純情ラプソディ:第40話 定期戦

 今日は西宮学院との定期戦。通称県内ナンバーワン決定戦。というか県内にカルタ会があるのが港都大と西宮学院だけだから、勝った方が一番ってだけのお話。うちの県には職域学生大会にも参加するような社会人カルタ会はないものね。

 通算成績は西宮学院の方がだいぶ勝ち越してる。というか正直なところ強いのよね。だってサークルじゃなくて部活のカルタ会だもの。そこまで強い理由は附属中学からカルタ部があって、カルタ経験者が安定して入部してくるぐらいで良いと思う。だから関西王冠戦の一部の常連。

 定期戦といっても前に勝ったのは十五年前ぐらいだそう。それと三年前も二年前も港都大カルタ会は内紛で団体戦どころでなく去年も、

「ムイムイは定期戦があるのも知らなかった」

 そりゃ、梅園先輩は入会してから二年間はカルタよりカルタ会の維持に奔走してたものね。定期戦は交互に幹事が担当するのが慣例だそうだけど、ずっと港都大の幹事のままで止まっていたそう。でも今回の会場は西宮学院で西宮学院が幹事。

「柴田君もそれでイイって」

 さては押し付けたな。それは言い過ぎか。むしろ最近の港都大の活躍を見て偵察もしてみたいぐらいかな。電車を降りてしばらく歩いたら、

「これは立派ですね」

 港都大もなかなかだけど、立地が台地の上で、なおかつ本部だけでも段差が異なる三つのキャンパスになってるから、全部平地の上に立っている西宮学院に比べると見劣りするよね。それとミッション系だから建物も垢ぬけてる気がする。もらった案内図でカルタ会の部室に向かったんだ。

 さすがは部活だけあって立派、部室とカルタ道場が別になってるもの。部室に畳三枚敷いてやってるのとはエライ違い。定期戦は本来は団体戦だけだそうだけど、それじゃ、愛想が無いから個人戦もやることになったんだ。

 個人戦は級に関係なく十六人のトーナメント戦になってた。とは言うものの港都大は五人しかカルタの試合が出来るのがいないから、西宮学院側が十一人参加で帳尻を合わせてた。

 団体戦は梅園先輩、雛野先輩、ヒロコが勝ち三勝二敗で勝利。十五年ぶりに西宮学院に勝ったことになる。相手は全部A級だったからB級の達也は仕方がないけど、片岡君は最近不調だな。高松宮杯の敗戦が尾を引いてる感じがする。全日本選手権も欠場してたし。

 個人戦もそんな展開で一回戦で片岡君と達也が敗れ、二回戦に進んだのは女三人組。二回戦も三人とも勝ち、ベスト・フォーのうち三人が港都大。ヒロコの準決勝の相手は梅園先輩。

 数えきれないぐらい稽古試合をやってるけど、最近の梅園先輩はまたグレード・アップしてる気がするのよね。もともと子音まで聞き分けられる特製の耳を持っていて、詠みへのレスポンスは早いのだけど、持ち札の配置や、残った歌からの戦略が強くなって序盤戦の弱点がカバーされてる感じがする。

 とにかくレスポンスが早くて、ヒロコの感触なら城ケ崎クイーンに匹敵するかと思うほど。ちょっとでも出札への反応が遅れると、札は吹っ飛ばされて、追いかけようもないぐらい。

「ありがとうございました」

 ヒロコの完敗。梅園先輩とは稽古試合では相性が良い感じなんだけど、本気で試合すると全然違うのが良く分かった。ずっと大きく見える。それと前に座っているだけで気迫がヒシヒシと伝わってくるもの。さすがに全日本選手権三位はダテじゃない。

 決勝は準決勝で雛野先輩を破った西宮学院の柴田部長で、これがなんとサウスポー。激しい戦いになったけど梅園先輩が勝っちゃった。柴田部長もA級五段の実力者だけど、

「さすがです。でも次はありませんよ」
「楽しみにお待ちしております」

 梅園先輩はサウスポーを苦手にしてるけど、これだってかなり克服してるものね。今日の柴田部長の試合もそうだけど、全日本選手権の準々決勝だって苦戦はしてるけど勝ってるもの。勝った相手だって文句なしの実力者だよ。

「あれだけヒナとやったら、少しは上手くなるよ」

 個人戦終了後に表彰式と、ささやかだけど懇親会があり、そこでもダンプ突き手の話題が出てた。西宮学院は関東遠征を行ったみたいで柴田部長は、

「あれは厄介です。怪我人も増えて問題になりつつあるのですが・・・」

 総本山の新星学園や、それに追随した東興大だけでなく、関東の他の大学も導入しているところが増えているそう。

「もっとも猿真似したところは、さほど脅威じゃありませんが、新星学園の三羽烏と、東興大の坂田兄弟はクラッシャーと呼ばれ始めています」

 柴田部長もケガ人が出るのを心配して新星学園と東興大は避けたみたい。それだけじゃなく、関東のカルタ会も対戦を逃げてる感じもあるのだそう。

「でも大学選手権では逃げられないよ」
「どこかが勝ってくれれば良いのですが」

 梅園先輩と柴田部長の一致した対策として、

「出遅れたら争わない見切りが必要ね」
「クロスされたらダメージを喰らうリスクが強くなります」

 やっぱりダンプ突き手に勝つには、とにかくスピードなのは城ケ崎クイーンもそう言ってたものね。

「思うのだけど払い手の工夫も必要かなって」
「それも考えましたが、どうしても速度と判定が・・・」

 カルタの取りは先に出札に触れた者。札押しになる時はともかく、出札に触れられれば、そのまま横に滑らせながら払うのでなく、出札をタッチした後に手を挙げてしまうのもアリじゃないかと梅園先輩は考えているよう。

 だけど名人戦やクイーン戦ぐらいならともかく、カルタの審判は当事者間で決めるのがルールなんだよ。そこでどうしても双方が納得しなければ審判の裁定を仰ぐ感じ。その審判だってその場を見ていないケースは多々あるのよね。

 だから瞬息で出札にタッチして交わしたとしても、審判に見えるのはダンプ突き手で出札が押し出された後になっちゃうのよ。こんなもの水かけ論だから、審判の心証一つでどう転ぶかは運次第。

 それとスピード問題はあって、タッチ手は出札を正確狙う分だけスピードで劣る部分はどうしても出てくるのよね。この辺は慣れない動きをするから、余計に遅くなるのも確実にある。ダンプ突き手もかなりのスピードで、これを見下せるほどの速さが出せるのはそんなに多くないものね。

「大巨人はどうなの」
「聞いただけですが・・・」

 新星学園の三羽烏のうち桃井君は片岡君が対戦してるし、千葉君は城ケ崎クイーンが一蹴してる。ついでに言うと東興大の坂田兄弟の弟は桃園先輩が全日本選手権で破ってるのよね。

 聞く限り手強そうだけどヒロコも聞く限りなら対応できるところもありそうだけど、とにかくデカいのが共通してる。カルタは上の句を詠み始めたら、自陣に身を乗り出しても良いのだけど、梅園先輩でさえ、

『デカブツ、邪魔』

 あんだけデカブツだからまともに座れば、頭の高さが違うはずなんだけど、アイツらは少し下がって座るんだよね。だから顔の高さは同じぐらいになるのだけど、そのためにエライ前かがみになる。

 下がって座って前屈みになると札と体の間隔が狭くなる。そう手を突っ込みにくくなるのよ。それに縦だけでなく横幅もデカい。まるでデッカイ板が被さってくる感じだって。とにかく相手の札が遠く感じてしまうんだって。

「こっちの札を狙われた時なんて、あのデカブツがさらに乗り出して来るからウンザリした」

 そんなデカブツの中でさらに桁外れなのが最後の三羽烏である斎藤君。だってだよ二メートルを超えるって言うのよ。なんでカルタなんかやってるのだろうって化物。実際のところも高校まではバスケ部だったそう。

 それも全国まで行ったほど。動きもそこまでのデカブツなのに俊敏でNBAにチャレンジする話が出ていたぐらいだって言うのよね。そっちに行けばよかったのに。

「ジャイアント・スタンプって威力あるの?」
「東大の赤星名人に聞いたのですが・・・」

 手のひらがデカいとなにが有利かと言うと押えられる範囲が広がるのよね。押え手は出札を上から押さえるのだけど、札が接して並んでるからどうしたって隣の札に触れちゃうのよね。

 ここでだけど札の幅は五十二ミリで、最大手幅が男性平均で百四ミリ、女性平均で九十二ミリだから、女性が普通に押さえても左右の札も抑える事になる。

 触れるのは両横でなく上下もある。札の長さは七十三ミリで、手長が男性平均で百八十四ミリ、女性平均で百六十八ミリ。手のひらをベッタリつけると上段から下段まで同時に抑えるのも可能って事。

 斎藤君は背だけでなく手も大きいらしくて、横四枚をラクラクと抑える事が出来るそうなんだ、縦なんか余裕で三段。そうなると、

「片翼の札をほとんど押さえるのも可能だそうです」

 でっかい手のひらでドカッて感じなのかな。札が多い時には指も開くそうだから投網みたいな押え手になる訳か。それが出来るのなら、札を狙うと言うより、出札が自陣も含めて左右四か所のどこかにあるかさえ知っていれば、そこにドカンか。

「赤星名人は何か言ってた?」
「古い手だと。ただし、下敷きにはなりたくと」

 梅園先輩が補足してくれたけど、そういう押え手に対抗するために払い手があるって言うのよね。押え手はどうしてもスピードに難があるから、ドカッと押さえてくる前に払ってしまうのがカルタだって・

「でも真の狙いは別だね」
「ええ、相当な勢いだそうで、まともに喰らえば腫れ上がるどころで済まないかもとしていました」

 やだなぁ、餅つきの杵の下に手がが入っちゃう感じかもしれない。それにしても、どうして普通にカルタをやってくれないのかな。競技カルタはスピードとテクニックを競うもだよ。だから男女が対等に対戦できるのじゃない。そこに腕力に任せたパワーを持ち込むと、おかしくなっちゃうよ。

「ヒロコ。あの連中の技は威力はあるかもしれないけど、しょせんは邪道だよ。そうだね、生き残れなかった技ってこと。カルタの先人たちは邪道の技を打ち破り、今のやり方が最善って残して来てるんだよ。怖がることなど何もない」

 でも怪我するのはやだ。嫁入り前の大事な体なんだから。早瀬君が悲しむじゃない。