純情ラプソディ:第51話 雛野先輩の過去

「片岡君ありがとう。とっても嬉しかった」

 雛野先輩は絞り出すようにそう言ってから、ポツリとポツリと話し出したんだ。

「ヒナはね、男が怖いのよ・・・」

 これこそ衝撃的だった。雛野先輩にはレイプ体験があったと言うのよ。高校の時に大阪に遊びに行った時に、たまたま一人で歩いているところをクルマに連れ込まれて、

「そう無理やり」
「それって」
「そうだよ。ヒナのロスト・バージン。悲惨なものよ」

 だから城ケ崎クイーンが港都大に来た時に、あれほどレイプ魔対策を力説したんだ。

「ああ、あの話。あれもあの時には関係なかったよ。相手は四人だったからね。勝てるものか。そりゃヒナだって抵抗したよ。だけど女四人相手でも勝ち目はないのに、男四人相手ではどうしようもなかった」

 抑え込まれた雛野先輩は、服を毟り取られた上で腕を縛り上げられ、さらにその腕を頭の上でどこかにつながれてしまったみたい。なんとか助けを呼ぼうとしたんだけど、口に毟り取られた自分の下着を無理やり詰め込まれ、

「それでも暴れたんだけど、二人がかりで足をつかまれてグイッとこじ開けれたよ。そう御開帳ってやつ」

 ほとんど身動きできない状態にされて、

「そこから問答無用でズドンだよ。濡れてもないところに強引だったから、まさにバリバリとバージンを引き裂かれた」

 痛そうって言うか、痛いなんてものじゃなかったって。もちろん単に痛いだけじゃなく、女としてこれほどの屈辱はないもの。裸を見られるだけで死にたいほどの屈辱のはずだけど、犯される、それも初体験だよ。

「ヒロコの言う通り。痛いだけでも死にそうだったけど、悔しいし、悲しいし、情けないし。でもあれすら始まりだった」

 そう襲った男は四人。一人で終わるはずがないのよね。それは雛野先輩も嫌でもわかったみたい。一人目が終わると待ちかねたように二人目が襲いかかられ、続いて三人目、四人目。

 二人目が終わるころには雛野先輩の心は折れてしまったって言ってた。無駄な抵抗をして暴れるよりも、とにかく全部済むまで待つしかないぐらいかな。それにしてもロスト・バージンがレイプで、それも一度に四人も相手なんて、

「あははは、相手は四人だったから、ヒナも四人目で終わったと思ったけど甘かった。すぐに二周目が始まって目の前が真っ暗になったもの」

 その頃には腕のロープも解かれ、足も抑えられなくなったそう。これは雛野先輩があきらめの心境になったのを見て取ったのもあるだろうけど、

「そうだったのよね。最初の一周はヒナも仰向けに固定されてたじゃない。それじゃ、つまらないと思ったみたいだよ。ここまでも屈辱の極みみたいだったけど、そこから恥辱の極み、女のプライドをすべて砕かれていったぐらい」

 それからも何周回ったかわからないぐらい犯されたみたいだけど、

「ヒナは相手の言うがままになっていた。あらゆる姿勢を取らされたし、受け入れざるを得なかった」

 男だって疲れてくるはずだけど、雛野先輩は男を喜ばせる行為まで強要されたんだ。

「片時も休ませてくれなかったし、ヒナがちょっとでも躊躇ったら情け容赦なく殴られた。そしてバカにしたように言うんだよ、

『こっちはガバガバじゃないか。しっかり締めへんと終わらんで』

もうボロボロだったけど、こう言われた後にヒナは最後の絶叫を挙げさせられた。そこだって終わる頃にはガバガバだったよ。だってストンと入っちゃうんだ」

 ヒロコは耳を塞ぎたかった。そこまで話さなくても、

「あの夜にヒナのすべてのバージンは木っ端微塵にされたってこと。ようやく夜が白み始める頃にヒナは素っ裸で放り捨てられた」

 雛野先輩はその姿のまま、パトロール中の警察官に保護されたんだって。

「そいつらは札付きの常習犯だった。前科もあって刑務所に行ったこともある」

 強制わいせつ罪は六ヶ月から十年の懲役刑だけど、初犯なら執行猶予が付いたりもあるのよね。レイプ魔グループも最初は執行猶予で、執行猶予中にやらかして実刑になり、ようやく刑期が終わって出てきたところを雛野先輩が襲われたぐらいで良さそう。

 性犯罪者の再犯率が高いのは有名だから、警察もレイプ魔グループをマークしていたみたいで、間もなくその連中は逮捕されたんだって。こんな目に遭ってたら、レイプ魔のキンタマぐらい粉砕して当然の意見になるのは良くわかった。

 それと、こんな初体験をすれば発狂してもおかしくないし、男性恐怖症どころか対人恐怖症になって家に引き籠ってもおかしくないぐらい。あっ、もしかして雛野先輩が浪人した理由では、

「そういうこと。あれは高二の時だったから、もう勉強どころじゃなくなってね。あの後も酷かった・・・」

 不運としか言いようがないのだけど、妊娠してたんだって。緊急避妊薬も使ったそうだけど、それでも妊娠してしまったそう。もちろん堕ろしたのだけど、それもまた心の傷になるよ。

「まあね。でもそれで終わりにならなかった。最後はレイプされて妊娠させられた女だって噂が広がったのよ。ホント、レイプなんてされるものじゃないよ」

 雛野先輩の本当の故郷は島根の田舎だって。大阪には友だちと来ていて、雛野先輩のレイプ事件は友だちの口から広がったで良さそう。これは都会だってあるだろうけど、田舎なら、なおさらあからさまに後ろ指対象になるのはわかる。

 悪い噂に耐え切れるものではなく、親戚を頼って舞鶴に逃げるように引っ越したそう。転校は高校だから大変だったそうだけど、こっちは事情が事情だからわりとすんなり行ったみたいだけど、

「舞鶴に性被害治療の神様みたいな精神科の先生がおられたんだよ。ヒナにも合ってたみたいで、一年ぐらいでかなり良くなったんだ。ヒナの命の恩人だよ。あの先生がいなかったらヒナは自殺するか廃人になっていてもおかしくなかった」

 雛野先輩の精神力も強靱だ。どんな治療を施しても立ち直れない人もたくさんいるって聞いたことあるもの。それをたったの一年ぐらいでそこそこ良くなってるんだよ。治療も良かったんだろうけど、雛野先輩ってどれだけ強い人なんだろう。

 でもそこまで行くのは生半可なものじゃなかったはず。こうやって立ち直るのにどれだけ苦労が必要だったことか。ヒロコも今まで雛野先輩にこんな強烈な過去があるとは思いもしなかったし、そんな影を感じもしなかったぐらいだったもの。

 それと雛野先輩は京大どころか東大だって余裕で狙えるぐらいの才女だったのはホントみたいだけど。

「なんとか港都大に入れて良かった」

 さらっと言うけど、これだけでも偉業だよ。そして入学してから出会ったのが梅園先輩。二人の苦労時代が始まるのだけど、

「さんざん言われたレズ疑惑だけど、あれもウソじゃない」

 えっ、まさか、二人は、

「男が完全にダメじゃない。だからヒナは迫ったんだ。ムイムイはヒナを受け入れてくれて優しく愛してくれた。あれでどれだけ救われたことか」

 じゃあ梅園先輩はやはり、

「違うんだよ。ムイムイはレズ行為が好きじゃない。でも、あの時にムイムイが応えてくれなかったら、ヒナはどうなっていたかを考えるのも怖いぐらい。ムイムイは好きでもないレズ行為をヒナを立ち直らせるためだけにやってくれたんだよ」

 こういう世界もアブ過ぎる気が、

「でもムイムイに言われたんだ、ヒナは真性のレズじゃない。男の代用に女を使ってるだけだって。だから女に逃げず、男と向き合わなきゃいけないって」

 そこでただ女に尽くすだけのポチを提案したっていうから発想がムチャクチャ。でも、でも、どうして梅園先輩もセットで、

「ムイムイは男で口直しをしたいって言ってたけど、あれは違う。ポチもある種の変態行為でしょ。ムイムイもヒナと一緒に白い目で見られるため」

 まともな方法じゃないよね。

「ムイムイは、男の気を引いて、男に尽くさせるにはこうすれば良いって、一生懸命お手本を示してくれて・・・」

 歪み切った手法だけど、そうやって男に対する嫌悪感が軽くなったって言うから、結果オーライか。よくまあ、あんなことを思いついて実行するもんだ。というか梅園先輩は嬉々としてやっていたとしか見えないけど。

「藤原君もよく協力してくれた」
「協力って、最初から?」
「そうよ。ヒナの男性恐怖症を克服するために、進んでポチになってくれた」

 こいつらの感覚は異常としか言いようがないけど、

「それで藤原君とは」
「気持ちもわかってるけど、どうしても好みじゃないのよね。それも、はっきり言ったけど、ヒナに本当の彼氏が出来るまでポチでいるって」

 やっぱり藤原君も好きだったんだ。しっかし、複雑過ぎる関係だよ。雛野先輩の目から涙がポロポロ。

「ヒナは悪い女だよ。藤原君の純情を利用して、踏みにじった性悪女がヒナの本当の姿。だから藤原君とは何もないよ。これが片岡君への返事。嫌いになったでしょ、軽蔑しても良いわ。これでサッパリしたでしょ、他の子を探してね」

 雛野先輩と藤原君の関係はちょっと違う気がする。もっと引いて見るべきだと思う。藤原君は雛野先輩を愛していたからポチを引き受けたはず。あの時の雛野先輩に近づくにはポチじゃないと無理で、ポチとして雛野先輩の心の傷を癒すのが必要と考えたに違いないよ。

 好きな女に男が尽くすのは良くある光景じゃない。そうやって気を引いて恋人にステップアップしていくやり方。誰だって多かれ少なかれやってるはず。達也だってそうだもの。それだって実る時もあれば実らない時もあるのが恋。

 雛野先輩もそう。すべて計算尽くでポチにしてた訳じゃないはず。だってだよ、部屋に入れて下着の洗濯までさせてたんだもの。計算尽くの相手にそこまで誰がさせるものか。そこまで雛野先輩も藤原君の愛に応えていたんだ。

 あの二人がどこまで関係を深めていたかわからないけど、最後の一線は越えられなかったと思ってる。最後の一線の考え方は人によって違うだろうけど、雛野先輩にとっては途轍もなく重い物だよ。そりゃ、レイプ事件以来の男だもの。

 そこで二人の関係はこじれ始めた気がする。雛野先輩は藤原君を限りなく彼氏に近いものとしてたと思うけど、深い関係を結ぶ相手としては、どうしても認められなかったんだろうな。それこそが雛野先輩が背負っている十字架だ。


 雛野先輩のレイプ体験は強烈過ぎたけど、なんか凄い違和感があるんだ。この話の発端は片岡君の不調の原因が雛野先輩への恋じゃない。もっとシンプルに言えば片岡君の求愛に雛野先輩がどう答えるかじゃない。

 返事はYESかNOなんだけど、NOであってもここまで話す必要はないと思うんだ。それこそ片岡君を恋愛対象に出来ないだけで十分だと思う。男と女だから、そういう返事は普通に成立するもの。

 遁辞と言うか軽くいなすのなら、それこそ藤原君が好きでも十分じゃない。藤原君との関係はヌエみたいなポチだから、もう出来てたって断っても角は立たないし、片岡君はそれなりにショックだろうけど、それはそれで話は終わると思う。

 雛野先輩がレイプ体験をあえて話したのは表面的に取ればNOの返事だけど、ここまで話す必要はないと思うんだ。こんな経験は棺桶まで持っていく秘密にすべきものだと思うもの。ついでに言えば梅園先輩とのレズ話だって、藤原君とのポチ関係もだよ。こんな悲惨な経験をわざわざ話す意味って何かあるはず。