純情ラプソディ:第37話 全日本選手権

 電車で五時間揺られて勝浦に到着。東京行くのに使った夜行バスより短いけど、特急代をケチらなくて良かったと思った。荷物を早瀬君が手配してくれた駅前のビジネス・ホテルに置いて大会会場のホテル浦島に偵察に。

「船で渡るのですか」
「みたいだね」

 こりゃ立派な観光ホテルだよ。フロントで全日本選手権の出場選手であることと、会場の下見をしたい旨を告げると案内してくれた。

「さすがにリッチですね」
「宴会場だものね」

 後は館内を見て回ってこの日はおしまい。そこからこれまた達也が探してくれてた食堂に。小上がりの座敷とカウンターがある小さなお店でカウンターに座ったんだけど、どうにも居心地が悪かった。

 どうも観光客相手ではなく地元の人を相手にしているような店なんだけど、そこの大将が、

「お嬢ちゃん、観光か」

 カルタの全日本選手権の出場のために来たって言うと、

「へぇ、明日の全日本選手権に出ちゃるか」

 話を聞くと大将も顔に似合わずと言ったら失礼だけどカルタが好きで、この店はカルタ好きが集まる店で良さそう。

「下手の横好きばっかりやけど、勝浦カルタ愛好会や」

 休みの日には座敷でカルタ大会もやってるって聞いて感心した。大将はB級三段だそうで、この日は大将だけでなく常連さんにもカルタ好きの人が多くて、

「ふへぇぇ、こっちの綺麗な姉ちゃんは五段か」
「そりゃ、そうやろ。なんちゅうても全日本選手権や」
「俺らからしたらA級五段なんか神様みたいなもんや、応援するで」

 お客さんまで巻き込んで盛り上がっちゃった。食事も美味しかったけど、

「これ食べて。食ったら明日は絶対に勝つ」

 なんかサービスしてくれたものが多い気がしたものね。若い女の三人組なのが良かったのかもしれないし、こういう雰囲気なら梅園先輩のバカ笑いも、雛野先輩との自虐漫才も受けまくってた感じ。

「明日も勝ち残って来い。約束や、もっとサービスしたるで」

 なんか店中の大声援を受けて送り出された。翌日は大会一日目。全日本選手権は変則で、シードの三十六人は二日目から登場し、一日目はノンシードの百八人から三十六人を選ぶために行われる。

 そうなっている理由は色々あるにしろ、会場の問題は確実にありそう。他のA級大会もそうだけど、百二十六人でトーナメント一回戦を戦うとなれば、六十四試合が必要なんだ。それだけの試合を一度に出来るほどの会場が必要ってこと。でもいくらホテルの宴会場が広いと言っても六十四試合はさすがにキツイ。

 だったら一回戦を三十六試合ずつ二回にわけてやれば良さそうなものだけど、そうなると決勝まで八試合分の時間が必要。七試合だって長いのに八試合は論外になるぐらい。だから二日になってるけど、二日になれば今度は時間に余裕があり過ぎる。

 カルタ大会への参加はすべて自前だから、参加者も出来たら一日で済んで欲しいところがある。その辺の反映の一つがシード選手制。シードになれば一日大会が短くなる特権ぐらいとも言える。

 一方で全日本選手権はカルタをやる者なら、なんとか出場してみたい大会の一つ。一日で済ますために六十四人に絞るのは反対意見も出ると思う。だってA級大会は百二十六人が定員が原則だもの。

「だったら、ノンシードを百四十四人したら良いのじゃないですか」
「まあ、そうなんだけど。なぜかこうなってる」

 百四十四人なら四試合やれば三十六人に公平に絞れるはずだけど、百八人だものだから、一回戦と二回戦の混在になるのよね。

「強いて言えば二試合で済むじゃない。午後から始めたら四時には済むから、日帰り組が増えるからだと思ってる」

 なるほど今回なら十一時から一回戦、十三時から二回戦だから、ヒロコたちなら一回戦はもちろんだけど、二回戦で負けてもなんとか家に帰れる時刻だものね。勝浦だからあまりに交通が不便だけど、有馬温泉ぐらいだったら敗退した七十二人の選手のかなりの部分が日帰りか、当日帰宅が出来るかもね。

 そういう事で一回戦前に開会のセレモニーがあり、ヒロコは一回戦から、梅園先輩と雛野先輩は二回戦から出場して無事二日目に進めたよ。

「絶対勝つと思てたで」

 夜はまたあの店で大騒ぎして、二日目はシード選手と一日目を勝ち上がった六十四人によるトーナメント。これを勝ち抜くには六回勝つ必要がある。そうそう二日目は三回戦から始まるけど、カルタの実績を話す時に、

「全日本選手権で三回戦まで進んだ」

 こういう言い方がしばしばあるけど、これは一日目を突破して二日目に臨みシード選手と戦ったぐらいの意味になる。カルタをやっていない人にはわかりにくいけどね。


 二日目は九時スタートで九十分刻みのスケジュール。これはあくまでも進行の目安で、実態は一回戦がすべて終了してから五分後に二回戦が始まるんだ。トーナメント制だから、全試合が終わらないと次に進みようがないからね。

 それで自分の試合が終われば席を立って良いことになってる。全試合が終わるまで待ってた時代もあったそうだけど、今はそうなってる。そうやって午前中が三回戦と四回戦。これで午後に残っているのは十六人になった。

 二日目の昼は軽食も出るレセプションみたいなものが大会主催で行われて、十二時半から五回戦が始まる。ここが重要で、ここを勝ち抜いたら四位以上になりA級得点二点が得られるけど、負けたらなんもなし。

 三人とも勝ったよ。とくに雛野先輩は嬉しそうだった。五回戦を勝ち抜いてついにA級得点が八点になり、これでA級五段に上がれるものね。運命戦で泣かされ通しで時間がかかったけど、雛野先輩の実力はとっくに五段だよ。

 十四時から準々決勝の六回戦。これに勝てば三位になりA級得点は四点。この試合はヒロコにとっても重要なんだ。と言うのもヒロコのA級得点も大会前に四点だから、これに勝てばヒロコもA級得点が八点になり五段になれるんだもの。

 気合は入りまくったけど、雛野先輩もヒロコもここで敗退。さすがは全日本選手権、甘くなかった。でも梅園先輩はここも勝ち抜き、十五時半からの七回戦、準決勝に挑んだ。相手は元準名人、今回も優勝候補の筆頭。

 わかってもらえると思うけど、カルタの競技会はとにかくハード。試合も一時間もかからず終わることもあるけど、接戦になれば一時間半ぐらいかかるのよね。アッサリ勝てば次の試合まで三十分以上の休憩時間が取れるけど、延々と接戦をやったりすれば、殆ど休みなしの連戦になっちゃうのよね。

 この辺がどうしてもトーナメントの綾になる部分は大きいのよね。とくにベスト十六以上になると実力は紙一重になってくるから、休憩時間なしの連戦になれば不利になる。梅園先輩は六回戦で苦手のサウスポーに大苦戦。

 最初から常にリードを許す展開になり、相手陣の持ち札が一枚になった時に自陣にまだ五枚残ってたんだよ。そこから執念で運命戦に持ち込んで勝ったのだけど、そこから五分の休憩で七回戦の準決勝となり勝てなかった。あの状態からの準決勝はシビアだったで良いと思う。


 夜は例の店で健闘を称えてくれた。

「全日本の三位と四位やで。こんなんが店に来てくれるなんて二度とないかもしれへん」

 あれはもう宴会騒ぎだったよ。でも梅園先輩はちょっと悔しそうだった。あそこまで行けば全日本選手権のタイトルは欲しかったみたい。もちろんそんな様子を感じさせない暴走状態だったけど。翌日の長い帰りの電車であれこれ話をしてたんだけど、

「来てたね、東興大の連中」

 あのダンプ突き手の使い手。それにしてもあの連中はリッチだった。だってだよ、ホテル浦島に悠々と泊ってやがったもの。悔しいやら、羨ましいやらだったものね。

「梅園先輩は戦ってみてどうでした」
「玲香の言った通りで良いと思う。あれなら怖れるに足りない。あの突き手は強引過ぎる」

 ヒロコもチラッと見たけど、まさにダンプ。カルタの基本は一枚の札に手を当てて、払うなり突くなりするのだけど、大きな手を目いっぱい広げて相手の上段の札にかけ、そこから片翼の札を全部突き飛ばす勢いだった。まさに下品で野蛮な技。

 でも玲香クイーンの言う通り動きに無駄が多いから、いくら突き手が早くても、先に払うのは可能だとヒロコも思ったけど、

「そういうこと。出札が下段なら先に払えるけど、上段ならぶつかるリスクが出てくる。それにこちらが出遅れてもぶつかるよ」

 ぶつかれば相手は腕を潰しに来るから危ないって。嫌な相手だ。梅園先輩はとくに団体戦でのリスクを重く見ていて、

「三人潰されたら負けになる。さらに言えば、うちなら一人でも潰されると次の試合が苦しくなり、二人やられると棄権になる。補欠を三人そろえてるチームでも、レギュラーとの力の差があるから、あんな連中と戦って怪我しただけで戦力ダウンは確実よ」

 でもあれを交わせるクラスの使い手となると、

「B級じゃ危ないね。A級四段でも厳しいかもしれない。それ以上を五人もそろえられるチームは、そうそうないだろうしね」

 それにしても邪道だ。こんなのカルタじゃないよ。格闘技は相手を倒す競技で、時に相手を傷つける事もある。それ故に重傷を負わせないように、軽傷で終わるような規則や暗黙の紳士淑女ルールがあると思ったらよいはず。

 だから格闘技の試合でも、最初から相手を傷つける目的で戦ったらペナルティを課せられると思っている。そんなの試合じゃなく喧嘩だし、殺し合いになっちゃうもの。なのにアイツらはカルタでそれをやってるとしか思えないもの。

「なんとかならないのですか」
「そのうち変わると思うけど、今年は相手にしないと仕方がない」
「危ないから回避しても良いのでは?」

 そしたら梅園先輩は唇を噛みしめて、

「それも賢明だけど、逃げるのは悔しいじゃない。それもあんな邪道相手にだよ。それと大学選手権をパスしたら・・・」
「パスしたら?」
「札幌旅行がなくなっちゃうじゃない。毛ガニとジンギスカンとビール一年分が夢と消えちゃうのよ。そんな事が許されるものか!」

 そうだヒロコのトウモロコシとジャガイモの夢も懸かってるんだ。それだけじゃない、札幌に行くのに飛行機に乗れるじゃない。まだ乗ったことがないんだよ。あんな奴らのためにあきらめれるか。みんなで、

「正義は勝つ」

 梅園先輩はそれだけじゃないはず。やっと港都大カルタ会はまともに活動できるようなり、強くもなったんだ。これは梅園先輩の努力の賜物。でも梅園先輩も最終学年なんだよね。つまりはラストチャンス。

 ヒロコは来年も再来年もあるけど、梅園先輩にとっては学生最後の大会だものね。そりゃ、出たいに決まってる。クイーン戦や小倉山杯なら社会人になっても出場できるけど、団体戦は卒業すると難しくなるものね。

 メンバーだって昔の事は知らないけど、港都大カルタ会史上最強の気がする。これだけのチームを作り上げて指をくわえて見てられないよ。梅園先輩のためにも勝つ、勝ってみせる。そして焼きトウモロコシだ。