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「ここなんですか」
「そうや」
タクシーで下りたところは鬱蒼たる森の前。そこには十メートルぐらいありそうな巨大な門柱と鉄柵の門。ユッキー社長はタクシーの中からなにか考え事に集中されてるようなのでコトリ副社長に、
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「なんかバッキンガム宮殿の門みたいですね」
「センス良くないな」
コトリ副社長の感想はミサキも同意です。門自体は立派なんですが、なんとなく場違い感があります。ユッキー社長は守衛の詰所に来訪の意を告げています。通用門から入ると思っていたら、
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『ギィー』
門が開きます。
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「ちゃんと門を開けるぐらいのマナーはあるか。でも油を注しといた方がエエな」
門からは真っ直ぐに道が伸びており、その先に建物が見えます。とにかく遠い。コトリ副社長は、
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「迎えのクルマぐらい寄越せば良いのに」
「コトリ副社長なら馬車がイイんじゃないですか」
「別にスクーターでもエエけど」
ブツブツ言いながらやっとこさ森を抜けると、今度は広大な庭園。庭園と言っても噴水とかお花畑があるわけじゃなく、ただひたすらの芝生広場です。
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「甲子園より広そうですね」
「芝刈り大変そうやけど」
「それをいうなら、水やりなんてもっとたいへんじゃ」
「草抜きもな」
この芝生広場ならぬ公園も大きいもので、なかなか建物に近寄りません。それでもだいぶ近づいたところで、
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「おっきいですね」
「無駄な大きさや」
「でも玄関は小さいですね」
「ちゃうで、他がデカすぎるからそう見えるだけ」
東大寺と同様に回廊がグルっとあるのですが、これがすべてコンクリート造りで、なおかつすべて部屋になっているようです。東大寺もデカイのですが、あれを数倍にしたスケールです。門までたどり着くと、中から一人の男が出てきました。
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「お待ちしておりました。御案内させて頂きます」
コトリ副社長の言う通り扉もデカイわ。玄関は広いホールで、窓から大仏殿じゃなかった、この城館の本丸御殿みたいな塔も窓から見えるのですが、
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「どうぞこちらへ」
玄関ホールから中庭を通っては本丸御殿には行けないようで、男はミサキたちを右側の回廊に案内します。うひょ、なんちゅう長い廊下。回廊は外から予想した通り部屋になっています。これも思い浮かべてもらうなら、学校の教室がずらっと並んでる感じでしょうか。部屋の中は事務室のようで、多くの人が働いています。外からの見た目はクラシックですが、事務室の中は現代の会社の作りになっているようです。
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「共益同盟の事務部門でございます」
城館は南に向かって建っているのですが、回廊は正面から見てやや横長ぐらいの四角形です。いくつもの事務室を通り過ぎると、やっとこさ回廊の角に到着。ここは三階建てになっており、事務部門の食堂のようです。回廊の南東角の食堂から北側に向かいますが、ここもまた長い廊下と事務室が延々と並んでいます。
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「広いと言うか、長いというか」
「無駄な広さやな、あれじゃ使いにくいで。素直にビルにしときゃイイのに」
たしかにそうで、ひたすら横に長いので社内の移動は大変そうです。
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「動く歩道でも作っときゃエエのに、ケチッたんやろ」
北東の角も三階建てぐらいの塔になっています。
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「出来そこないの姫路城みたいや。バランス悪いで」
北東角の塔から本丸御殿というか、主塔に向かうのですが、回廊の北側部分は二階建て構造になっているだけでなく、なんかえらい複雑な道順になります。
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「建て増ししたんやろけど、設計ミスやで。火事になったら逃げられへんのが出るで」
その通りで、上がったり下がったり迷路のような構造です。主塔も複雑な作りで、基本は五階建ての四つの塔の真ん中に八階建ての主塔があるって感じです。ミサキはこのバカでかい城館のどこを歩いているのかわからなくなりそうです。
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「ここでお待ちください」
案内されたのは、おそらく控室みたいなところ。床は大理石、天井にはシャンデリア、壁にはタペストリー、やたらと豪華そうな応接セットみたいなもの。
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「ゼニはかかってるけど、センスはイマイチやな」
御意。話に聞く成金趣味って感じがプンプンします。お茶は出ましたが、そこから待たされる、待たされる。
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「古風なやり方やな。待たすことで権威を感じさせようなんてカビの生えた感覚やで」
それはそうなんですけど、サザンプトンからここまで来るのに何日寄り道したんじゃは置いとくことにします。
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「それとこの紅茶、アールグレイやけどティーバッグやで。妙なとこがケチ臭いわ」
それはミサキにもわかります。ティーバッグでも十分に美味しいはずですが、どうにもイマイチ感がある風味です。ここで沈黙を守っていたユッキー社長が、
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「コトリ見えた?」
「東の回廊にはおらへんかった」
「西の回廊にいるのか、ここにいるのか・・・」
「東側は純粋に事務部門でエエんちゃう」
ここで昨日の夜にユッキー社長からいわれた事を思い出しています。
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『ミサキちゃん、付いて来るには覚悟してね』
『はい。でも無防備平和都市宣言のミサキでもお役に立てるのですか』
ユッキー社長はじっと考えて、
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『そうならないようにしたいし、コトリとそうするつもりだけど、最悪の展開になった時にはミサキちゃんが切り札よ』
『ミサキが切り札?』
『そうよ、わたしとコトリの予想が正しけばだいじょうぶ。どんな非常事態になったと思っても自信を持って対応してね』
何が起こるって言うのだろう。ミサキに何の自信を持てと言うのだろう。ミサキは間違いなく神であり、エレギオンの三座の女神です。ただ今回のような女神の仕事、とくに対神戦になるといかに無力かは痛感しています。相手の神は見えませんし、戦う力は皆無。せめてと思って以前に、
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『ミサキにも一撃を教えて下さい』
『ミサキちゃんが一撃? 似合わないからやめとき。ミサキちゃんの真価はそんなところにあるんじゃないよ』