ルナはフランス食品産業界の大物、木曜会のメンバーでこそないものの、エレギオン・グループの中でもかなりの有力者。家はパリ郊外にあるお屋敷。
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「何回見てもデカイ家だねぇ」
社長や副社長とも個人的にも仲が良いのです。パリに出張の時に何度かお邪魔したこともあります。機内はLCCだったので食事もなく、空港から直行になっちゃいましたから、
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「ルナ、悪いけど、生ハムとチーズにもう少し足してくれる」
さすがはルナで手早く用意して整えてくれました。ビールを飲みながら、明日の作戦を検討です。
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「ところで冥界って地獄と同じ意味ですか?」
「違うよ。人がいう天国や地獄は宗教の都合で捻くりだした形而上ものやけど、冥界は別物で実在するよ。実在するからイナンナもエンキドゥも下ってるやんか」
「じゃあ冥界とは場所ですか?」
「ちょっと違う。それと人には行けないところだよ」
どういうこと?
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「コトリ、最初はユダじゃないかと思ったんじゃない」
「最初はな。でも、ユダは違う。あれはユッキーに近い能力でエエと思う」
なにか話が見えてきた気が、
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「えっ、それじゃあ、神の冥界って」
「そうやねん、そういう神がおってんよ」
「それってエレシュキガル」
「そういうこと」
ユダも神をカードにして自分の支配下に置きますが、エレシュキガルの能力はそんなレベルじゃなかったようです。ここでユッキー社長が、
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「古記録にはこうあったわ、
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『エレシュキガルの下僕になりしものは、
重き軛を架せられるなり
エレシュキガルの軛は、
すべてを見つけ、
すべてを捕え、
すべてを冥界に繋ぎとめる』
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この続きもあったはずだけど、残ってなかったの」
続けてコトリ副社長が、
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「他のところにあったんやったら、軛の幽鬼となるともあったわ」
「そこはわたしも読んだけど、
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『その姿、影のみになり、
燃えることなし
ただあぶくとならん』
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こうともなってた」
「それって、ザルツブルグに現れた共益同盟の使者の姿と・・・」
「だからビックリした」
ミサキの背中に薄ら寒いものが、あれは冥界の神だったんだ。
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「ナルメルはエレキシュキガルの秘術が使えることに」
「ユダはそう考えてたし、他に方法も思い浮かばないんだけど、とりあえずイナンナの方法じゃ自分が死んじゃうじゃない」
「ではエンキドゥの方法で」
ここで社長と副社長は顔を見合わせて、
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「エンキドゥの方法だけど、あれは失敗したか完全じゃなかった可能性があるのよ。たしかにエンキドゥはギルガメシュの前に現れたのだけど、影だけだったとされてて、段々薄くなって翌日にはいなくなってたとなったと聞いてるわ」
「まさか、それだったらエレシュキガルが自分で冥界から連れ出したことに」
またまた、お二人は顔を見合わせて、
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「違う気がするの。あれは普通の神ではないわ」
「そやねん、神は神やけど、むしろ存在って感じがする」
五千年前でも古記録による伝承レベルになってたぐらいですから、確かめようがない世界なのは確かですが、
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「エレシュキガルは神を取り込むことによって肥大化したらしいのだけど、肥大化しすぎてエレシュキガル自身にも制御できなくなったって言われてる」
「肥大化って天の神アンみたいな感じですか」
「そんな感じかもしれない。自分を制御できなくなったエレシュキガルは意識さえなくなり、ただ存在になったとされてるのよ」
ユッキー社長が知る伝承では、意識さえ失ったエレシュキガルは彷徨える存在になり、やがてあるところで動かなくなったと。
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「エレシュキガルが動かなくなったところが冥界よ」
「それはあったのですか」
「あったからイナンナもエンキドゥも行ってる」
当時の人なら常識であったらしく、誰もそこには近寄る者はなく、たとえ近づいた者がいたとしても、誰一人帰ってこなかったそうです。
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「ユッキーは子どもの時に脅かされたって言ってたもんな」
「そうなのよ、悪いことをしたら連れてくぞってね」
どう聞いても恐るべき神ですけど、
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「でもね、こんな伝承もあったのよ。エレシュキガルはもともとは慈悲深き神だったって。慈悲深いが故に、悪い神を退治したが殺せずに取り込んでいったと。またこうともあったわ。悪しき神を背負い続けた故に、心も悪に染まりそうになり、自らの意識を封じたとも」
でも、でもですが神として生き続けるためには、
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「宿主代わりはどうなってるのですか」
「それもエレキシュキガルについては不明で、伝承では意識だけで生き続けてるとも、岩とか土とかに宿ってるなんて話もあったの」
存在ってそういう意味か、
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「その後の行方は?」
「わかんないのよね、エレギオンに移ってからはエンキドゥの冥界下りが伝わったのが最後ぐらいだし」
「エンキドゥが冥界下りをした時期なんかわかんないですよね」
「あ、それ、それやったら今から四千六百年ぐらい前のこと。ただなんやけど、あの頃の貧乏エレギオンはユッキーと必死こいて機織りしとったぐらいの時期で、シュメールやエラムの話なんか気にする余裕もなかったし」
そうなんだよなぁ。いくら同時代の目撃者と言ってもエレギオンとシュメールじゃ遠すぎる関係だし。
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「まあ古代の話はこれぐらいでも知っとったら十分やねん。今の問題はパリにエレシュキガルが実在するらしいってこと」
「やっぱりエレシュキガルが黒幕なのでは?」
ユッキー社長がニッコリ笑われて、
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「エレシュキガルが相手だったらもう殺されてるか、冥界に落とされてるよ。イナンナでも敵わない相手だからね」
「じゃあ」
「おそらくエレシュキガルは利用されてるだけ」
利用すると言っても、そんな化け物みたいな神をどうやって、
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「わたしとコトリの推測が正しければ、エレシュキガルを利用していても、共益同盟のナルメル自体はそこまでではないはず」
「推測が外れれば」
「決まってるじゃない。死ぬだけよ」
ああまたギリギリの土壇場勝負になりそう。
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「ところでミサキちゃん、あなたは付いてくる気」
「もちろんです。これは社長命令でも、首座の女神の命令でも従えません」
ユッキー社長はニヤッと笑って、
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「ホントにどこでそう間違ったら、三座の女神がこうなったのやら。では、イイわ。明日は付いておいで。その代り、相当怖い思いをするかもしれないから覚悟しておきなさい」
「ちょっと待った、ちょっと待った。ユッキー、あれはアカンて、ミサキちゃんには留守番してもらう」
「いえ一緒に行ってもらうわ。あれはわたしにもコトリにも出来ないもの」
「そりゃ、そうやけど、ただの推測やないか」
「その時は覚悟してる」
「ユッキー、覚悟ぐらいで済まさへんで」
なにやら猛烈に嫌な予感が・・・でもやっぱりついて行く。そこに入って来たのがルナ、
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「なんにもなくてゴメンナサイね」
「イエイエこれだけあれば・・・」
テーブルから足元まで埋め尽くす空き缶の山、山、山。
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「まだまだありますから、持って来させます。それと片づけさせますね」
ルナも慣れたものです。ビールも補充されて、
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「ルナ、なにか聞いてる?」
「ギルマン事件以来、みんな震えあがってますわ」
ギルマン事件とはフランス出版大手のギルマン会長が怪死を遂げたものです。
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「あの事件の数日前に異業種交流会があってね」
「会ったの?」
「あんなもの耐えられるかって。でもひたすら怯えてた」
ユッキー社長は相変わらずのペースでビールを開けてますが、
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「警護は」
「警備員とか、ガードマンとか雇ってたみたいだけど・・・」
ギルマンが襲われたのは帰宅途中。ギルマンは前後に一台ずつ、合計十人のガードマンで守られていましたが、これが全滅。もちろんギルマン自身も亡くなっています。
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「ガードマンって民間警備会社からで、結構な選り抜きだよね」
「そうなのよ、傭兵上がりって言うのかしら。でも、これは噂だけど、全滅させたのはたった一人らしいのよ」
フランスでは共益同盟はそこまでやってるんだ。どんなに精鋭部隊であっても、強めの神の手にかかれば、赤子の手を捻るようなものだろうし。
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「明日、会って来るよ」
「メグミも共益同盟に入るの?」
「あははは、わたしが入る訳ないじゃない。ちょっとした挨拶だけ」
「でも気を付けてね」
「ありがと」