純情ラプソディ:第35話 セレブの家

 達也は三歳の時に実母を亡くしてるけど、後妻が来たのは十歳の時。これも、

「あれは出来婚だったんだろうな。結婚して三か月で弟が産まれてるし」

 どういう経緯で後妻を迎えたのかも意図不明だって。

「達也も思春期を迎える頃だから、それで継母と衝突した」
「ちょっと違う」

 どうも普通の家の感覚で考えたらダメみたい。普通の家に当たり前にあるものが無いのがセレブの家。まず家事が存在しないって聞いて魂消たもの。掃除も洗濯も使用人がやっちゃうし、炊事だって専属の料理人がいるものね。

 家は掛け値なしのお屋敷だけど、そもそも家族が一堂にそろうってのも珍しいらしい。その辺はお父様が出張とかで家を空ける期間が長いのもあるからだろうけど、小学生なのに専属のお付きの人って言うか、少女マンガに出てくるような執事が達也の身の回りの世話をするんだって。そんな世界がこの世に本当に存在するんだ。

 家族がそれぞれそんな生活をしてるし、トンデモなく大きい家だから、なかなか顔を合わせる事もないって言うのよね。

「ひょっとして、長い長いテーブルで夕食を食べるとか」
「普段は部屋で食べてたけど、家族が顔を合わせる時にはそうだった」

 だから継母と言っても、月に数度あるかないかの食事の時に顔を見るぐらいだって。仲違いもクソも、これじゃあ、他人と同居しているようなもの。

「ちょっと変わったのは・・・」

 継母来る前はお父様は達也を連れてよく外食に行ってたそう。だからだろうな、あれだけ高級店を知っていて、なおかつ早瀬の息子の顔が利いたのは。それはともかく、結果でいうと継母も達也も積極的にコミュニケーションを取らなかったから、そんな感じで二年を過ごしたで良さそう。

「そうそう中学の時に家を出て、どこで暮らしてたの」
「爺やの家だよ」

 爺やとは達也の元執事で、なおかつ代々の執事だって。もう少し言えば早瀬家に昔から仕えていた家臣とか使用人みたいな人だって。その元執事は達也が小学校の低学年ぐらいまでお世話してたみたいで、達也が一番気が許せる人って言ってた。

 家を出たって言っても、勘当されたわけじゃないから、実家からの援助もしっかりあったし、実家の様子も元執事の息子が執事やってるから入ったそうだけど、

「こういう時の定番のお家騒動は」
「あったらしいけど」

 継母が先妻の子を冷遇するのが継子イジメの類型だけど、これに財産が付けば先妻の子をなんとか追放して、我が子を跡取りにするのを狙うことになるのが定番。継母は達也が家から出たのを絶好のチャンスと見たぐらいかな。

 継母は達也を後継者から除外するために、自分の息子を達也以上の優秀な人物に仕立てようと必死になったぐらいで良さそう。そうやって達也より自分の息子の方が優れていて、後継者に相応しいアピールをお父様にし続け、お父様の気持ちを変えようぐらい。

「あれねぇ、自分も経験したからわかるけど、無理あるんだよ」

 達也とは十歳の差がある部分もあって、余計に焦ったんのじゃないかと達也は見てた。だって継母の子が十歳になるころには達也は二十歳だもの。そのために達也以上の教育体制を取ったみたい。

「遊びは大切だよ」

 子どもは遊びたがるもの。大人から見たら無駄な時間だけど、遊びの中で得られる経験や体験は貴重なもので、人生に本当に必要なものの宝庫だって達也はしてる。

「ヒロコの高校がそうだろう」

 あの異常な高校か・・・言われてみればそうで、明文館は見ようによっては、底なしぐらいの許容量で生徒を遊ばせてくれていた。

「目いっぱい遊びながら、死ぬほど勉強する。それを自律的に両立させ、成果も実績も残してるから、誰も明文館に手出しできないって事。あそこのOB・OG会の力は桁外れだからね」

 遊びを制限どころか無にしてしまうような極端な教育方針を取ったりすると、

「子どもにはまず耐えられないよ」

 現実にもそうなったみたいで、まだ十歳になるぐらいだと言うのに、いわゆる引き籠りになり、明らかに精神の異常を起こしているんだって。

「色々あったけど、継母は子どもを連れて家を出たよ」

 離婚はしていないそうだけど、そうなってしまった自分の息子に継母の精神もおかしくなったそう。なんかさぁ、財産って人を狂わす気がする。その継母だって、ごく普通の家の人と結婚してたら、そうならなかった気がするもの。早瀬の後妻になり、早瀬の財産に目が眩んだ末の暴走としかヒロコには思えないものね。

「ところで中学に入ってからお父様にはお会いしてたの?」
「一度だけな」

 達也が中学を卒業するぐらいの時だったそうだけど、突然現れたって。この頃の達也はもう早瀬の家なんかどうでも良くなっていたみたいで、後は高校から大学に進み自立する気マンマンだったみたい。そんな達也に、

『お前が早瀬の看板を外して生きてみたいのはわかった。これから二十歳まで頑張ってみろ。そして男を磨け。その時に迎えに来る』

 さらに付け加えて、

『オレは女を見る目はなかった。だが人の才能は見える。迎えに来た時にお前の答えを見せてみろ』

 なんだ、なんだ、この判じ物みたいな言葉は。

「それ一度だけ?」
「そう」

 本当に父子関係ってのがわかんないよ。達也はこれで何かわかったの?

「答えとしてヒロコを選んだ」

 はぁ? お父様の言葉から、どこをどう考えればヒロコが答えになるんだよ。

「そして今年は二十歳になる年だ」

 ちょっと待ってよ、話が先走りしすぎてる。たしかにヒロコは達也の彼女にはなったけど、まだ何にもしてないレベルだよ。イタリアンの夜に手をつないだだけだもの。仮に、仮にだよ。もし万が一、お父様がヒロコを気に入ってしまったらタダでは済まないじゃない。

 こんな段階でお父様に引き合わされて気にでも入られようものなら、話は一足飛びに許嫁者とか婚約者になっちゃう可能性だってあるじゃない。達也は好きなのは確かだけど、そこまで行くにはもっとステップがいるはずじゃない。

 逆に気に入られなかったら終わりだとか。これも待ってよ。まだ彼女になったばかりだし、早瀬君を愛しているのだよ。それをこれだけの事で終わりにするって、なんなのよ。人を馬鹿にするにも程があるじゃない。

 要するにどっちにも転んでも極端すぎるってこと。相手がそういう家の跡取り息子だから、普通ではない部分があるのだろうけど、普通じゃなさすぎるじゃない。ヒロコは困ってしまってカスミンに相談したんだ。もちろん早瀬君の家の事を伏せながらだよ。

「おもしろいね。でもヒロコが思ってるみたいにならない可能性もあるじゃない」

 言われてみればまだ二十歳だから、女のヒロコでも早いし。男の達也ならなおさら早いものね。さらに身分は学生。結婚てな話が出るにしても、二人が自立して生活できるようにならないと無理なのは現実。お父様に引き合わすだけ引き合わして終わる可能性も十分あるか。たとえば、

『先の事はわからないが、良いお付き合いをお願いします』

 うん、これぐらいだよ。そうだよ、普通ならせいぜいこれぐらいのはず。これで単なる彼女から、将来の可能性もある彼女ぐらいに格上げになり、家公認の恋人になるぐらい。だからと言って、婚約とか結婚までは先過ぎるお話ぐらいになる感じ。でもでも、気に入られない方になったらどうなるの。

「無いと思うけどね。仮にそうなっても早瀬君はヒロコを取るよ。ヒロコだって早瀬君の家の財産目立てじゃないでしょ。それぐらいは彼氏を信用してやりなさい」

 加えて親の言いなりでヒロコを捨てるような男なら、愛する価値はないとまで言ってくれた。

「それに気に入ってくれて、婚約まで進みそうな勢いで、それが躊躇われるならカスミに言って。なんとかしてあげる」

 さすがカスミン、頼りになると思ったけど、いかにカスミンとはいえ相手は早瀬HDだよ。これはまだ言えないけど、

「そんなにヤキモキしなくてもヒロコの正直な心を話したら良いだけよ。それが受け止められない相手なら、こっちからオサラバしなさい」

 ヒロコの正直な心か。本当に達也がヒロコのことを真剣に考えてくれるのなら受け止めてくれるはず。ヒロコは達也が早瀬HDの跡取り息子であることに興味はない。むしろ違ってくれた方が嬉しいぐらい。

 そりゃ、ヒロコだってリッチでセレブな生活に憧れないかと言えばウソになるけど、それが無ければ困る訳じゃない。貧乏は慣れてるからね。今より少しだけマシな生活が出来ればヒロコは満足だし幸せだもの。

 ヒロコの夢は愛する人と結ばれて幸せな家庭を築くこと。あまりにも平凡って笑われそうだけど、子どもが家に帰ったらお父さんとお母さんがそろっていて、休みの日には買い物に出かけたり、お出かけをしたり、年に一度ぐらいは家族そろって旅行をするんだ。

 子どもと一緒にいて、笑ったり、泣いたりして過ごすんだよ。それがどれだけ贅沢かは良く知ってる。ヒロコにはどれだけ夢見ても遠すぎた生活。そんな家庭を築くのに達也はピッタリと思ってるんだけどな。