純情ラプソディ:第23話 ポチ

 梅園先輩の変わったところは、ベロンベロンに酔っていても発言を忘れない事。マジかと思うほど覚えてる。それはさんざん経験してるから、片岡君も早瀬君も誰かを騙して、これは失礼かな、詐欺にかけて、これも失礼か。ペテンにかけて、

「倉科さん、人聞き悪いこと言うなよな」
「そうだよ。ちゃんと前向きの姿勢で、一点の疚しい心もなく、カルタ会に協力しようとする情熱を持った会員を連れて来てるんだから」

 そう言うけど、どれだけの陰謀を巡らしたのよ。だってだよ、とにかく一か月の間は、梅園先輩に余計なことを一切しゃべるなってしてたじゃない。梅園先輩は黙ってさえいれば、掛け値なしの知的美人。あれで男が騒がなければウソだもの。

 さらに雛野先輩にも梅園先輩との漫才禁止令も出したてたじゃない。雛野先輩の弱点は、とにかく梅園先輩とセットになると自虐漫才を果てしなくやらかす点。あれさえなければコケティッシュな可愛すぎる美少女だものね。

 さらにさらにだよ。知的美人とコケティシュ美少女に化けさせた二人に何をやらすのよ。新入会員は柳瀬君と藤原君と言うのだけど、弱々しい、可哀想な女をこれでもかと演出しまくってたじゃないの。もう笑いを堪えるのに死に物狂いにさせられたけど、挙句の果てに、

『どうかわたしたちを助けて欲しいの。あなた方に見捨てられたら・・・』

 こう言ってなよなよと泣き崩れて見せるってなんなのよ。それもしっかり手を握ってだよ。涙まで浮かべて上目遣いでウルウルまでやらせてさ。

「ヒロコ、勘違いしてるよ」
「そうだよ。ヒナたちは本当にそう思ってるんだから」

 ただ効果は衝撃的を超えてまさに破壊的だった。この二人の魅力にメロメロになっちゃたものね。それぐらい先輩たちの演技は気合が入ってたのはわかる。あれをやられれば落ちない方が不思議かも。でも。まあ、よく梅園先輩のゲラが爆発しなかったものだ。

 もちろん、いつまでもあのお二人が地を隠し通せるはずがなく、その時にどうなるか心配してたけど、心配して損した気分になったんだよね。柳瀬君と藤原君のメロメロ度は精神まで深く蝕ませてしまったのよ。あそこまで被害が深刻になってしまうと梅園先輩のゲラ笑いも、雛野先輩の自虐漫才も気にならないどころか、

『梅園先輩にもあんな親しみやすい一面があるなんて新鮮です』
『雛野先輩にあんな楽しい一面があるなんて感動です』

 おいおいって感じ。年下の男をもてあそぶのはよくないぞ、

「だからもて遊んでないって」
「そうよ、ヒナも真剣よ」

 ウソつくな。だって、だって、男の好みは年上だって耳タコなぐらい聞かされてるんだぞ。さらにだよ、同級生どころか年下に男を感じるのは不可能とか、色情狂の変態まで言い放っていたじゃないの。これも覚えてるんだぞ。

「愛は歳の差を飛び越える」
「惚れたら変わるのよ」

 どこまで本気やら。今では柳瀬君も藤原君も二人のポチ状態。結果オーライと言えなくもないけど。

「ところでヒロコ。如月さんは本当に入ってくれるの」

 ヒロコは切羽詰まってカスミンを拝み倒した。そしたら意外なことに。

『カルタは年に一回だけやるかな』
『いろはカルタじゃないよ百人一首だよ』
『二十五枚ずつ持ってやるのでしょ』

 愛児園でもお正月に百人一首をやるらしく、最低限の経験者ぐらいの力量はありそうなんだ。もっともお正月しかやらないそうだから、初心者に毛が生えた程度だろうけど、競技カルタではこの毛があるかどうかは大違いだものね。

 だけど、マネージャー役は気が向かないよう。そりゃ雑用係だものね。カルタへの興味もその程度みたい。それでもカスミンは部活もサークルもやってないから、その点にすがって口説いてる真っ最中。

「一度連れてきて。ムイムイが説得してみる」

 梅園先輩の心づもりは、マネージャーはポチが二人できたから十分としてる。

「やっぱりポチと思ってるではないですか」
「ポチに愛を感じて何が悪い」

 カスミンを本気のリザーブ選手に登録したいぐらいかな。その気があれば初段から二段ぐらいまでは取りやすいのがカルタだよ。この辺は五人いると言うものの、裏も表もカルタが出来るのが五人だけだから、一人でも欠けると団体戦を棄権せざるを得なくなる事情もあるものね。

「今年の戦力なら、一人がダメでも残り四人で三勝を挙げるのも不可能じゃない。これはポチには不可能だし期待していない」

 あのね、カルタを教える素振りさえないじゃないの。それにマネージャー役と言うより、もう付き人状態にしちゃってるじゃない。いや付き人ですらなくて、なんて言えば良いのかな、マンガに出てくる執事かな。そんな良いものじゃないよね。ご主人様に仕える忠実な下僕状態。あれが女だったらメイドじゃない。

「失礼な。下僕扱いなんてしてないよ」
「そうよ、立派なポチよ」

 下僕とポチがどっちが失礼か小半時。どっちだってかなりどころじゃなく失礼じゃない。

「ムイムイの真実の愛が見えないの」
「そうよこのヒナの清らかな想いも」

 こいつらタヌキかムジナか。どこまで本気かサッパリわからん。

「そう言うけど、ヒロコだって早瀬君と言うポチがいるじゃない」
「早瀬君はポチでも下僕でもありません」

 どうしてそれを出す。

「そうとしか見えないけど」
「そんな関係ではありません。仲の良い男友だちです」
「ヒューヒュー、タダの男友達って言いきれる?」

 いや、その、あの・・・もうちょっと進めても良いかな。だって早瀬君って優しいの。ヒロコの嫌がりそうなことは絶対にしないし、どうやって見つけたかはわからないけど、喜ぶことばっかりしてくれるんだもの。

 それにね、頼もしいの。デートもしたけどヒロコをしっかりエスコートしてくれるもの。ヒロコにはちょっと敷居の高そうな店にも連れて行ってもらったけど、ヒロコに不快な思いをさせないように、どれだけ気を使ってくれてるか伝わったものね。あれは、そう、お姫様を守る頼もしいナイトに見えたぐらい。

「やっぱりポチじゃない」
「そうよそうよ」

 どこをどう考えたらナイトがポチになっちゃうの。恋人って、お互いの事を思いやり、心と心で結ばれるものでしょうが。二人の関係は対等だよ。ポチってまるで自分のペットみたいな扱いじゃない。

 こいつらの男性観は絶対歪んでる。歪み過ぎてる。そんな見方をするから男が出来なかったに違いない。そりゃ、恋人関係は当事者さえ満足していれば、どんなものでも良いとは言うものの、ポチはひどすぎる。ヒロコには考えられないよ。

「だからポチでしょ」
「他に考えようがないし」

 勝手にしろ。ヒロコを一緒にしないでね。

「変わってるね」

 どっちがだ。かくして柳瀬君は梅園先輩の、藤原君は雛野先輩のポチとして付いて回るのがカルタ会の日常風景になっちゃったんだ。エエんかいなと思うほどベッタリなんだよね。あそこまではやりすぎの気がするけど片岡君は、

「レズ疑惑対策には必要だったんじゃないか」

 そっちか。あれはレズ疑惑を打ち消せるかもしれないけど、今度はSM疑惑を呼びそう。