純情ラプソディ:第43話 北海道へのキップ

 ヒロコもカスミンに、

「怪我したらアホらしいから、絶対に無理しないでね」
「そうね。そうするわ」

 ただ会場の視線はちょっとだけ厳しかった。だってカスミンはE級無段以前の素人。ヒソヒソと、

『ここまで来たから、出たいのはわかるけど・・・』
『そりゃ、残りの四人で三勝すれば良いとは言うものの・・・』
『うちなら潔く棄権するけど』

 注目の席割だけど、梅園先輩は千葉君、ヒロコは桃井君、どちらも新星学園の三羽烏。言うまでもなく手強い。だけどちょっとだけラッキーだったのはジャイアント斎藤はカスミン。

 カスミンには悪いけど、新星学園で最強だと思うジャイアント斎藤はこれで捨て試合に出来るもの。残りの四人で三勝すれば良いだけ。だからカスミンには怪我しないようにお地蔵様状態で座っていて欲しいと思った。

 桃井君にも因縁がある。高松宮杯の時に片岡君は捻挫させられてるものね。このリベンジをヒロコはしてやる。でも気合を入れるのは良いけど、これを空回りさせないようにしないと相手が相手だからヒロコも怪我しちゃいそう。

 カルタの試合は長いけど、ヒロコは最初の三十首ぐらいまでは序盤戦と思ってる。空札が半分あるから出札にして十五枚ぐらいの間かな。まだ始まったばかりだから、決まり字が出てくるのは遅めだし、持ち札の配置の記憶も双方とも怪しい部分は残ってる時間帯ともいえる。

 ここで見たいのは相手のプレー・スタイル。誰だって得手不得手があるし、クセがある。とくに強い相手なら、相手の弱点を見つけるのと、相手の得意技への対策も考えておきたいところぐらい。とくに今回の相手は変則だもの。

 ダンプ突き手は東興大戦で経験したけど、あれは悪いけど雑魚クラス。今度の桃井君は三羽烏とまで言われる使い手だから一瞬の油断も出来ないはず。それにしても嫌な目をしてるな。ヒロコぐらいの小娘なら力でねじ伏せられるとバカにしてそう。

 試合が始まったけど、いきなりのダンプだった。ヒロコの上段の札だったのと、ちょっと出遅れたから手を控えたけど、さすが三羽烏、東興大の雑魚とはスピードも迫力も桁違い。なんか札の津波がヒロコの膝元に押し寄せて来て、そのまま突き飛ばされそうになったもの。さっと体を交したけど、これに下手に絡むと怪我しそうなのは理解した。

 それと桃井君もデカい。ここまでデカイと梅園先輩が言う通り、前に居るだけで邪魔。そのうえ顔までデカいんだよね。そのデッカイ顔がヌウッとヒロコの目の前まで迫ってくるんだよ。気色悪いし、そうされると相手の下段の札を狙いにくいったらありゃしない。

 片岡君が高松宮杯の時に面食らった気持ちがよくわかる。予備知識なしにこんなのと戦ったら動揺するもの。そのためか序盤戦は相手にリードを許す展開になってしまった。でも、ここで焦ったらダメ。

 試合が続くうちに城ケ崎クイーンが話していた無駄な動きが段々と見えてきた。ダンプはたしかに早くて凄まじいけど、あれは相手の腕を狙い過ぎてると見た。カルタはね、腕じゃなくて札を狙うんだよ。

 それと自陣の持ち札は巨体過ぎて、その長すぎる腕がいかにも窮屈そう。だからあれだけ体を乗り出してきてカバーしようとしてるんだとわかったもの。カルタは半畳足らずのフィールドで争うもの。ヒロコの体、手足でも十分に対応できるんだ。

 中盤戦になると残りの歌が減ってくるから、一枚札や二枚札になる持ち札がドンドン増えてくる。そう戦略が重要になってくるし、よりスピードが重視される展開になる。もう決まり字が出てからの文字通りのダッシュ競争。

 歌への反応速度はヒロコより遅い。あれは札の配置と詠まれた歌の記憶が甘いからに違いない。遅いと言っても一流だと思うけど、ヒロコは誰に鍛えられてると思ってるんだ。梅園先輩の超反応だぞ。

 決まり字に反応した後だって、城ケ崎クイーンに比べれば笑っちゃうよ。城ケ崎クイーンのカルタがどれだけ凄みのあるものか。ダンプに固執しているようじゃヒロコに勝てないよ。この勝負もらった。北海道に行かせるものか。

 もうダンプは見切った。いくら桃井君の腕が長くても、あれなら交わせる。それとあんたの陣は隙だらけだよ。そんな大振りでヒロコのスピードについて来れるものか。そら、遅い、必ず逆転してやる。

『ビシッ』

 そんな時に轟く悲鳴、

『ぎゃぁぁ』

 まさかカスミンが、でもあれは男の野太い悲鳴。ふと目をやるとジャイアント斎藤が転げまわってる。

『指が、指が』

 えっ、えっ、あれは血だ。係員の学生が駆けつけてきて、医務室に連れて行こうとしてるけど、もう会場は騒然。ふとカスミンを見ると、どこ吹く風でチョコンと座ってる。でも札はグシャグシャ。あれはダンプをやった跡だと思うけど、自陣の札から乱れてるのはなぜ。

 何が起こったの。カスミンはなにをしたの。しばらくして試合は再開されたけど、新星学園の選手にも動揺がはっきりと。E級無段にジャイアント斎藤が怪我させられて負けちゃってるんだもの。そこからは一方的になり全勝で港都大は勝ち、アクシデントはあったけど梅園先輩は意気揚々と、

「北海道へのキップは手に入れたよ」

 何が起こったのか知りたかったけど、ここで近江勧学館への移動。ちょっとリッチだったのは貸し切りバスで移動。もっとも観光バスじゃなくて路線バスだった。それでも十五分で移動できてラクチンだった。移動中に達也に何が起こったか聞いたのだけど、

「ボクも何が起こったのかよくわからなかった」

 とにかくジャイアント斎藤が、ダンプに出た時に自滅したぐらいしかわからないって。

「自滅って、どういうこと」
「如月さんとはまったく触れてないから自滅としか言いようがない」

 準々決勝は勧学館だったけど二階ではなく一回の朝日の間だった。クジ運悪いよね。さらに相手は東大。あの赤星名人がいるところ。その前の二試合が変則技だったのと、ここまで来ると体力がちょっと。体力の条件は相手も同じだろうけど、東興大戦、新星学園戦に全力を投入しすぎた反動が出た気がする。

 カルタって心気力の一致が必要なんだけど、北海道へのキップを手に入れた心の緩みが出たと思う。結果は梅園先輩こそ勝ったものの、ヒロコまで負けて二勝三敗で敗退。カルタ流の四位で終わっちゃった。梅園先輩は、

「ペース配分とモチベーションの差がモロに出たかな」

 カルタのトーナメントは長丁場。誰だって試合を重ねれば体力も集中力も落ちてくる。これをカバーするのが気力だろうけど、気力だって体力に連動するから厳しいものはある。そんな体力と気力を上手く使うのがペース配分。

「控え選手の差が出たところもあるよ」

 強豪校はレギュラーと控えの差が小さいから、相手によっては控え選手を使ってレギュラーを休ませる戦術も取れるんだって。赤星名人も出場したのは三回戦からって言うもの。団体戦は三勝すれば勝ち上がれるから、有力選手に上手く休養を取らせてるで良さそう。

 それに比べると一枚看板の港都大は一回戦から出ずっぱり。上に行くほどレベルが上がるから、体力と気力の差は埋めようがないぐらいの差になってるかもって。ここが個人戦との違いはあるかもね。

 モチベーションの差は上位進出を目指すチームと、優勝を狙うチームは明らかに差があるって。上位進出だけを狙うと一戦必勝の完全燃焼になるけど、優勝を狙うところは余力を残して勝とうとするんだって。

 とくに今回は札幌杯のキップが焦点になっていて、さらにその壁として東興大、新星学園が立ち塞がったから、あそこで気力を燃やし尽くしてしまったぐらい。それはヒロコもわかる気がする。新星学園に勝った瞬間に終わった気がしたもの。

「これも経験よ。これまで団体戦でまともに試合していないんだもの。勝って当然の相手に消化試合をやってたからね。大学選手権のリベンジは札幌でやれば良いだけ。ここで勝ってもビールもジンギスカンも毛ガニも手に入らないもの」

 加えて東大との差も実力的には紙一重だろうって。たとえば一回戦とか二回戦でぶつかっていれば、どっちが勝ったかわからないぐらい。ベスト・エイトに進出するようなチームの差って、それぐらいだって。

「さあ、明日は個人戦を頑張ろう」

 とはいうもののさすがにキツかった。帰ったのは夜もとっぷり更けてたし、朝は五時四十八分の電車だから、昨日の激闘の疲れもあってとにかく眠い。ヒロコもなんとか一回戦を勝ったけど、二回戦で敗退。梅園先輩までそうだった。

「結局、今年も勧学館の二階の大広間に行けなかったね」
「その代わりに北海道へのキップが手に入りました」

 痛そうにしている達也が心配。