宇宙をかけた恋:後始末

 さっそく陣頭指揮に立ったユッキー社長は、まず中田首相を呼んで密談です。

    「総理は今後のエラン人の処置をどうお考えですか」
    「それはもちろん星際親善の観点から、手厚くもてなす方針だ」
    「具体的には?」
    「エラン人のための居住施設を作り・・・」
    「収容所で買い殺しですか」

 これは前例があります。四十年前の時のエラン宇宙船乗組員は、一般人との接触が禁じられ、隔離収容施設で終生を過ごすことになりました。可哀想でしたが、さすがに市民として遇するほどの度量が政府にも、当時の下山元首相にもありませんでした。

    「可哀想だが、結果としてそうせざるを得ない」

 ここから見る見るユッキー社長の顔が怖くなります。

    「わたしは反対です」
    「と言われても・・・」
    「わたしは地球側全権大使であるだけではなく、エレギオンHDの社長であることもお忘れなく」
 中田首相の顔に冷汗が出てるように見えます。エレギオンHDは与党の有力スポンサーでもあります。表と裏の献金量を合せると、他の日本の財界すべてに匹敵するほどのものがあります。

 中田首相の党内権力基盤は決して盤石とは言い難く、エレギオンHDが中田首相を見放したとなれば、党内権力闘争の嵐が吹き荒れるのは必至です。こういう手法は普段はあまり用いないのですが、エラン問題のためなら止むを得ないかもしれません。

    「小山代表は、どういうお考えですが」
    「地球人になってもらいます」
    「そんな無茶な」
    「エラン人と地球人は種として酷似しており、子どもも生まれます。星際親善を目指すなら当然のことです」

 ここからユッキー社長のプランを聞いて首相は蒼白を越えて土気色になっています。

    「そんな事は許されない」
    「法は国民の上に立ちますが、為政者は法を越えます。実にたやすいことです」
    「もし、この事が世間に知れれば・・・」
    「あなたもわたしも破滅です」

 ユッキー社長は強烈な睨みも入って来ています。こんな時に首相になった不幸に同情します。でもこうなったユッキー社長相手に異論や反論できる人間はまずいません。神でさえ、平気でぶぅ垂れることが出来るのはコトリ副社長ぐらいです。

    「実行はECOが行います。首相は戸籍で便宜を図って頂ければ結構です」

 中田首相の手がブルブル震えています。

    「そんな陰謀に加担する訳には・・・」
    「どうしても拒否されるのなら、総理の椅子に座りたい人間はいくらでもおります」

 うわぁ、強烈。これって脅しじゃないものね。ユッキー社長は口にしたことは必ず実行することで有名であり、怖れられているのです。かつて、ユッキー社長の言葉を鼻で嗤った者の末路もまたよく知られています。

    「わ、わかった。ECOの方針に従う」
    「御協力に感謝します」

 ユッキー社長は、

    「ミサキちゃん、次の仕事に行くよ」

 そうやって部屋から出て行きましたが、首相は一時間ぐらいは腰が抜けて立てないだろうな。でも忙しいのは確かで、空港のエラン宇宙船の撤去問題、宇宙船爆発被害の補償問題、マスコミ攻勢への対応・・・日本だけでなく、諸外国からの干渉もあって、分刻みで問題を処理していきます。

    「ミサキちゃん、三年ぐらいは待ってね。ディスカルたちを地球人に仕上げるのにそれぐらいは時間がかかると思うの」
    「十年でも、二十年でも待ちます」
    「そんなにかからないわよ」

 エラン宇宙船の処理は思いの外に簡単でした。ユッキー社長はあっさり諸外国に、

    「欲しい国があれば進呈する。ただし早い者勝ち」

 そりゃ、世界中から押し寄せてきて、ネジ一つまで綺麗サッパリ、あっと言う間になくなりました。

    「燃えちゃった宇宙船に価値はないよ。日本には完品が一つあるから十分」
 ドライですが、これで宇宙船の所有権問題でもめずに済みそうです。三ヶ月もする頃に空港は再開、他の諸問題もおおかた片付いて行きました。神戸のECO臨時本部も縮小されクレイエール・ビルの一角に入っています。残るはエラン人問題だけになっています。


 エラン人たちは、回復した者から順に収容施設に移っています。これもECO管理になっています。さすがに一般人との接触は厳重に管理されています。もっとも、相変わらず言葉の壁がありますから、現状では仕方がないところですが、他にも狙いがあります。これはユッキー社長がエラン人たちに話したのですが、

    「ようこそ地球に。我々はエラン人を歓迎します。地球人の血の中にもエラン人の血は入っています。そう一万五千年前のエラム基地の血です。不幸にも交流は時空トンネルの変動もあり途絶えてしまいましたが、またこうやってお迎えできるのは喜ばしいことです」

 ここまでは儀礼的なものなのですが、

    「ただせっかく地球に来て頂きましたが、残念ながら皆さまをエランに送り返す力は地球にはありません。また、エランからの救援船の来る目途もないのは良くご存知かと思います」

 エラン人たちが寂しげな目になります。

    「そこで皆さまには地球人になってもらいます。かつてエランに行った地球人がエランの血に混じって行ったように、皆さまもそうなって頂きます・・・」
 具体的にはこの収容施設は地球の言語、習慣、歴史を学んでもらっています。見ようによっては移民センターみたいなものです。渋る者もいましたが、エランに帰れるアテがないのはわたし達以上に良く知っており、今はユッキー社長の方針に従っています。

 その代わりにユッキー社長とコトリ副社長の負担は大きくなっています。二人はエラン語から地球語への辞書を作成し、テキストを作成しています。講義をするのもミサキを含めても三人だけです。

    「シノブちゃんがエラン語を話せたら任せられたのに」
    「それエエで、やってみよう」

 まあ、荒っぽいというか、なんというかで、いきなり収容施設長を命じてエラン語を習得させています。さすがはシノブ専務と思ったのですが、一ヶ月もするうちにエラン語を習得と言うより、思い出してくれたようで、ほぼ完璧にマスターしています。

    「シノブちゃん、後は任せたで」
    「エエ男も選び放題やで」

 生徒はエランの最精鋭部隊のエリートのはずですから、資質は優秀で、半年もすれば、まだまだカタコトですが、かなり会話も出来るようになっています。シノブ専務は、

    「社長、どうして日本語なのですか」
    「だって、文法が近いから一番覚えやすいじゃない。英語までは手が回ら無いから、それは自力で宜しくよ」