純情ラプソディ:第36話 個人戦の展望

 カルタの個人戦の全体がどうなっているかだけど、とりあえず俗に三冠とされる大会がまずあるかな。

 ・全日本選手権
 ・全国選抜
 ・女流選手権

 いずれも劣らぬメジャー大会で、優勝すれば普通の公認大会の二倍の十六点がA級得点として与えられる。それだけでなく、いずれかのタイトル保持者になれば、すべての大会の参加資格が自動的に付与される。

 この三冠の上にあるのが名人戦、クイーン戦だけど、これは挑戦者決定戦段階で既に三冠と同等と見たらわかりやすいと思う。だって挑戦者になれば負けても準名人か準クイーンになるし、準名人や準クイーンになれば六段に昇格できるもの。

 わかるかな、昇段基準から見れば三冠を取っても単なるA級大会優勝であり、これも昇段条件の一つのA級得点が大きい大会の一つぐらいの扱いになってるんだ。カルタの頂点は名人戦、クイーン戦を中心に作られているのがわかってもらえると思う。

 別格の大会として小倉山杯がある。これは別名グラン・プリとも呼ばれている。別格なのはまず賞金が出る事。それも百万円だよ。他のプロ競技からすれば鼻で嗤われるかもしれないけど、名人戦やクイーン戦ですら賞金が出ないアマチュアのカルタの世界では驚天動地の代物として良いと思う。

 それだけじゃなく名人、クイーン、準名人、準クイーン、さらに三冠の覇者はアゴアシ付きで招待されるんだ。

 競馬で例えれば名人戦やクイーン戦がダービーなら小倉山杯は有馬記念みたいな感じで、真の最強王者決定戦みたいな扱いになってる部分もあるのよね。サッカーならチャンピオンズ・リーグの上にあるワールドカップかもしれない。ヒロコも百万円欲しい。


 個人戦・団体戦も含めて結構な数の大会があるのがカルタだけど、問題はどうやって参加するかになるのよね。問題は参加費用モロモロ。大阪、京都、奈良、滋賀ぐらいなら電車で日帰りで行けるけど、遠くなると旅費も宿泊費もかかるのがカルタ。

 学生は時間があってもカネはないから、ダボハゼみたいにすべての大会に出れないってこと。社会人だって趣味のカルタのためにそうは休みが取れないじゃない。昇段やメジャー大会への参加資格になるA級得点を取れる大会は多くの都道府県にあるけど、東京ぐらいを除くと都道府県に一つか二つぐらい。

 近畿の県府庁所在地は日帰り圏内にあるけど、関東となると厳しくなるぐらい。ましてやさらに地方となるともっと条件が厳しくなる。これをいかに選んで効率よくA級得点を稼ぐのもカルタの世界の側面かな。

 それとメジャー大会にしても、名人戦・クイーン戦は近江神宮で、小倉山杯は嵯峨嵐山文華館で固定だけど、全日本選手権、全国選抜、女流選手権は全国持ち回りなんだよね。固定されてた時期もあったみたいだけど、地方でのカルタ普及のためにそうなったらしい。だから梅園先輩も、

「今年の全国選抜は鹿児島の指宿温泉、女流選手権は仙台の鳴子温泉だからあきらめた」

 どっちに行こうと思っても二泊三日の旅行並みの費用がかかるものね。

「学生選手権も夜行バスに懲りたから欠場。大学選手権に絞る」

 東京でも遠征するのは一苦労だものね。城ケ崎クイーンだって、必ず出場するメジャーの個人戦はクイーン戦と招待のある小倉山杯と女流選手権は出るそうだけど、後の三冠は開催場所次第って言ってた。後はクイーンとして招待してくれる地方大会ぐらいらしい。


 地方遠征が厳しくなるのは大会こそ一日で終わるけど、問題は終わる時刻。A級は百二十六人が定員で行われるのだけど、もし六十五人以上になると決勝まで七回戦あることになるんだよ。トーナメントは一回戦が終わらないと二回戦が始められないからね。ちなみに三十七人以上でも六回戦になる。

 そうなると上位に残り、表彰まで受けるとなると七回戦なら昼休みを挟んで十時間ぐらいかかることもある。ここもカルタの試合は早く決着することもあるけど、これまたトーナメントだから全試合が終わらないと次に進めないってこと。

 だから朝の九時から試合が始まっても大会が終わるのは六時とか下手すれば八時ぐらいになってしまうのよ。そのせいか表彰式もかつては全競技終了後に行われていたらしいけど、今は各級が終わり次第になってる。

 現実問題としては競技終了時刻から帰れないと宿泊せざるを得ないし、試合開始時刻に間に合わないようなら前泊も必要。ヒロコも参加した職域学生大会はリーグ戦で五試合しか行われなかったし、東京だからリニアを使えば日帰り可能だったけど、個人戦はそうはいかないのよね。梅園先輩は、

「なんとか全日本選手権に出たい」
「でも和歌山、それも勝浦ですよ」

 そうそうメジャー大会が観光地、とくに温泉で行われることが多いのは、地元の観光業とのタイアップが多いからだって。それと旅館とかホテルなら畳敷きの大広間があるから、手軽に大会が行われやすいのもあるで良さそう。

 だから会場は豪華だけど、交通費や宿泊費は出してくれないのよね。そりゃ、今回だって勝浦温泉だからホテルや旅館はたくさんあるし、大会の一つの狙いとして選手が泊まってくれるのも期待している面はあるとは思う。

 おカネに余裕のある選手ならホテル浦島に泊って、大会の後に南紀観光もセットにして楽しむことも出来るとは思う。社会人の選手の中には、それこそ年に一度の家族旅行の位置づけで来てる人もいるぐらい。でも多くの学生はそうはいかない。そんな贅沢をすれば後が大変だもの。

「そこが問題。勝浦日帰りは無理あるものね」
「ムイムイ、あきらめた方が良いのじゃない」
「う~ん」

 こんな感じ。これは港都大だけでなく他のカルタ会どころか名人やクイーンも同じ、東京の職域学生大会の時もそうだったけど、いかに安く行けるかが日常的な課題になるのよね。

「早瀬君、なんかアイデアない」

 こら投げるな。でもさすが達也で、

「片道が電車で五時間で七千円」

 往復で一万四千円か。

「これは特急利用ですが、普通なら五千円になります。ただし七時間半かかります」

 普通なら朝はJR八時出発で到着するのは十五時半。一本遅れると十九時半着だって。二千円安くなるけど代償は大きいな。なにより五時間でも相当なのに七時間半はきついよ。帰りも似たようなものだろうし。それと特急使っても五時間だから、どうしたって二泊いるよね。

「ビジネスホテルの朝食付きで三千円ぐらい。民宿の素泊まりでも安くて二千五百円」

 夕食と昼食も必要だから、ここもどう節約したって一泊五千円はいるよね。これが二泊で一万円か。交通費と大会への参加料が五千円だから三万円は必要だ。三万円も痛いけど、これって勝浦まで行くのに観光なしなのよね。もったいない気がする。

「ヒロコ、二泊じゃないよ。三泊だよ。全日本選手権はシードに入れなかったら二日制なのよ」

 ひぇぇぇ、だったら三万五千円、お土産とかお菓子やジュースを買ったら四万円超えちゃう。

「レンタカーを借りるのはどう」
「それは前にも検討しましたが・・・」

 試算すれば五千円ぐらいは安くなるのはなる。その代わりギュウギュウ詰めのドライブになっちゃうのよね。勝浦ならクルマでも行けるのだけど、運転免許を持っているのが早瀬君と片岡君だけ。

「クルマを持っている人がいれば、もっと安くなりますが・・・」

 早瀬君なら本当はベンツでも買えるのだろうけど、もちろん持ってないものね。そうそう、片岡君も早瀬君も運転免許は持ってるけど、クルマを持っていないからペーパー・ドライバーに近いのもネック。問題は毎度だけど四万円を払ってまで参加するかどうかになってしまう。

 おカネの問題は梅園先輩も弱いけど、全日本選手権は出たいみたい。カルタをやっている者として三冠にどれも出場しないのは悔しいし、クイーン戦予選や小倉山杯の出場資格の確保もあるとは思う。

 クイーン戦や小倉山杯の参加資格だけなら、別にメジャー大会に出なくとも取れるのは取れる。それこそ全国競技カルタ県大会優勝で十分だし、近隣の府県の大会でA級得点を稼いでも良いものね。

 梅園先輩が欲しいのは全国トップレベルとの真剣勝負の経験。お正月の高松宮杯で痛感したみたい。梅園先輩の実力は既にトップレベルだけど、一昨年もその前もカルタをするよりも、カルタ会の存続に奔走せざるを得なかったのよね。

 そのために実力が少し落ちてるの実感しているみたい。梅園先輩レベルになると実力を挙げるには強豪との試合経験が一番のはず。

「今回は個人戦だから希望者のみにする。ムイムイは行く」

 城ケ崎クイーンが突然現れてから、梅園先輩は真剣にクイーン位奪取を狙っている良さそう。

「玲香ごときにいつまでもクイーンを名乗らせるものか」

 結局、梅園先輩、雛野先輩、ヒロコの三人が行くことに。ヒロコは予算的に無理だったのだけど達也から、

「これは施しじゃない。ボクからの激励だ。ヒロコのカルタは伸びる。行かないと絶対に後悔する」

 断わろうとしても断り切れなかった。だからプレゼントと思って甘える事にした。遠征の手配は達也が整えてくれて決戦の地の勝浦に向かった。