宇宙をかけた恋:傷心

 宇宙船には地球人である浦島夫妻も乗っていたのですが、ミサキもあの場で浦島夫妻の存在を伏せました。あの時は社長も副社長も倒れてしまい、少々慌てたのですが、なんとか伏せ切ることが出来ました。

 浦島夫妻のエラン経験は相当過酷であったようで、何を聞いても首を左右に振るばかり。それでもなんとか聞きだせたのは、

    「千七百年待ちつづけたエランに行かせてもらえた事は、感謝していると小山社長に伝えて欲しい。あれこれ聞きたいであろうが、わらわも浦島も当分は話す気になれぬ」
    「どうされますか?」
    「竜宮島に送って頂けるか」
    「かしこまりました」

 もうヘリはコリゴリなのと、竜宮島までの日本の風景を見て行きたいとのことで、電車と船で送る手配をさせて頂きました。

    「おそらく、この身で二度と竜宮島を出ることはないであろう」
 これが最後の言葉になっております。


 ディスカルの憔悴も目を覆うばかりでした。意識を取り戻してからもボンヤリしている日が多く、時折つぶやくのは、

    「生き残ってしまった・・・」

 反応があったのは浦島夫妻が無事竜宮島に戻った話を聞いた時で、

    「総統、ディスカルはなんとか使命を果たしました」

 ミサキはその時が来たと感じました。こういう人を癒す事こそ、癒しの女神の本領だと。時間の許す限りディスカルに癒しの力を送り込みました。その甲斐あってか、段々と元気を取り戻してくれてきているようです。

    『コ~ン』

 今日は三十階にディスカルを招いています。

    「また、ここに来る日があるなんて・・・」

 ユッキー社長も、コトリ副社長も精一杯の歓迎をしてくれています。ディスカルは部下たちに地球順応教育を行ってくれることに感謝の言葉を述べ、これからも力になって欲しいとユッキー社長に何度も地球式に頭を下げていました。

    『カンパ~イ』

 どんな展開になるかと思っていたのですが、口火を切ったのはコトリ副社長でした。

    「ディスカルも食い物に苦労したんちゃうか」
    「でしょ、でしょ、特別食をあれだけたらふく食べて、舌肥やしちゃったら、エランで飢え死にしないかと心配してたのよ」

 ディスカルは思わぬ話題に驚きながら、

    「あれは麻薬みたいなものですね。せめて統一食に、もう少し味付けしようと思っても、エランには何もなくて困りました」
    「ジャムとかバターとかもあらへんの」
    「ええ、なんにもないのです」

 食文化もそこまで退化すると厳し過ぎるな。

    「お土産にもらっていたジャムが無くなった時に、天は我を見放したかと思ったものです」

 そうなのよね。エランには果物さえ無くなっているって話だもの。

    「そしたらアダブが一瓶隠し持ってて、歓声をあげて襲いかかったら床に落としてしまい・・・」

 アダブが悔しがって暴れ回ったとか。

    「今の施設の食事はどう」
    「部下たちは狂喜してましたよ。私が地球にはもっと美味しいものがあるって言うと。『美味しい』とはなんだで大変でした」
    「どう、地球には馴染めそう」
    「なんとかなると思っています。いや、そうさせます」

 後は地球の服の話、全自動でない人の手による散髪の話、日本式の大浴場の話・・・

    「シノブちゃんじゃなかった、夢前の評判はどう」
    「そりゃ、もう。女神と言うあだ名が付いてますよ」
    「独身だからチャンスはあるよ」
    「そんな事を部下に言わないで下さい。決闘をやりかねませんよ」

 ひたすら他愛無い話ばかりをユッキー社長も、コトリ副社長も持ちだします。ミサキにも狙いがわかります。浦島夫妻の話からして、口に出すのも辛い体験をしているのは間違いありません。だから様子を見てるんだって。そしたらディスカルが、

    「聞かないのですか。そのために呼ばれたと思ってましたが」
    「聞かないよ。聞いても、聞かなくても変わらないもの。ディスカルには前を向いて欲しいと思ってるだけ」
    「そやで。まだ人生長いんや。ディスカルが話したくなったら聞いたげるけど、そんなもん今日明日に聞かんとアカン理由もないし」

 なんかホッとした表情のディスカルが印象的でした。

    「そんな辛気臭い話より、もっと大事な話があるんや」
    「なんでしょうか」
    「ミサキちゃんはずっと待ってるで」
    「ちょっと待ってください。こんなところで、持ちださなくとも・・・」

 まったくコトリ副社長ときたら、そしたらユッキー社長まで、

    「こっちに来てからしたの?」
    「してる訳ないじゃありませんか。あんなところでどうやって・・・」
    「そんなもの、ソファが一つあれば十分でしょ。床だって出来るわよ」
    「やってません」

 さらにコトリ副社長が追い打ちを、

    「その気さえあったらトイレでも出来るで」

 そしたらディスカルまでが、

    「地球人はトイレでもやるのか・・・」
    「ミサキはやりません。トイレでもやりかねないのはコトリ副社長です」

 この日はさんざんで、シノブ専務までもが、

    「ミサキちゃんは激しいって聞くけど」
    「ミサキはそんなに激しくありません。ユッキー社長やコトリ副社長の足元にも及びません」
    「いや相当やで。見た目とのギャップが凄すぎるんや。ああいうのを人が変わるって言うんちゃうやろか」
    「見てたのですか!」

 そしたら二人で、

    「夏は隣までガンガン聞こえてた」

 いつの時代の話なのよ。そしたらディスカルがポツリと、

    「地球人ってこんな感じかと思ってたが、ミサキが特別なのか・・・」
    「ちがいます!」
    「あら、どう違うの。ミサキちゃんが特別じゃなかったら、あれが地球人の普通になっちゃうじゃない」
    「そやそや、エラン人に妙な誤解を与えてまうで」

 もう、

    「ミサキの普通は女神としての普通です。仕方ないじゃありませんか、四千年の蓄積が出来ちゃってるのですから。シノブ専務だって激しいでしょ」
    「私は大人しいわよ。ミサキちゃんには遠く及ばないもの」
    「うん。シノブちゃんはそんな感じかな」
    「ミサキちゃんとは全然違うもの」

 裏切り者めが、

    「だから素直に認めたら。これはエランとの友好問題だもの」
    「そうや、性教育も大事だし」
    「だから、どうしてミサキを引き合いに出すのですか。単に個人差が大きいだけで済む話でしょうが」

 そしたら三人が口をそろえて、

    「だってわかりやすいじゃない」
 こいつら、いつか復讐してやる。でもディスカルも楽しそうでした。ミサキが笑い者にされても、ディスカルが楽しんでくれたらミサキは幸せです。早く元気になって、そして燃えましょ、灰になるまで。