ツバル戦記:プロローグ

 エレギオンの女神も含む神のルーツはエランにあります。エランは五万年前の第三次人種間大戦(最終戦争)でギガメシュ国が人類滅亡兵器を使用しています。人類滅亡兵器とは、女性が産まれにくくなり、産まれても妊娠しにくくなるある種の生物兵器のようなものです。

 実はギガメシュ国もそういう効果があるのを知らず、狙っていた効果は人の能力を低下させるものです。そちらの効果はイマイチ過ぎるものであったようで、戦争に敗れたギガメシュ国は滅亡しています。

 人類滅亡兵器はアラ時代の末期にも用いられていますが、ギガメシュが使ったものは威力がかなりマイルドであったようです。ただマイルドであっても世代を経るごとに影響が無視できないものになり、研究調査の結果、最終戦争でギガメシュが用いた兵器の影響であることがやっとわかったぐらいで良さそうです。

 ギガメシュは滅亡したとしましたが、最終戦争は全面核戦争まで起こしており、終戦段階ではギガメシュ人も生き残らなかったとされています。これが人種間戦争の恐ろしさになります。

 人類滅亡兵器に関する情報も断片的なものしかありませんでしたが、その中に兵器に対する対抗策の記述が見つかったとして良さそうです。この辺ですが、エランでは一度兵器を使用すれば、必ず相手も同じ兵器を開発して報復に出るのが常識であったようで、その対抗策もセットで考えるぐらいで良さそうです。

 五万年前なのですが、ギガメシュはエランでも頭抜けた宇宙旅行技術を持っていました。ギガメシュが全面核戦争のスイッチを押した時に指導者たちは宇宙ステーションに移動していましたが、その規模はディスカルでさえ、

『いかにエランであっても、五万年前にこの規模の宇宙ステーションが実在していたとは信じられない』

 そんなギガメシュが宇宙探査の末に見つけていたのが地球であり、地球人類から採取した血液から作り上げたワクチンと言うか、血液製剤が人類滅亡兵器への切り札だったのです。

 当時のエランに地球の知識は、ほぼゼロであったとして良さそうです。しかし地球を見つけ出し血液製剤を作らないとエラン人類の滅亡は必ず訪れる事はわかっており、地球を探す宇宙探査がエランを挙げて行われることになります。

 この時に求められたのが長期間の宇宙探査技術です。エランでもコールド・スリープは発明されたようですが、長期のコールド・スリープは覚醒時の知能、知識、さらに精神状態に大きな影響があり、これを克服するのはエランでも限界があったようです。

 そこで産み出されたのが意識分離技術。こんなものが出来たのが驚異としか言いようがありませんが、肉体と精神、つまり意識を分離させてしまうのです。分離された意識はカプセルの様の物に詰めてられ、コールド・スリープからの覚醒時に肉体に戻ります。

 この意識分離技術には思わぬ副産物がありました。コトリ社長は肉体と言うタガを外れたためではないかと考えていますが、人としての能力が飛躍的に高まるのです。それだけでなく、いわゆる超能力のようなものも得られます。これらは当時のエランでは長期の無重力状態の影響と考えられていたようです。


 エランの大規模宇宙探査により地球がついに一万五千年前に発見されています。人類滅亡兵器対策のための血液採取・エランへの輸送も成功しています。ここでですが地球はエランと驚くほど環境が類似しており植民活動さえ行われています。

 エランから地球への航路は時間の壁を越えられる時空トンネルが用いられています。この時空トンネルですが固定の物ではなく変動があります。地球への植民活動が行われたころは片道二年程度でしたが、これが変動により五十年に変わったようです。

 エラン人の寿命も地球人類と大差はないため、往復百年の地球旅行に無理が生じ地球への植民活動は放棄されます。これは推測ですが残された地球基地のエラン人は生き残りのためにエラム文明を築いたのではないかとされています。

 地球への植民活動が終わった頃からエランの宇宙探査は縮小されていきます。この辺は地球以外に知的生命体どころか生命の痕跡さえ見つけられなかったのもあったそうで、さらに激しい人種間戦争の後遺症で利用できる資源の逼迫もあったで良さそうです。


 宇宙旅行の規模は縮小化されましたが、誰かが意識分離技術による人の能力の向上に目を付けたようです。宇宙旅行では長期の意識分離を行いましたが、エランでは一度分離した意識を戻すだけで人の能力が格段に向上することがわかったのです。

 お手軽に天才を作れる技術としてエランでは広く意識分離が行われます。その結果として新たに判明した副産物が覇権欲と猜疑心です。これも最初のうちは覇権欲は向上心、猜疑心は注意力の向上と見なされましたが、それどころでないことがわかります。

 ここからは意識分離を施された人を神としますが、神の覇権欲はエランの覇王を目指すことになります。神々は猜疑心から相容れず、覇権欲から相争う状況が出現しエラン社会に大混乱をもたらします。

 エランの宇宙探査は細々と続いていましたが、エランでも最長期となる宇宙探査に出かけたのがアラです。アラは十年にも及ぶ宇宙旅行を終えてエランに戻りますが、そこには神々の出現により戦争状態になった母星です。

 アラもまた神ですが、エランの混乱を収めるには神の撲滅しかないと判断します。神の能力ですが、アラによると無重力状態が神の能力の向上につながるそうです。十年の無重力状態を経たアラはエラン最強の神になります。

 政権を握り独裁者となったアラは神々を次々に打ち倒していきます。神の力にも強弱はありますが、弱いものなら人でも逮捕可能です。アラが逮捕した神だけでも十万人に及ぶとされます。

 ここでエランの特徴の一つですが、死刑は宗教的なタブーになっています。原因は三次に及ぶ凄惨な人種間大戦があり、勝者は敗者を抹殺しているからとされます。その反動からかとにかく死刑は絶対的なタブーです。

 十万人の逮捕された神の処分に苦慮したアラは、神の意識だけをカプセルに詰め込んで一万年前に地球に星流しにしています。この時の時空トンネルの位置では片道五十年が必要だったようですが、自動運転の流刑船は遭難もせずイラン高原に無事カプセルを着陸させています。

 エランでは分離した意識を肉体に戻すのに装置を使っています。しかしこの流刑船には意識移動装置は組み込まれていませんでした。そのままではカプセルの寿命とともに意識は死滅します。

 その時に神は新たな能力を獲得します。装置に頼らない意識移動能力です。十万人の神の中でどれほどの神が意識移動能力を得て地球人類に意識移動したかは知る術もありませんが、これに成功したものが地球の神になります。

 地球の神の能力はエランとは桁違いとして良さそうです。エラン最強であるアラでも無重力状態が十年ですが、地球の神は五十年です。地球の神々はイラン高原からエラム、さらにシュメールに住み着き都市の支配者である神として君臨します。

 エレギオンの主女神は、この時に強大な神として知られたイナンナです。地球の神も能力差がありましたが、イナンナはトップ・クラスとして良く、神さえ支配した天の神アンを倒し、その後継者とされたエンリルやエンキまで葬っています。

 ただイナンナは多重人格者的なところがあり、暴虐の限りを尽くす面と、慈愛を施す面が複雑に混じり合っていたようです。神話でも豊饒と愛欲の女神である一方で、戦い神でもあり残忍な野心家でもあるとなっています。

「ああそんなもんやで」

 イナンナはある時期からエラムのアラッタに住み女神として君臨していたようです。ユッキー副社長は大神官家の娘、コトリ社長は大神官家に買われた女奴隷でしたが、二人とも様々な経緯の末にイナンナの神殿の女官として仕えることになります。

「あの時のアラッタの主女神は慈悲の塊みたいやったよ」

 アラッタにウルクのエンメルカルの脅威が迫った時に主女神はアラッタから脱出し、放浪の末にエレギオンの地に新たな国を作ります。そして、

「あの時やと思うわ。記憶の継承を封じてもたんや」

 神が不死たる理由は記憶を継承していく事ですが、宿主である人の寿命が尽き、新たな宿主に移り変わる時に主女神はその記憶の継承を止めたようです。さらに主女神であるイナンナの暴虐の面が出た時に抑止できるようにユッキー副社長とコトリ社長を神にしています。エレギオンの首座と次座の女神の誕生ですが、これが五千年前とされます。

 首座と次座の女神はコロコロと性格の変わる目覚めたる主女神を宥めすかしながら、千年の時を過ごしますが、最後の目覚めたる主女神が首座と次座の女神を再び吸収して一体化しようとした時に、これを眠れる主女神に変えています。

「よう出来たものやと今でも思てるぐらいや」

 眠れる主女神になり政治的には安定し古代エレギオンは繁栄していったそうですが、事実上二人の女神で国を運営しているようなもので、必要に迫られ新たな女神を作られます。

 三座の女神・・・医療福祉担当
 四座の女神・・・教育担当

 この時についでのオプションで三座の女神には秘書機能が与えられ、四座の女神には首座と次座の女神が不慮の事故で不在になった時の司令官機能が付与されたと聞いています。


 四人の女神は、共和制ローマから帝政ローマになる転換期に古代エレギオン王国が滅ぼされるまで三千年、さらにシチリアに移されてから千六百年の間、エレギオンの民を守り続けます。しかし魔女狩りの嵐の中でエレギオン国民にまで裏切られる事態が生じ兵庫津までの亡命を余儀なくされます。

 兵庫津にたどりつた首座と次座の女神はエレギオンを失った喪失感と長すぎる生に倦み、お互いの記憶を封印し、首座の女神は主女神と三座・四座の女神を抱えて別れることになります。

 それから四百年、運命は再びエレギオンの女神を巡り合わせます。固く封じられていたはずの記憶の封印が解かれて行ったのです。この過程で首座の女神は、

 主女神・・・・・・・加納志織
 三座の女神・・・香坂岬
 四座の女神・・・結崎忍

 抱えていた女神を人に移しています。このうち次座と三座と四座の女神はクレイエールに就職し、首座の女神は主女神が宿ったシオリさんの夫である山本先生に宿ります。そして五女神が一堂にそろって会う事になったのが七十六年前になります。

 この時の首座と次座の女神は長年の確執からガチの対決になり、同席していたミサキもあれほど怖い時間はなかったと思います。後にミサキは冥界に送り込まれたりもしましたが、あの時にパニックにならずになんとか冷静に対処できたのは、この時の経験のお蔭と思っています。

 その後は対魔王戦、対ディオルタス戦、コトリ社長の小島知江から立花小鳥への宿主代わりの不安定期の助力、さらに魔王との最終決着戦を経て首座と次座の女神の友情は復活し、今のエレギオンHDを作り上げています。

 宿主である人が死ねば新たな宿主に移るのが神ですが、これも現代では当たり前ですが完全に別人になります。女神とはいえベースは人ですし、女神が安定して暮らしていくには衣食住の保証が必要になります。

 そのために様々な経緯はありますが、主女神・三座・四座の女神はそれぞれ加納志織、香坂岬、結崎忍からの記憶を受け継ぐことになっています。具体的にどうなっているかですが、

 主女神・・・・・・・加納志織 → 麻吹つばさ
 首座の女神・・・木村由紀恵 → 小山恵 → 如月かすみ
 次座の女神・・・小島知江 → 立花小鳥 → 月夜野うさぎ
 三座の女神・・・香坂岬 → 霜鳥梢
 四座の女神・・・結崎忍 → 夢前遥

 首座から四座までの四女神はエレギオンHDのトップ・フォーとして君臨していますが、主女神のシオリさんはフォトグラファーをされています。

「昔から君臨すれども統治せずが主女神やからエエんちゃう」

 エレギオンHDのトップ・フォー人事についても、宿主代わりに伴う人事をどうするかは問題でしたが、コトリ社長が復帰する時にHDの社内事情もあって強引に復帰され、以後も宇宙船騒動もあってミサキもシノブ専務も強引に復帰して社内も世間も、

「エレギオンHDのトップ・フォーはああなってる」

 これぐらいで何故か納得してくれるようになっています。具体的には副社長や専務、常務の席が空いてもそれを埋めずにおかれます。たださすがに小山前社長が怪鳥事件で宿主代わりに入ったので社長席を空けるわけにはいかず、今は、

 月夜野うさぎ社長
 如月かすみ副社長(予定)
 夢前遥専務
 霜鳥梢常務

 この人事にするのも一悶着があり、コトリ社長は首座の女神が復帰すれば社長に戻るべきだと主張しましたが、

「今度こそ約束を守ってもらうわ」
「首座の女神が下におったらやりにくいやんか」
「なに言ってるのよ、次座の女神を部下に使うのがどれだけ厄介か」

 約束と言うのは四千年前に眠れる主女神にして政権を握った時に、お二人は交替でトップの座を担当するはずだったそうです。それが国情からそれが出来るような状況でなく、首座の女神は氷の女神として厳しさで統制し、次座の女神は微笑みでそれをフォローする担当が固定してしまったそうなのです。

「古代エレギオン王国運営じゃなく、たかが会社経営じゃない。今度こそ交替よ」

 首座の女神は学生ですからエレギオンHDとは無関係の人ですが、復帰次第副社長という事でミサキたちはユッキー副社長と呼ばせて頂いています。

「ユッキーが大学院に進むのは意外やった」
「やはり第四次調査狙いでしょうか」
「第三次調査は行けんかったからな」

 コトリ社長が意外と口にしたのは、氷の女神であるユッキー副社長が極度の寂しがり屋だからです。その寂しさを埋めることが出来るのはコトリ社長だけで、ミサキやシノブ専務でも無理です。コトリ社長は大学院まで卒業して十年間も不在にしていましたが、その間がどれだけ大変だったことか。


 それと驚いたと言うか、さすがと言うべきかなんですが、ユッキー副社長が宿主に選ばれた如月かすみは港都大法学部の学生。一年の途中から宿られましたが、二年で司法予備試験、三年で司法試験に合格し司法研修も終えられ弁護士資格を得ています。

 この辺は小山恵時代は社長業をやりながら同様のコースで弁護士資格を得ていますから、可能と言えば可能ですが、公認会計士試験まで合格しています。正式の公認会計士仁るにはさらに実務経験が必要ですが、これはエレギオンに復帰してからになります。

 港都大法学部の中でも超人とまで呼ばれているそうですが、ユッキー副社長が選んだ大学院は考古学部エレギオン学科。さすがにあれこれ問題はあったようですが、

「ユッキーのやつ無茶するで」

 なんと相本元教授に頼み込んだそうです。相本元教授も九十六歳ですが、一目で首座の女神と見抜いたそうで無事入学となっています。相本元教授は世界のエレギオン学の草分けですし、その権威は今でも世界一ですからね。

「ミサキちゃん、第四次調査の協力依頼があったらよろしく」
「もちろんです。今度こそホテルでも建てますか」
「プレハブでエエやろ。もっともアングマールを目指すかもしれへんから、ヘリじゃ間に合わんかもしれへん」

 今日もエレギオンHDは平常運転です。