ミサキは加納さんとの夜があんな展開になるとは夢にも思っていませんでした。あそこまですべてを話してしまうとは信じられなかったのです。
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「コトリ副社長、あれで良かったのですか」
「やってもたし」
そりゃ、そうなんですが・・・ユッキー社長も賛成だったみたいだからイイか。
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「でもこれで、シオリちゃんが死にそうになったら、連絡くれるようになったと思ってる」
でもこれで、お二人がどれほどの覚悟をもって共益同盟との戦いに臨まれてるか、改めてよくわかりました。それとユッキー社長にも、
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「ミサキちゃんは死んではいけない。マルコと子どもが可哀想すぎるでしょ。それにシノブちゃんだって一人になったら可哀そうよ。これは首座の女神からの命令よ、三座の女神は四座の女神とともにエレギオンを守り通すのよ」
とはいえ、加納さんのスケジュールからしてパリ行きまで数日あります。そうとなればお二人は、
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「時間も出来たし」
「そうよ、いざザルツブルグへ」
はい、フルパワーの観光に勤しまれております。オーストリアもウィーンは出張で来ることはあっても、なかなかザルツブルグまで足を伸ばせていませんでしたからね。ザルツブルグでの宿はルッツが手配してくれたのですが、
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『ホテル ザッハー ザルツブルグ』
なんてことはない姉妹店ですが、なかなか良いホテルです。ザルツブルグといえばモーツアルト。生誕の家がモーツアルトハウスとしてミュージアムになっています。他にも見どころは多く、ホーエンザルツブルグ城もそうですが、ミラベル城で大興奮、
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「サウンド・オブ・ミュージックだよ」
他にもザルツブルグ大聖堂、ザルツブルグ・レジデンツ、祝祭大劇場などさすがに見どころがいくらでもあります。クルーズの時と違い時間にも余裕があるので、お二人はそれこそのローラー作戦で回られています。夕刻になりホテルに帰るとフロントで、
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「御面会希望の方がお待ちなっておられますが、どうなさいますか」
ユッキー社長はフロントで会うと判断されました。見るとがっしりとはしていますが、暗そうな雰囲気を漂わす男がいました。
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「お初にお目にかかります。私は共益同盟からの使者としてパリから参りましたオベロンと申します」
「私はエレギオンHDの小山よ。わざわざなにか御用」
「はい、プリンセス・オブ・セブン・シーズがサザンプトンに予定通り到着いたしましたので、すぐにもパリに来られるかと思っておりましたら、オーストリアに行かれたとお聞きし、様子を拝見して来るように頼まれております」
「じゃあ、報告しておいて。こちらの用事が済み次第、パリに向かうと」
「良ければ、今から御一緒に如何と」
「いえ、まだ用事は残ってるわ」
「ただの観光かと」
ユッキー社長はニッコリ笑って、
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「そうしか見えないのなら、そう報告しても構わないけど」
「ええ、そうしか見えません。そうである場合は至急お連れするように申しつけられております」
「あら、どうやって」
「造作もないこと」
あっと思ったら、男は机に突っ伏してしまいました。その瞬間にコトリ副社長が、
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「きゃぁぁぁ」
思いっきり黄色い悲鳴を、わらわらと人が集まってきて、
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「よくわかんないけど、急にこの人が倒れちゃったの」
なにか訳の分からないうちに使者と名乗った男は病院に搬送されていきました。警察も来たのですが、
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「初対面の人の売込みだった」
エレギオンHDの社長への売込みならありうるで、その場で放免。部屋に戻るとユッキー社長は、
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「さ、動くわよ」
荷物を手早くまとめ、チェックアウトも済ませてザルツブルグ空港へ。ミサキはホテルに頼んで、ザルツブルグでまたまた、これでもかと買い込んだお土産をウィーン支社に送り、日本に運んでくれるように手配しておきました。ザルツブルグからは空路でパリに向かえます。おおよそ三時間半ぐらいですが機内で、
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「あの使者は」
「そうよ神だった。人のコントロール術を掛けようとしてたわ」
やっぱり始末してたんだ。ここでコトリ副社長が、
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「ユッキー、あの神は変すぎるで」
「あんな神は見たことないもの」
「だからユッキーもあれだけ本気出したんやろ」
「ま、そうなんだけど」
たしかに陰鬱そうな男でしたが、
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「ミニチュア神だったのですか」
「違う」
「では使徒の祓魔師クラス」
「違う、あのクラスなら無防備平和都市のミサキちゃんなら危なかったかもしれない」
まったくもう、無防備平和都市ってなんなのよ。そうしたんはアンタらでしょうが。ホントこういう時になるとミサキは役立たずです。
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「変な感じとは」
「まずね、あのクラスの神が、別の神に従うことは通常ありえないのよ」
「じゃあ、共益同盟のナルメルは途轍もなく強大ってことですか」
「その可能性は依然として残るけど、それよりあの神よ」
ユッキー社長は何か考え込んでしまわれたので、
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「コトリ副社長はどう感じられたのですか」
「ミサキちゃんには見えへんから難しいと思うけど、もっと強いはずやねん」
「どういうことですか」
「あのタイプの神は読んだことしかないんやけど・・・」
あれ、コトリ副社長まで考え込んでしまわれました。しばらくしてから、
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「ユッキー、コトリは秘術の間で実は読んだことがあるねん」
「そっか、コトリも読んでたのね。私も読んだことはあるの」
「でも、あんなんホンマに出来るん」
「人には無意味な呪文だからね」
ここも聞いてみると、話はやはりアラッタの女官時代に遡るようです。二人が働いていた神殿は、祭祀の場所であるとともに、図書館機能も充実してたようです。様々な記録を記した粘土板がうず高く積まれていたそうですが、その中でも秘術の間と呼ばれた部屋があったそうです。
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「あそこはね、邪法とされた様々な術の記録が保管されてて、特別の許可がないと入れないところだったの」
「よくそんなところに入れましたね」
「まあね、許可は筆頭女官か次席女官の許可が必要だったから」
それじゃ、お二人はフリーパスみたいなもの。
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「なにか凄い術の記録があったのですか」
「ただ、おどろおどろしい言葉を書き綴っただけのもの。なんの効果もないわ」
やっぱりね。ただ、ここでコトリ副社長が、
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「コトリもそう思てんけど、気になるのがあるのよ」
「真の秘術ですか」
「真かどうかはわからんけど、神になって考え直すと、ちょっとね」
ユッキー社長も、
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「そうなのよね。コトリ、どれぐらい覚えてる」
二人で紙になにやら、書いています。
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「こんなんで良かったと思うで」
「わたしもそうだと思うけど。これだけじゃ意味ないのよね」
「そうやんか、だからとりあえず、こう変えるやろ・・・」
「やっぱりそうするよね、だったらここもこうなって・・・」
しばらくシュメール文字と格闘していましたが、
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「やっぱり足りないのよね。こういうものって一つになってない事が多いし」
「そうやねんけど、う~ん、う~ん、これに関連するものとなると・・・」
いったいなんなのかと聞いてみると、
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「エレシュキガルの秘術かもしれないの」
「それって、ユダが言っていた死者の復活術ですか」
「ユダが言っていたのはイナンナの時のものだけど、もう一つエンキドゥの時のものもあるのよ」
イナンナの時はドゥムジを身代りにすることによってイナンナは復活していますが、エンキドゥの時は太陽神のウツが冥界に穴を開けて助け出しています。
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「冥界にはエレキシュガルが設けた七つの門があるとされてるわ。イナンナもエンキドゥもここを通って冥界の中心部に行ったんだけど、帰りが違うのよ。イナンナは来た道を戻ったけど、エンキドゥは裏口というかバイパスを通って復活してるのよ」
それにしてもの疑問ですが、
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「そんなこと本当に出来るのですか」
「出来たのだけは事実よ。でもどちらの方法も今は謎なの」
「お二人が秘術の間で読まれたのは、そのどちらかの秘術の可能性があると」
「可能性だけよ」
コトリ副社長は、
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「他にも問題があって、そもそもどうやって冥界に入ったんかも不明やねん。主女神は冥界下りやったけど、よっぽど懲りたみたいで、話題にするのも嫌がったんよ」
そうだよね、イナンナは冥界に自分の意志で下ってるんだ。
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「それとやけど、あの共益同盟の使者の神やけど、気配が薄すぎる気がしたんよ」
「どういうことですか」
ユッキー社長も、
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「そうなの。あの使者の神はもっと強力なはずなんだけど、見かけだけで、ちょっと組んだら泡のように溶けちゃったの。神は死ぬ時に燃えるけど、泡のように溶けるのは妙すぎるの」
「それって・・・」
「後は共益同盟に行って確かめるしかないわ」
そこからしばらくでも眠りたいとのことで、お二人は眠りにつかれました。お二人が寝ている間にミサキはパリの宿の手配を。
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「ルナ、ミサキだけど。悪いけど今晩泊めてくれる。社長も副社長も一緒。ビールは必要ね、レフかグリムベルゲンでイイと思うけど。ヒューガルデン? 十分よ。それとアテも。生ハムとチーズがあるって、お二人には贅沢すぎるぐらいよ」