セレネリアン・ミステリー:ミトコンドリア・イブ

 Y染色体アダムがエランのギガメシュ人男性由来で、ミトコンドリア・イブがオリジナル人類の女性由来であることはわかってんけど、

 「ひょっとして人類滅亡兵器の対抗策って」
 「可能性はあると見てる。ミトコンドリア・イブや」

 ミトコンドリア・イブは地球人類由来のもので間違いあらへん。おそらくやけど、Y染色体アダムと同様に現代のエラン人、つまりは改造種に備わっていない可能性が高いと思てる。

 「ミトコンドリアは人体の細胞の中でも特異な働きをするところなの。ATPのエネルギー産生にも関与してるし、免疫系にも深く関わってる」
 「アラ時代からの対抗策が実を結ばなかったのは、ミトコンドリア・イブを伝える地球人子孫が少なかったからちゃうやろか」
 「ミトコンドリアの中でも、イブのみが作り出す何かがあったと見て良いかもしれないね」

 ミトコンドリア・イブが子孫に伝わるには、その女性が娘を産むことに尽きるのよね。つまりは息子しか産まんかったり、ましてや子どもを産まんかったら途切れてまうねんよ。

 エランに連れ去られた地球人女性は多くて百人、五十人ぐらいかもしれへん。この辺もはっきりせえへんとこがあるんやけど、たとえエラン人と結婚しても全員が娘を産むわけやあらへん。

 そやから地球人の血を引くエラン人であっても、必ずしもミトコンドリア・イブを持ってるとは限らへん訳や。推測するしかあらへんけど、エランではミトコンドリア・イブを持つ女性は減っとったんかもしれへん。

 「でも不思議じゃない。エランはミトコンドリア・イブに到達してないよね」
 「まあミトコンドリア・イブが関係してへんかった可能性もあるけど、状況証拠的にはよう見つけんかった感じがするもんな」

 エランは地球とは桁違いの先進文明やけど、文明としたら衰退してたでエエ気がする。ディスカルもそう見てたけど、統一政府が出来てからさらに文明を発展させると言うより、その時点の文明を維持するのが目一杯状態な感じなんよ。

 やっぱり最終戦争でやらかした全面核戦争の後遺症が大きかったんやろな。資源採取が厳しくなって、限られた資源でなんとかやりくりしていたとしか見えへんのよ。

 「ディスカルも言ってたけど、エラン人には働く人とそうでない人で二分されてみたいだものね」

 いわゆる社会福祉の充実やけど、これが充実しすぎて働かなくとも余裕で食べれたんかもしれん。

 「う~ん、そうでもあるけど、ちょっと違う気がする」

 ユッキーが言うには労働者のシフトの極北状態じゃないかって。日本でも江戸時代なら八割ぐらいが農民やねん。これは農業にそれだけ人手が必要やったとも言い換えてもエエと思ってる。

 話を単純化するけど、農業が機械化されて人手が不要になれば、今度は工場労働者にシフト、工場が機械化されると、物を売る商売や、商品開発、サービス産業にシフトや。

 これは地球でもそうなってるけど、機械化はどんどん人が働く場所を小さくしてるとも言える。地球では機械に置き換えられても、新たな人のための仕事が出来てるけど、これがドンドン煮詰まると、

 「人がやる仕事がなくなっちゃうんじゃないかしら」

 地球で言えば社会主義とか共産主義的な社会に自然に移行した結果じゃないかとユッキーは見てる。この決定打になったんが資源の窮迫だろうって。限られた資源を最大限有効に使おうとすれば、厳格な資源管理と生産量の制限が両輪になる。

 「あれか、行き着くとこまで行ってもたら、人は働かなくても良くなったってことか」
 「そうじゃない。働かなくとも機械が勝手に必要なものを作ってくれるし、機械のメインテナンスさえフル・オートだっていうじゃない。それこそ自動修理装置が勝手にメインテナンスする世界がエランよ」
 「そこで新たな発展が乏しければ、人のやる事が限られてまうってことやな」

 そういう世界になると、既知の事には対応できても、未知の事への対応が弱体化するんだろうって。ギガメシュが作った元祖人類滅亡兵器は地球にエラム基地を作り、そこから地球人の血液を運び込むことによって解決しとるけど、

 「必要なのは女の血じゃない。男の血は関係無いことになる。だけど一万五千年前のエラム基地時代でも男の血も集めていたよ」
 「そんなんどこにも記録にあらへんかったけど」
 「ジュシュルの計画を見ればわかるじゃない」

 そっか、そういうことか。ジュシュルの計画は、

 ・地球人純血種の血液採取
 ・宇宙旅行を経た地球人純血種の研究

 地球人純血種の血液は欲しがってたけど性別指定はあらへんかったし、エラン流の血液型分類で加工処理してたけど、男の血も、女の血も関係あらへんかった。そんな点を気にする素振りさえなかったわ。

 「それにより重視してたのは宇宙旅行を経た地球人純血種で、それもペアであることにジュシュルはあれだけこだわってたじゃない」

 そうやった。ユッキーは超弩級の怖い顔と睨みまで使ってジュシュルを説得しようとしたけど、ジュシュルは鉄の信念でこれをはね返したぐらいや。あれはあれでジュシュルの漢に惚れたけど、

 「結局、わかってなかった事になるよ」

 ジュシュルが望みの綱を託したのは五万年前のギガメシュと一万五千年前のやり方。エランには過去の事例を調べる力しか残されていなかったんかもしれん。

 「そうなるとアラの地球移住計画の狙いも変わって来るんちゃうか」
 「誰もアラの計画の真意を知らず誤解してたのよ」

 あれは十隻しか作れなかったんやなくて、十隻で十分やったんや。そうや、アラがやろうとしてたのは地球移住やなくて、エラム基地時代の踏襲。十隻分も血液製剤があれば、余裕でエランを救えるだけじゃなく、またぞろどこかのアホウが人類滅亡兵器を使っても対応できる計算やったんや。

 「そやったらデータ・バンクはどうなる」
 「あれも既に新たなデータ・バンクを作る力が失われていたからと思う」

 ユッキーが大きなため息をついて、

 「どっちかが成功していたらエランは救われていた。しかしアラの計画は地球に限られた人しか脱出できないと誤解されて、意識分離技術の復活のために使われてしまい、ジュシュルの計画はザムグの野望の前に灰塵と帰してしまった」

 ついでにいうたらガルムムの計画はギガメシュの対応策の踏襲。あれはコトリが捻り潰してしもたし。それでもやけど、ミトコンドリア・イブがカギであるのを発見できていなくとも、アラにしろ、ジュシュルにしろエランは救えたんは間違いあらへん。

 地球人純血種の血が人類最終兵器に対抗できる切り札であるのは合ってるからな。男の血は無駄やけど、半分は女の血であるから量も質も十分やった気がする、足りへんかったら倍量投与で済む話やし。

 「それにしてもジュシュルは惜しかった」
 「そうだよ、後一歩だったんだよ。エランまで運んでいるのよ。あれを使えばエランは救われていたのに」
 「そうやねんけど、滅びる時はそんなものかもしれん」
 「そうだったね。二人で必死になって守った古代エレギオンも力尽きるように滅んじゃったし」

 人智、もちろん神の知恵だって防ぎようも無いものは防げんってことも体験してるもんな。

 「いつの日かエレギオンHDもそうなるんやろな」
 「エレギオンHDだけじゃなくて、地球もそうなるかもよ」
 「それも見んといかんのか」
 「生きてるだろうからね」
 「しんどいこっちゃ」

 リセット感覚から、だいぶマシになったけど、永遠の時を生きると言うのは虚無的になることが多いんよ。栄枯盛衰はどんなものにもあるけど、そのスパンがどんなに長くとも見ることになってまうからな。

 アラッタもそうやったし、アッシリアやリュディアもそうかもしれん。ペルシャもそうやったし、あのローマでさえそうやった。全盛期には永遠に続きそうやったけど、終りは必ず来たもんな。

 「そない悲観的になってもしゃ~ないか」
 「そうよね、必ずしもエランと同じになるわけでもないし」
 「エレギオンHDが滅んでも、また新しいのを作ればイイだけだし」
 「そうそう、そのうち死ねるかもしれへんし」

 そしたらユッキーの目がマジやった。

 「一人で勝手に死んだら許さないから」
 「わかったって。ユッキーが死んでからにする」
 「約束よ」
 「もちろんや。これこそ神の約束」
 「まあ、アテになること」

 でも、いつになったら死ぬんやろか。その時がくるまでわからんもんな。でも、今はまだ死ぬ気はあらへんで。まだ結婚すると言う大目的が残ってるからな。

 「子どももね」

 ホンマに五千年も生きてて、そんな女の基本的な事さえ経験できとらへんのがコトリやユッキーの謎かもしれん。

 「だ か ら、わたしは結婚もしてるし、子どもも産んでるって」
 「いや、もうちょっとちゃんとしたやつで」
 「ちゃんとしてたよ」
 「呪いも縛りもなんもないやつ」

 それを経験するまで死んでたまるか。