純情ラプソディ:第34話 家系伝説

 あの夜にヒロコは早瀬君の彼女になり、早瀬君の事も、

「達也」

 こう呼ぶことになったんだ。まだぎこちないけど、なにか嬉しい感じ。もちろんヒロコって呼んでもらってる。サークル室でもそうしてるけど、

「見せつけてくれるね」
「羨ましいったら、ありゃしない」

 先輩たちはポチで満足してなさい。片岡君には、

「早瀬を頼む。これはボクからのお願いだ」

 達也の家は早瀬グループの総帥家ってだけでもビビリそうだけど、早瀬家自体もおっそろしく古い家なんだって。昔は武士だったと言うから、江戸時代からと思ったんだけど、

「あんなポッと出じゃないよ」

 じゃあ、いつからと聞いたたら、

「源氏の嫡流さ」

 源氏って頼朝とか義経の子孫なのかって聞いたら、

「あれは分家だよ」

 はぁ? 達也も家系伝説だから、信じるも信じないも勝手だとしてたけど、源氏と言っても複数の系統があり、武家の棟梁として有名なのは清和源氏だって。要するに清和天皇の息子の子孫だけど。

「清和天皇の六男の貞純親王から始まるのがいわゆる清和源氏で、息子の経基の時に臣籍降下してる。将門の乱の時に顔出してるよ」

 その経基の息子が満仲になるのだけど、多田荘に本拠地を置いたんだって。今なら能勢の妙見山があるあたりぐらいで良いみたい。満仲の息子もテンコモリいたみたいだけど、

 長男・頼光・・・摂津源氏
 次男・頼親・・・大和源氏
 三男・頼信・・・河内源氏

 こう分かれたんだって。分かれたと言うより一族の勢力拡張のためみたいだけど、

「当時は長男が必ずしも家督を相続しなかったが、満仲の長男の頼光は大江山の鬼退治で有名だよ。家臣に坂田金時、ヒロコにわかりやすいように言えば足柄山の金太郎がいたぐらい」

 なるほど本家は摂津源氏なのはわかる。

「頼朝とか義経は三男の河内源氏の子孫だから、摂津源氏から見れば分家筋だよ」

 河内源氏が栄えたのは子孫に優秀な人物を輩出したこと。頼朝や義経もそうだけど、そのひい爺さんの八幡太郎義家って人も凄かったんだって。

「ヒロコはあんまり歴史が得意じゃないけど、前九年の役・後三年の役を戦った名将だよ」

 なんとなく教科書に出てた気がする。義家は当時の武士たちに神格化されて、武家の棟梁とされたぐらいだったんだって。一方で元来本家筋の摂津源氏は鳴かず飛ばず状態で、本拠の多田荘の地方豪族になってたぐらいかな。

 そこから源平合戦の時代になるのだけど、摂津源氏の当主だった行綱は失地回復を目指してあれこれ動いたそう。ただ人物としては、

「頼朝の時代だからね。月とスッポン」

 頼朝も本家意識が鼻に付く行綱を疎んだみたいで、あれこれあったけど行綱は所領を没収されて行方不明になったらしい。行綱の子孫も行方知らずが殆どみたいだけど、

「その時に摂津源氏の本家も滅んだようなものだけど、行綱の四男の基綱が承久の乱に参加した記録だけは吾妻鑑にあって・・・」

 基綱が加担したのは負けた後鳥羽上皇側で、基綱もその時に討ち死にしてるのも記録にあるそう。

「基綱の息子のうち、行成の子孫が早瀬の家になったとしてる。多田を名乗らなかったのは河内源氏の時代を生き残るためだったんだろうな。これも、どこまで本当かわからないけど、地方豪族として戦国期まで続いていたとなってるよ」

 源氏の嫡流と言っても、鎌倉幕府を作った河内源氏も三代実朝の時に直系の子孫は絶えてるのよね。摂津源氏も滅んだようなものだけど、基綱から行成に嫡流が残り大元の清和源氏の嫡流としているのが家系伝説で良さそう。

 戦国期もあれこれあったらしいけど、江戸期には帰農して庄屋として生き残り、大正になってから早瀬研究所が作られ、昭和の時代に早瀬電機として大手の一つに数えられるぐらいの大企業になったんだって。

「早瀬海洋開発は?」
「あれは爺さんの大博打さ」

 早瀬電機も二十一世紀に入ると新興国に押しまくられ、ジリ貧になったらしい。そこで畑違いのレアアースに打って出たそう。だけど悪戦苦闘なんて生易しいものじゃなかったみたいで、

「倒産とか、破産なんてレベルじゃないぐらいの天文学的な負債を抱えて、ゾンビ会社なんて呼ばれたってさ。だからエレギオンの月夜野社長には足を向けて寝られない」

 金融機関にも、他の企業からも、政府からも完全に見放された状態の早瀬グループに十兆円にも上る莫大な支援をしてくれたそう。

「それで成功した」
「だから今がある」

 じゃあ、エレギオン・グループの一員かと言えば実質はそうだって。莫大な支援の返済はもちろん出来たけど、早瀬海洋開発の株の四割は握られてるから子会社同然の状態だけど、

「キッチリ取り分は持っていくけど、早瀬グループの経営には基本的に口出ししないんだよ」

 この辺の感覚はヒロコにはわかりようもないけど、

「だろうね。だがエレギオンHDの月夜野社長は甘い人物じゃない。むしろ逆と見た方が良い。うちへの莫大な支援もすべて先を見越しての計算尽くのものなのは間違いない。早瀬グループの経営に口を出さないのも、今はそれがベストの判断なのだろう」

 達也が言うには早瀬海洋開発のレアアース開発の成功と、それによる莫大な利益を月夜野社長には見えていたのではないかとしてた。

「それって未来が見えてるとか?」
「そういう噂は常にある。エレギオンHDは挫折した官民合同のパイロット・プロジェクトには乗らなかったんだ。ところが誰もが見放した早瀬の事業には乗っている。早瀬への投資もリスキーなんてものじゃないが、このクラスの投資を行って失敗したことが一度もない稀代の策士だからな」

 なんて薄気味悪い人物。きっと腰の曲がった魔法使いの婆さんみたいなんだろうな・・・えっ、待ってよ、エレギオンの月夜野社長ってカスミンが言っていた優しいお姉さまみたいな人のはず。

「なんだ知ってるのか」
「知ってるって言っても話に聞いただけだけど」

 達也が言うには早瀬グループの経営権は早瀬家が握り世襲となってるけど、

「早瀬グループを早瀬の家が世襲しているが、今は早瀬の家を継いだからと言ってグループの後継者になれないよ。ボクが後継者になれるかどうかは、すべて月夜野社長が握ってるよ」

 現在の早瀬グループの中核は早瀬海洋開発だけど、ここの大株主がエレギオンHD。社長になるには株主総会の承認が必要だそうだけど、

「そういうこと。月夜野社長の意向一つで、誰が社長になるか決められるってこと。オヤジのクビも月夜野社長が握ってるよ」

 だからお父様は達也に、

「そういう部分はある。ボクがボンクラなら会社は継げないってこと。でもどうしたら良いかはわからなかったんだと思うよ」

 だろうね。こんな大会社の経営者育成法なんてあったら誰も苦労しないもの。お父様も試行錯誤の部分はあって、最初は型に嵌めようとしたのかもしれない。でも結果的に達也が反発したから、

「そこも良くわからないところなんだよ。もしあのまま従順に従っていても、それが正解の気がしないところがある」
「それって、達也が反発するのも織り込み済みだったとか」

 達也は複雑そうな顔をして、

「今から思えばだけど、ボクが家を出ると言いだしてからの手際が良すぎる気がする。だってだよ、まだ中学生になるぐらいの歳だよ」
「それって、予め準備されてたとか」
「かもしれない」

 それって達也を型に嵌めようとしたのも、それに反発するのも既定路線で進められていた達也への教育方針で、達也はひたすらお父様の掌の上で踊らされていただけだったとか、

「そうとも見えるけど、本質は違う気がする。ボクを枠から外そうとするテストだったとする方が良いと思う」

 達也が背負っている十字架は早瀬の後継者。それも大人になれば自動的に用意されるものではなく、後継者になるだけの資質を持ち、その資質を花開かせないとならないぐらいかも。

 その時に邪魔になるのが早瀬の家の金看板。これがあるとまともに成長するのが難しいのはなんとなくわかる。いわゆる金持ちのボンクラ息子一直線コース。わかったぞ、達也の小学校時代はそうだったんだ。

 早瀬の息子ってだけでどこでも特別扱いされるもの。そんな中で成長してまともに育つ訳ないじゃないの。早瀬の跡取り息子なら、そういう環境に反発するような人間でないと話にならないぐらいのテストだったとか。

「その辺はわからないよ。ひょっとするとオヤジの計画は失敗したのかもしれないもの。中学に入る時に単に見放された可能性もあるからね」
「達也はお父様をどう思ってるの」
「オヤジはオヤジだ」

 ここがヒロコにはわかんないのよね。仲が悪いって感じじゃないけど、良いって感じでもないんだよ。だってヒロコとお母ちゃんとの関係とは全然違うもの。古風だけど、息子は父親の背中を見て育つって言うけど、そんな関係なんだろうか。その辺が母子家庭だったヒロコにはなんとも。

「ところで達也が出て行った後の家はどうなってるの」