純情ラプソディ:第47話 監督の要請

 試合の日は朝からテンションを高めていくのだけど、それでころじゃないのがこの大会。そりゃ、朝一番にやらされるのが衣装合わせととメイク。用意されていたのが着物に袴の謝恩会スタイル。

 これはカルタの正装みたいなみたいなもので、クイーン戦とか小倉山杯では指定でそうなんだけど、女に綺麗な服を装わせるとカルタと関係ないところでテンションが上がっちゃうのよね。

 それとメイクは化粧だけじゃなくて髪形も入ってくるじゃない。ヒロコなんか昨夜はイブニングで今日が着物に袴でしょ、仕上がりが違うから自分でウットリしてた。そうなんだよ、試合に臨むと言うより早く達也に見てもらいたくてそわそわしてたぐらい。

 さらに生まれて初めて足袋履いて、草履だったものね。鏡の前でポーズ撮ってたもの。これで傘でも持ったら大正ロマンの美少女マンガの主人公だものね。ハイカラさんが通るだっけ。

 梅園先輩や雛野先輩もテンション上がりまくりで踊ってたものね。ヒロコもそう。そりゃ、そうなっちゃうよ。

「梅園先輩のはちょっとシックですね」
「キャプテンだから、大人の雰囲気が漂う方が良いって言われたけど、着てみるとシックリする気がしてる。ヒロコは華やかね」
「ちょっと派手過ぎると思いましたが、こうやってみると似合ってる気がします」
「雛野先輩のは可愛い!」
「我ながらそう思っちゃうよ」

 こんな感じで大盛り上がり、男連中は羽織袴だよ。そんなところに、

「港都大の皆さんですね。監督がお呼びです」

 はてと思ったけど、

「ヒナ、これはもしかして」
「きっとそうだよ。あまりに映えてるから、映画で大抜擢とか」

 うん、可能性もあるかも。部屋に入ると鳥山監督とスタッフみたいなのがいて、

「団体戦なのだが、如月君でなく早瀬君を使ってもらいたい」

 えっ、カスミンを引っ込めろって言うの。そりゃ、この大会の本当の狙いは映画撮影かもしれないけど、カルタの勝敗は別のはず。チームオーダーにまで口を出すのはおかしいだろ。だってだよ、招待された時にカスミンをレギュラーとして使うのが条件だったじゃない。雛野先輩も、

「八百長をやれと言うのですか。それとも大会の勝敗もシナリオに沿ってやらせたいとか。それなら別にこんな大会など行わずにエキストラとして雇えば良いではないですか」

 そうだ、そうだ。

「その点については謝る。それと撮影への協力は大会参加の条件だが、あくまでも戦うのは札幌杯であるのも承知している。それは本気で戦うシーンが欲しいからだ。あれは演技では得られないものだからだ」

 だったら、だったら、

「だからこうやって頭を下げて頼んでいる」

 なおも雛野先輩は食い下がり、

「如月さんの実力は城ケ崎クイーンも赤星名人も認めています。それほどの実力者を理由も無しに出場させないのは不自然過ぎます」

 そこに監督に呼ばれ時に、メイク直しがあると連れて行かれていたカスミンが部屋に入ってきて。

「一体どうしたのカスミン!」
「メイクだって」

 カスミンの右手に包帯が、

「悪いがこれで納得してもらいたい。如月君は負傷のために欠場だ」

 雛野先輩は怒り心頭になったみたいで、

「そこまで小細工するなら港都大は欠場します。こんな茶番に付き合いきれません」

 ここまで沈黙を守っていた梅園先輩が、

「了解しました。如月の負傷により早瀬を出場させます」

 言いなりになるの。

「ムイムイ!」
「梅園先輩!」

 二人で詰め寄ったんだけど、

「大学選手権での如月さんの活躍には感謝してる。あの活躍が無ければ勝てなかったかもしれない。だけど札幌杯には早瀬君をレギュラーとして出てもらうつもりだった」

 でも実力的には、

「ヒナと二人になってしまったカルタ会を救ってくれた恩人の一人が早瀬君。早瀬君がいなければ去年も団体戦は出場できなかった。ムイムイは後悔してる。あの時の招待条件で早瀬君をレギュラーから外してしまったことを」

 梅園先輩は、じっとヒロコたちの目を見つめて、

「この提案をしてくれた監督に感謝すべきだよ。これで本来の港都大カルタ会の姿に戻れる。カルタ会は試合の勝利を目指すけど、それだけじゃないはず。団体戦は人の和よ。この五人でカルタ会を甦らせると誓ったメンバーだ」

 去年のことを思い出してた。梅園先輩はヒロコたちの入会を大喜びしてくれたけど、梅園先輩が一番悔しい思いをしたのが、メンバーもそろえられないのに、カルタ会を守るためだけに恥を忍んで団体戦に出場したこと。

 それがヒロコたちが入会したことでまともに団体戦を戦えるようになったんだものね。それがどれだけ梅園先輩にとって嬉しかったか。その思いをずっと持っていたんだ。カスミンは強いけどあくまでも助っ人。実力では劣っても早瀬君は港都大カルタ会を復活させた大事なメンバーだと梅園先輩は今でも思ってるのがよくわかった。

「ヒナ、ヒロコ。納得してほしい。今の港都大なら早瀬君を残りの四人でカバーできる。それがチームのはず。それで負けてもムイムイは誇りに思う」

 ヒロコはそれでイイと思ったけど雛野先輩はどうだろう。

「ムイムイの言う通りだね。二人でやってる時に夢の団体戦メンバーの話を何度もしたけど、去年は夢が叶ったと思ったのは忘れるものか。今年なんかもう夢を越えちゃってるもの。早瀬君に頑張ってもらうのはヒナも賛成」

 ただちょっとムクれてたのが達也、

「そりゃ如月さんより弱いのは認めますが、まるでボクの一敗が前提みたいじゃないですか」

 そしたら女全員で、

「勝てるわけないでしょ!」

 達也は思いっきり凹んでた。仕方ないよね。全国八強のメンバー相手だもの。でも相手だって全部がA級じゃないはずだから、組み合わせによっては一つぐらい勝てるかも。

「カスミンはそれで良いの」
「イイよ、臨時の助っ人だから。早瀬君の怪我が治れば控えに回るのは当たり前」

 ここでカスミンは監督の方に向って、

「港都大カルタ会は監督の要請を受け入れました。監督もまたこれに応えてくれると信じております」

 なぜか監督はビビりながら、

「もちろんだ」

 これで良かったと思う。勝負は実力主義だけど、ヒロコたちはプロじゃない。大学のサークル活動だもの。レギュラーの基準にサークルへの貢献度を重く見てもおかしいとは思わないもの。

 それぐらい達也は良くやってくれている。梅園先輩からのあれだけの丸投げを嫌な顔一つせずに、可能な限り実現させてるもの。そりゃ、百%は無理だよ。だから梅園先輩は達也が手配したことに文句ひとつ言ったこと無いし、いつも満面の笑みで褒めてたもの。

 達也がエライと思うのはおカネに頼らない事。言っちゃ悪いけど梅園先輩の丸投げなんてカネ積んだら出来るし、達也ならその程度のカネは用意できるはずなんだ。でも使わない。使わずに一生懸命に汗をかいて走り回るんだもの。達也は、

「おカネを積めば出来る事はこの世には多い。おカネを積まなければ出来ないことだってある。でもね、おカネを使わなくても出来ることだってたくさんあるんだ。それを勉強させてもらってると思ってるよ」

 達也は本当に贅沢しない。ヒロコにだってイタリアンの夜と勝浦の全国選手権の援助ぐらいしか思いつかないぐらい。やろうと思えば出来るはずだけど、やらずにすむ工夫を常にしてる感じ。きっとこういう人が成功するんじゃないと思ってる。

「言い過ぎだよ。まあ、ボクが早瀬の家を継いだら、そりゃ、もうの世襲批判が来るからね。これは早瀬の家に生まれた宿命みたいなもの」
「独立したら?」

 そしたら少し寂しそうな顔をして、

「それも考えてた。そうする気マンマンで中学の時に家を出た。けどね、継ごうと思う。それがボクの宿命の気がしてる」

 お金持ちにはお金持ちの苦労があるのかもね。達也の意志は尊重すべきだと思う。達也がどこに進もうがヒロコは付いていく。