙な戦争だったけど、あの時に月夜野社長がなぜかツバルに居て、そのまま帰国できない事件が起こったんだ。これはこれで大事件だけど、エレギオンHDは社長不在の危機を乗り越えるために、これもまったく訳がわからないけど、突如カスミンを副社長にして社長代行にしちゃったんだよ。


 達也とプロポーズを受けてから早瀬グループのデータベースにアクセスできるようにさせてもらったんだ。カスミンの予言が正しければヒロコは奥様だけじゃなく、経営者もやらないといけないもの。

 あれこれ調べたけど、とくに注目したのはエレギオンHD。ここは早瀬の首根っこを抑えてるところだから要注意。でも月夜野社長を始めとする経営首脳陣の情報は、呆れるぐらい断片的かつミステリアスなのは驚かされた。

 なにがミステリアスかだけど、信じろと言うのが無理な話ばっかり。それも根拠なしの噂話ばっかり。達也なんて、

「あんなものは都市伝説」

 こうやって見向きもしないぐらいだった。常識的にはそうだけど、ヒロコは何か違うものがそこにあるって感触が強かったんだ。まともに考えれば達也の意見が正しいけど、エレギオンHDには何かがあるって。

 ヒロコは丹念にデータの裏を出来るだけ調べてみた。調べても、調べてもはっきりしないのは同じだったけど、話自体は荒唐無稽だけど、ある時に思いついた事があったんだ。ある視線を加えると言うか、条件を加味して見れば全然違うものが見えて来るってね。

 お母ちゃんの実家に古いマンガが置いてあるんだ。『愛と悲しみの女神』って言うのだけど、子どもの頃に遊びに行った時に読んだことがあるのよ。あそこには不滅のエレギオンの女神の活躍が描かれてるんだ。

 このマンガだけど、実は完全なフィクションじゃないんだよね。カスミンが進学した考古学部エレギオン学科は、古代エレギオンを研究するところだけど、発掘調査で見つかった大叙事詩を基に描かれてるんだよね。

 だからマンガの原作になっている柴川元教授の本を図書館で借りて読んでみたんだ。マンガが原作に忠実に描かれているのは感心した。それだけじゃない、エレギオン学教室は三度にわたって古代エレギオンの発掘調査をしてるのだけど、マンガの舞台となった古代エレギオンの規模も発掘調査で確認されてるのもわかったんだ。

 そうだよ、あの三十メートルの大城壁が本当に実在していたし、メッサ橋だって大叙事詩の規模で作られていたんだよ。登場人物だってアングマール戦争の石碑が発見されて確認されてるもの。もっといえば決戦の地であるゲラスの野も、四座の女神が一撃で吹っ飛ばしたアングマール軍の本営の跡も見つかってるんだよ。

 つまりはマンガのモトネタの大叙事詩は作りものじゃなく、史実が基になってるし、その史実を忠実に大叙事詩にしてるのも、エレギオン学では常識になっているで良さそうなんだ。これはエレギオン学科の学生にも確認したんだ。

 とはいえ何千年も前の話。どんな関係があるかの手がかりは主人公のエレギオンの女神たち。大叙事詩ではエレギオンの女神たちは不老不死なんだ。不死は言い過ぎで肉体は死ぬのだけど、魂は他の人に移り歩いて永遠の生を保つとなってるんだよね。それで、それでだよ柴川元教授の本のあとがきにあるのだけど、

『エレギオンの女神は現代もなお生き続けている』

 こう書いてあるんだ。ヒロコには何かがつながりわかった気がした。