怪鳥騒動記:売れ残りの会

    「シノブちゃん、それって公私混同やで」
    「そうよ、仕事相手を口説き落とすってなによ」

 でも目が笑ってる。

    「ユッキー社長、コトリ先輩。エラそうに仰られますが、柴川教授を口説いた時は公私混同じゃなかったのですか」
    「あっ、それは・・・」
    「あの時は、つい・・・」

 なにが『つい』よ。二人してポーズ取って誘惑したのは知ってるんだから。

    「それはさておきでやな」

 さておきで逃げるな、

    「告白したん」
    「もちろん」
    「チューは」
    「もちろん」
    「やったん」
    「もうすぐの予定」

 さすがにあの夜にベッドはね。やっても良かったけど、そっちぐらいはマモルに誘って欲しいじゃない。

    「逃がしたらアカンで」
    「そうよ、バッチリ釘づけしときなさい」

 釘付けしたって逃げられるときは逃げられるけど、今度はトットとガッチリやるつもり。白い糊でも赤い印でもなんでも来いだ。

    「シノブちゃんも今年で三十一歳になるから、エエ相手やと思うで。相手もそんなシチュエーションやったら真剣やろ」
    「アカネさんが今年だから、シノブちゃんは来年ぐらいかな」

 式となればそれぐらいかかるものね。

    「釘づけする時に乱れ過ぎんようにな」
    「そうね、シノブちゃんは集中しすぎるから、いきなり全開になりそうだし」

 そこは注意しておかないと。

    「これで売れ残りの会もコトリとユッキーだけになってまうな」
    「わたしは入っていないわよ」
    「なに言うてるねん。もう七十九やんか」
    「だから売れ残ってないって。ちゃんと売却済みよ」

 売却済みって影も形もないじゃない。

    「誰やねん相手は?」
    「ジュシュル」

 ジュシュルは十二年前に訪れたエラン宇宙船の船長であり、エランの総統。

    「ジュシュルも八年前に亡くなってもたやないか」
 ジュシュルは地球から人類滅亡兵器対策のためと大量の血液製剤と、浦島夫妻を連れて帰ることに成功したんだけど、母星では副総統のザムグが裏切り、ジュシュルはエランに帰った直後から戦乱に引き込まれちゃったんだ。

 一年の苦しいゲリラ戦を戦い抜いたものの、頽勢の挽回は困難と判断し、地球から預かった浦島夫妻を地球に送り届ける最後の作戦を展開してる。

    「あの時にディスカルの乗った宇宙船を援護するためにアダブが亡くなったのは間違いないよ。これはディスカルも見ていたもの」
    「そんなん言うけど、ジュシュルは二十倍ぐらいのザムグ軍に完全包囲されたんやで」
    「でもジュシュルの死を見た者は地球にいないわ」

 最後の作戦はジュシュルが囮になってザムグ軍の主力を引きつけ、それで手薄になった宇宙船基地をディスカルとアダブが別働隊を率いて襲撃する作戦。

    「コトリ、ジュシュルは首座の女神が認めた漢よ」
    「それは知ってるけど、気合で兵力差は覆せんで」

 ユッキー社長はまるで遥か彼方のエランを見るように、

    「ジュシュルは決してあきらめる男じゃない。どれだけの苦境に立っても、最後まで希望を燃やし続けられる男だわ」
    「どんなに立派な男でも矢に刺されば死ぬし、切り殺されれば死ぬ。どれだけそれを見て来た思てるねん」

 古代エレギオン時代の女神の男たちは高潔で勇敢。それこそ男の中の漢だったのは叙事詩にも謳われてるし、シノブも何度か聞かされたことがある。

    「イッサや、リュースやって魔王の前では無力やってんや。バドだって・・・」
    「コトリ、バドの話はやめましょう。コトリの言う通り、最後の作戦でジュシュルが勝つことはありえない。最後の作戦で生き残った将兵がいるかどうかも疑問だわ」
    「だったら」
    「だからジュシュルは英雄なのよ!」

 ユッキー社長の顔が紅潮してる。

    「ジュシュルは最後の賭けを行ったはず。それにさえ勝てればザムグを倒せる」

 どういうこと。部隊が全滅したら倒せるはずないじゃない、

    「ジュシュルだって、そこまで苦労を伴にした将兵を死に追いやるのは心苦しかったと思うわ。でも、あれ以上、戦力が減ると浦島たちを地球に送り返せないと判断したでイイと思う」
    「ユッキー、まさか」
    「そうよ。極限状態にジュシュルは自分を追い込んだのよ」

 コトリ先輩は気づいたみたいだけど、どういうこと。

    「シノブちゃん、地球の神がどうして自力で宿主移動できるようになったかなのよ」

 これはミサキちゃんに聞いたことがある。浦島夫妻が宇宙船の故障で地球に取り残された時に、最初の頃は意識移動装置で命をつないでたって。だけどそれもついに動かなくなり絶望の中に放り込まれたんだって。そりゃ、そうだろう。そして絶望の中で悶え苦しんだ末に自力で宿主移動が出来るようになったらしい。

    「じゃあ、ジュシュルはあえて完全なる死地に向かったとか」
    「それ以前にも試していたはずなんだ。でも出来なかったでイイと思う。ジュシュルはそれぐらいでは足りないと考えたんだと思ってる」

 最後の作戦にそんな意図が込められていたなんて。

    「仮にジュシュルが自力での意識移動が可能になったとして、ザムグに勝てるのでしょうか」
    「ジュシュルはかなり強かったよ。浦島たちさえ上回るぐらい。さらにだよ、エランへの宇宙旅行の二年もさらにプラスされてる。エランから離れたことがないザムグが勝てるわけないよ」

 でもたとえジュシュルがザムグを倒したとしても地球に来れる宇宙船がないはず。

    「もうエランにあれだけの宇宙船を作れる力は残っていないとディスカルは言ったわ。その言葉にウソはないと思うよ。でもね、作らないとエランは滅ぶのよ。ジュシュルなら必ず作り地球に来るわ」

 ここでコトリ先輩が、

    「ジュシュルなら出来るかもしれん。意識移動も宇宙船建造も。あれだけの男はそうはおらんからな」

 これもミサキちゃんに聞いたんだけど、ユッキー社長はジュシュルが地球人をエランに連れて帰ろうとしているのを察知し、これを阻止するために怖い顔と睨みまで使ったそうなのよ。怖いたって半端なものじゃなくて、ミサキちゃんでも震え上がったって言ってた。でもジュシュルはその怖い怖い顔と怖ろしい睨みを昂然と睨み返し、

    『社長は強い。それはわかったが、エランの総統として、どうしても地球人を連れて帰らなければならない。これがエランに残された最後のチャンスなのだ』

 それこそ部屋中がビリビリするような物凄い気迫で言い放ったって。その姿にミサキちゃんも痺れまくたって言ってた。聞いただけのシノブもそうだもの。

    「とりあえずユッキーは売れ残りの会から除名や」
    「ありがとう」
    「百年ぐらい待つ気か」
    「二百年は待ちたいな」
 ユッキー社長が一途なのはコトリ先輩から何度も聞かされたけど、ここまで一途なんだ。たしかにユッキー社長の思い通りに事が進めば、再びジュシュルは地球に、いやこの神戸に戻って来るはず。

 でもかぼそ過ぎる希望なのよね。それでも希望があれば、そしてそれが愛する男であればいつまでも待ち続けるんだ。これこそ首座の女神の恋かもしれない。