純情ラプソディ:第48話 ドタバタのリーグ戦

 札幌杯が始まったのだけど、慣れない映画撮影とセットだものだから、どのチームも浮足立ってる気がする。気がするんじゃなくて完全に浮足立ってる。でもそうなるよね。こんなリッチなホテルに招待だし、衣装と言いながらあの豪華なドレスとプロのメイクだよ。

 女優や俳優さんだっているし、時にカメラで撮影されて舞い上がるなって言う方に無理があるよ。プロの映画の撮影現場を生で見てるんだもの。こんなもの、この先も見れるかどうかわからないじゃない。

 カルタの大会なんて名人戦・クイーン戦、小倉山杯ならテレビ取材も入ることもあるけど、三冠クラスでもマスコミ取材があるのは試合後の表彰式ぐらいだよ。それもローカル紙。競技人口も少ないし、興味のある人も少ないから基本的に地味なんだよね。

 それがこんな状態に置かれたらおかしくならない方が不思議だもの。だからヒロコたちもそうだけど、いつもの大会と時と全然感覚が違う。試合に向かって集中していくとか、テンション高めていく感じになれないんだよ。

 それと着物に袴姿はカルタの女性の正装とは言え、そんな恰好で試合経験があるのは少ないもの。名人戦、クイーン戦、女流選手権、小倉山杯は和装が義務付けられているけど、他の大会で和装で出場する選手は滅多にいないのよね。そりゃ、和装となるとレンタルでも高いし、買うとなればなおさらだものね。

 城ケ崎クイーンぐらいなら慣れてると思うけど、普段の洋服と着心地が違うから、どうにも落ち着かないし動きにくい。というか、そっちが気になって集中力が散漫になってる。慣れって大きいのよね。

 そのせいかリーグ戦は大混戦になっちゃったのよ。だってだよ、四回戦が終わったところで、なんと全チームが二勝二敗。番狂わせの連続みたいな感じ。残り三試合が重要になるのだけど、

「今日は荒れてるね。残りの三試合を勝てば文句なしだろうけど、この調子じゃ最後までもつれるかも」

 梅園先輩の予想は不幸にも的中した。どのチームも狂ったリズムの修正が出来ず、星の潰し合いは続いたんだ。なんとなんとだけど、六回戦が終わった時点でも全チーム三勝三敗。こうなると、

「最終戦で四勝三敗が四つ出来る事になる」

 これは予想でも予言でもなく、必ずそうなるのだけど港都大は辛うじて勝ち、四勝三敗組に。他に残ったのは赤星名人がいる東大、城ケ崎クイーンがいる京大と、早慶戦を征した慶応。負けた早稲田の選手が悔しそうだったな。

 七回戦が終わった時点で、既に時刻は八時近くになっていた。撮影が入るもので、どうしても予定が押しまくった結果ぐらいで良さそう。どうするのかと思ってたら、

「明日の予定を変更し、第一試合を決勝進出のためのプレイオフとし、引き続き五試合を王者決定戦にします」

 誰もが空腹でフラフラだったからこの決定は大歓迎だった。七回戦まで戦う時は、休憩時間のうちに栄養補給するのだけど、この大会では団体戦終了後に御馳走が出るのがわかってたから、みんな食べずに我慢してたんだ。もちろんヒロコも。

「昨日は食べた気しなかったものね」

 昨日もご馳走だったけど、ロクロク食べれなかったんだ。会場は華やかと言うより、華やか過ぎたけど、あそこまで豪華だったのは映画撮影のためだものね。優先されるのは撮影でヒロコたちは完全なエキストラ状態。

 さらにあの着飾った衣装。絶対に汚すな言われてたし、下手な食べ方をしてメイクを崩すのも厳禁だった。取り皿の盛り付けとか、置く位置も決められていて、許可が出るまで手も付けられなかったんだよね。立ち位置の注文もひっきりなしにあったもの。そんな状態でガツガツ食べれるわけないじゃない。食べてたのはカスミンぐらいじゃないかな。

 手早くジャージに着替えを済ませて夕食会場に突撃したんだけど、今夜は撮影無し。ずらっと並んだバイキング形式だよ。それも料理を運んできて出すだけじゃなくて、目の前で作ってくれるコーナーまであるじゃない。ヒロコもテレビで見たことあるもの。

「あれっ、行ったこと無いの」
「先輩はあるのですか」
「あるわけないじゃない」

 目移りしちゃって大変だったけど、ここまで待った甲斐があったというもの。もう貪りついてた。そりゃ、そうなるよね。さすがに豪勢だ。トウモロコシもあるし、ジャガイモだって、

「あのねぇ、ヒロコ。そんな食レポしてたら主催者に怒られるよ」
「毛ガニもラム・チョップもあるって宣伝しとかないと」

 あれが毛ガニか。実物どころか食べるのも初めて。というか、カニもカニカマはあるけど、本物は食べたこと無いもの。これが本物のカニだ。生きててよかった。カニみそ最高だ。ラムって羊の事よね。

「羊でも子羊だよ」

 これも美味しい、美味しい。牛肉とか、豚肉と全然違う。寿司コーナーで海苔巻きの上に赤い粒々が乗ってるのはもしや、

「イクラぐらい、回る寿司で食べたことあるでしょ」

 そりゃあるけど、全然味が違う。これが本物の味ってやつかな。まさかまさか黄色いのが乗ってるのは、

「ウニだよ」

 トロっとして口の中に海の幸が広がっていく。これが本物のウニなんだ。回る寿司と全然違う。ステーキもあるけど、うん、北海道の牛肉も美味しいじゃないの。あの大きな貝はもしかして、

「ホタテのバタ焼きだよ」

 美味しいよ、北海道に来て良かったよ。あれっ、カスミンが食べるのは、

「あっちで焼いてるよ。アワビの残酷焼き」

 あ、あ、アワビだって。テレビでしか見たこと無い。飛んで行ってもちろん食べた。コリコリして美味しい。あれこれ食べて、やっと空腹が満たされてきて、甘いものが欲しくなったけど、

「あれスイカですよね」

 見慣れた赤い果肉だけど、皮が違う。スイカって緑に黒の縞々が入ってるはずなのに、なんか黒くて気色が悪い感じ。

「あれは、でんすけスイカって言って北海道の特産品だよ」

 カスミンは良く知ってるな。他にも夕張メロンもあったけど、サクランボもなかなか。サクランボと言えば山形のイメージだけど北海道は全国二位なんだって。デザートのケーキも濃厚で最高。さすが北海道の牛乳だ。満喫して部屋に戻ってから、

「明日のプレイオフの相手は東大に決まった。大学選手権のリベンジが出来るよ」

 つうか今日も負けてる。ヒロコの相手はあの赤星名人だったけど、さすがは名人で一蹴されちゃったもの。なんてったって赤星名人は予選リーグ全勝だって言うものね。

「玲香も全勝だよ」

 やっぱり強いよね。でも大混戦になったリーグ戦の結果でうちにもチャンスがあるとしてた。戦前の予想では大学選手権で優勝した立命館、準優勝だった法政あたりが優勝候補だったのだけど、七回戦で法政はうちに負けたし、立命館も東大に競り負けちゃったのよね。

 東大、京大は飛びぬけたエースがいるけど、残りのメンバーに弱点があるのは確か。うちの達也みたいな感じ。

「大きなお世話だ」

 これもうちと似ているのだけど、うちなら梅園先輩、雛野先輩とヒロコがポイントゲッターなんだけど、三人のうちの一人が負けると途端に苦しくなる。片岡君の調子がイマイチなんだよね。

「面目ない」

 そういう意味で穴が無くて総合力で一番は慶応かな。ただし今年の慶応は穴がない代わりに絶対のエース級が不在で、その点の決定力に劣る感じ。うちにもチャンスはあると言うか、明日の流れ一つで優勝の行方は変わりそう。


 そうそう優勝決定戦のやり方も変わってる。五回戦制なのもそうだけど、対戦相手も予め決められるから席割段階の駆け引きは無しになってる。つまりすべての対戦相手と戦うことになるんだよね。

「ここまで来たら必ずビールを持って帰るわよ」
「映画はどうなってるのかな」
「そうよね。四大美人に声がかかっていないのはおかしすぎる」

 おかしすぎないって。ヒロコたちはあくまでもエキストラなんだから。

「まあ映画オファーの話は公開後の話として」

 ないと思うけど。

「明日はどれだけ平常心が取り戻せるかがカギになるよ。もう寝よう」