宇宙をかけた恋:惜別の宴

 ジュシュル船長たちを三十階招いています。

    「小山社長、まさか伝説の浦島夫妻が生き残っておられるとは感無量です。でもどうやって、今まで・・・」
    「記録を読んでいないのか。地球の神が宿主を移動するのに装置は不要だ」
    「そんなことが本当に・・・」
    「リスクは生じる。でも悪いが、他はわたしとて調達は無理だ。それに乙姫も浦島もエランのアラ時代に産みだされた神だ。始末はエランでするのが筋だろう」
    「いえ、御高配に感謝します」

 そこから雑談になったのですが、

    「我々が武力行使を行っていればどうなっていましたか」
    「たぶんガルムムと同じ運命。でもそうしたくなかった。エランに第二のアラルガルが誕生しているとは夢にも思わなかった」
    「いえ、偉大なるアラの足元にも及びません」

 ユッキー社長は少しだけ厳しい顔で、

    「ジュシュルよ、お前の力は乙姫や浦島を上回る。いざとなれば決心するがよい。そうはならないと見てるがな」
    「そこまで見えるのですか」
    「それぐらい見えないと地球では生き残れない」

 ジュシュル船長は、

    「本当はあなたに来て頂きたかった。そうなればエランは再び栄光を取り戻せるでしょうに」
    「政治は厭きた。それにわたしとてアラルガルの半分しかエレギオンを守れなかった。アラこそ真の英雄。神の力など微々たるものだ。本当に必要なのは人の力だ」
    「もうお会いすることもないと思います。でも、地球の女神の心からの協力があったことを忘れません。もしエランに到着できれば、長く語り継がれることになります」

 ユッキー社長は表情を緩められて、

    「そんなに大げさに考えなくてイイよ。困った時はお互い様って言葉が地球にあってね、ちょっと助けてやろうと思っただけ。気まぐれよ」
    「いえ、やって頂いた事は・・・」
    「ジュシュル、あなたもこれから長い記憶の旅に出るわ。百年、二百年なんて瞬きするぐらい短く感じるようになる。アラで一万年、わたしで五千年よ。いつの日かエランがかつての輝きを取り戻した時に宇宙旅行に招待してね」

 ジュシュル船長は驚きながら、

    「どうしてそれを・・・」
    「アラに聞いたのよ。意識移動技術自体は難しいものではないってね。意識分離技術さえあれば容易だってさ」
    「でもエランにはシリコンが・・・」
    「あれは最初に意識分離をする時には大量に必要になるけど、一度分離してしまえば移動にはちょっとで十分よ。それにシリコンを海に捨てたのはジュシュル、あなたじゃない。もうシリコンはエランに無いことを示すパフォーマンスとして必要だったわ。でも、ちゃんと残ってる」

 そこまでユッキー社長は読んでたのか。

    「なにからなにまでお見通しですか」
    「一つ教えておくわ。宿主の移動に装置は必要ないのよ」
    「それは地球の神だから」
    「地球の神もエランで作られた神だよ。浦島や乙姫だって出来たんだ」

 それを教えちゃうの。

    「どうしてアラルガルは移動しなかったのですか」

 ユッキー社長は遠くを見るような目になり、

    「アラの宿主の移動はわたしなら出来たのよ。コトリも頼んでたから、やるはずだったの。でもアラは拒否したわ。アラの気持ちはよくわかったわ」
    「どういうことですか」

 ユッキー社長はきっとシラクサからの脱出と、兵庫津でコトリ副社長と互いの記憶を封印したエピソードを重ね合わせているんだと思う。あの時の二人は、四千六百年に渡って守り続けていたエレギオンを失った虚無感でいっぱいだったはず。

    「うふふふ、アラも完璧な人間ではなく、神の猜疑心に常に苛まされてたのよ。それを紛らすために、享楽に走った時期もあったでしょ」
    「え、ええ」
    「でもね、アラは最後の最後のところで踏みとどまりつづけたのよ。それを九千年よ。あれほどの英雄は二度と現れないと思うわ。そう、ジュシュル、あなた以外にはね」

 ジュシュル船長はビシッと立ち上がり、エラン式の敬礼を行い。

    「あなたが地球の総統になられないのが不思議過ぎます。それが地球にとって良いことかどうかの判断は付きませんが、いつの日かエランへの宇宙旅行に招待させて頂くことを約束します」
    「楽しみにしてるわ。ずっと待ってる」
    「その時にお願いが・・・」
    「それもOKよ。今からでもイイけど、先に励みがあった方が頑張れるでしょ。良い航海を」
 この光景どこかで見たような。そうだ、そうだ、アングマール戦のセカと首座の女神だ。セカは四女神を選べる栄誉を受け、氷の女神の首座の女神を選んだんだ。ユッキー社長はジュシュルにセカを見たのかもしれない。あのエレギオン最大の英雄であるセカを。


 三日後にエランの宇宙船は神戸空港を飛びたっていきました。ユッキー社長もコトリ副社長も、ミサキも屋上の展望デッキから見送らせて頂きました。

    「ユッキー、無事帰れるかな」
    「帰れるよ。ジュシュルがいる限り必ずエランに戻るさ」
    「一緒に行っても良かったのに」
    「そうね、エレギオンがなければ行ったかもしれない。まあ歳なのもあったけど。それでも久しぶりに首座の女神に相応しい男を見た気がするもの」

 ユッキー社長の横顔が寂しそうです。

    「エランにもイイ男たちがいるね」
    「そやな。アタブも爽やかなエエ男やった」
    「やったの!」
    「コトリの初物やで。これで子どもが出来たら、正真正銘のエラン人とのハーフや」

 さすがにコトリ副社長、手が早い。

    「ミサキちゃん、ディスカルとはやったの」
    「やってませんよ。コトリ副社長こそ、いつのまに」
    「そうよ、そうよ、わたしも忙しくて時間が取れなかったのに」
    「そりゃ、コトリは知恵の女神」

 ホントにやったのかな。まあ、どっちでもイイか。誰とやろうと女神の勝手だものね。ん、ん、ん、もしかして。ユッキー社長がジュシュルとセカを重ね合わせてるとしたら、

    「ユッキー社長、いつからだったのですか」
    「最初に空港ロビーで会った時からよ」

 あんなに怖い顔して交渉してたのに、あの時に見初めていたなんて。

    「じゃあ、あの十六時間のマラソン会議をまとめあげたのも」
    「そうよ、早く話がまとまった方がジュシュルも喜ぶと思って」

 こりゃ、ツンデレなんてレベルじゃないよ。

    「浦島夫妻の件もですか?」
    「そりゃそうよ。血液製剤だけでなんとか満足してもらおうと思ったけど、どうしても地球人が欲しいのを断念させることが出来なかったじゃない。だから助けてあげた」
    「ジュシュルが武力行使を行うリスクはどれぐらい見積もられていたのですか」
    「半年ぐらいは待ってくれたと思ってるけど」

 なのに岡川首相を脅し上げ、米中露の三国首脳まで巻き込んでのあの騒ぎ。

    「ジュシュルも急いでたじゃない。離陸予定までに間に合わせるにはあれしかないでしょ。感謝してくれてると思ってるけど」
    「本当にやってないのですか」
    「やってないって言ったよ。神の言葉を信じなさい」

 やっぱりやってたんだ。あの忙しい最中によくもまあ。

    「ミサキちゃんも良かったでしょ」
    「ミサキはやってませんよ」

 やってたけど、ミサキのキャラとして言えないじゃないですか。

    「わたしの勝ちかな」
    「えっ、どういう意味ですか」
    「神は不死なのよ。ジュシュルはいつの日か迎えに来てくれる。たとえ、それが千年先でもね。ホントに楽しみだわ。会う時にはどんな服にしようかな」

 あのね、千年先ですよ、千年先。でもセカに重ね合わせたら本気で待つかもしれない。それこそが首座の女神の恋かもしれない。

    「やっぱり神式かな」
    「エランの結婚式なんて知ってる訳ないじゃないですか!」
    「あれ、聞いてないの。わたしも忙しくてそこまで聞けてないの。今度、コトリに聞いておこうっと」

 まったく、気が早いというか、気が長いと言うか。でもロマンチックかも。そりゃ、

    『宇宙をかけた恋』

 こう言えそうだもの。そこにコトリ副社長が来て、

    「さて店じまいせんとあかんな」
    「おもしろかったけど、終わっちゃったものね」