ツバル戦記:エレギオン財団

 今年はミサキがクレイエールに入社して七十八年目、エレギオンHDが出来て五十三年目、霜鳥梢として三十八歳になる年です。エレギオン・グループは彗星騒動、第一次宇宙船騒動、第三次宇宙船騒動、怪鳥事件と世間が大混乱になったのを活かして世界三大HDの一つにまで成長しています。

 メインは企業活動ではあるのですが、慈善活動も手掛けています。その一つがエレギオン愛育園。かつて孤児院と呼ばれたもので現在なら児童養護施設になりますが、まるでセレブのための全寮制の学校のような立派な施設を運営しています。

 これは孤児救済もありますが、新しい宿主を確保する意味もあります。女神は宿主を移動して永遠の生を得ますが、宿主に宿ると元の宿主の記憶も経験もすべて書き換えてしまいます。つまりは別人になりますから、なるべく係累の少ない人が良いわけです。とはいえそういう宿主は五人分しか必要がありませんから、ほとんど孤児救済の慈善活動として良いと思っています。

 孤児院も含めた慈善活動の中心になっているのがエレギオン財団。これは立花小鳥の遺産を基に作られ、これに小山恵の遺産が加わっています。お二人は社長と副社長であり、さらに家は三十階仮眠室ですから家賃どころか、光熱費もかからない生活をされています。

 他も女神の格付けで試供品にまみれて暮らしているようなものであり、外食だって衣服だって装飾品だって経費で落とせる回が多いと言うか、経費で落とさせようとしすぎるので、総務担当のミサキと常にバトルしている関係です。

 とにかくカネのかからない生活をしていますから、その遺産はまさに目を剥くほどの金額になっています。これも他の女神なりに遺産とする手段もありましたが、

「贈与税も相続税もアホらしいやん」

 エレギオン財団に寄付してしまったぐらいです。エレギオン財団の仕事ですが孤児院経営以外に世界各地の優秀な学生への奨学金の給付も行っています。この奨学金は給付額の多さもありますが、給付対象の大学になることが一流の証となり、奨学生に選ばれることが非常な名誉になっています。

 この財団ですが、いくら立花小鳥や小山恵の遺産が多いと言っても使えばなくなります。ですから他の財団と同様に基金の運用益を上げることが重要なんですが、まさに莫大な運用益が産み出されています。

 理由はコトリ社長が運用されているからです。正確に言うとエレギオンHDの資金運用に連動しています。コトリ社長は稀代の策士とも呼ばれますが投機の神様とも呼ばれる事もあります。

 そりゃ、もう、ハイリスク、いやウルトラ・ハイリスクからのウルトラ・ハイリターンなのですが、これまで一度も失敗したことがないのです。まさに神業ですが、

「そりゃコトリは次座の女神だから神業やんか」

 タネを明かせばシンプルで未来を見ながらやってるわけです。

「そういうこっちゃ。勘とか読みに頼ってない堅実運用や」

 投機ではポートフォリオでリスク回避を図るのが常套手段ですが、コトリ社長が勝負に出る時は既定の未来に投機しているだけなのです。見ようによってはインチキですが、

「良く見えますね」
「常に全部見える訳やない。見えてるところにドカンと放り込むだけや」

 このドカンの規模が想像を絶するもので、天文学的というか国家予算並みのものですから投機の神様と呼ばれるぐらいです。お蔭でエレギオン財団の資金も莫大なものになっています。この巨大資金の運用ですが、孤児院とか奨学金だけでなくコトリ社長やユッキー副社長の趣味と言うか道楽にも使われている部分もあります。

「なんとなく古代エレギオン開発を思い出してな」

 主女神がアラッタから導いたエレギオンの地はまさに荒涼たるところです。どれぐらい荒涼としてるかですが、現在でも荒野として放置されているぐらいです。こんなところに高度な文明があったなど誰も思いつかないぐらいです。

 コトリ社長もユッキー副社長も、どうして主女神がエレギオンの地を選んだのか疑問だったそうですが、

「結果論だけで言うたら、あの場所やったから三千年続いた気がするわ」

 結果論と言っても三千年の結果論ですから、初期は本当に大変で、ユッキー副社長が今でも辛い仕事の代名詞にされる女神の機織りもされていた時期になります。

「そうやねんけど、ある種の青春時代かな。今でも青春のつもりやけど、あの頃とはさすがにな」
「でもだいぶ違いますけど」

 エレギオン財団が延々と援助を続けているのがツバルです。とにかく小さな国で南太平洋に位置する島国になります。太平洋島嶼国とも呼ばれますが、大きくはミクロネシア、メラネシア、ポリネシアの文化圏で分けられます。

 ツバルはポリネシアに属しますが、四つのサンゴ礁に囲まれた島と五つの環礁があり、このうち八つの島に住んでいます。面積は全部合わせてもたったの二十五・九平方キロです。これは小豆島の四分の一ぐらいになります。

「家島よりちょっと大きいぐらいや」

 家島諸島は姫路の沖合にあり家島、男鹿島、坊勢島、西島に五千人ほどが住んでいます。他にも主要な島に太島、鞍掛島があり、面積は十九・七キロ平方キロです。中心部の家島でも五・九平方キロしかありません。

 ツバル最大になるのがフナフティ環礁ですが、首都フナフィティが置かれるファンガフル島でも二・四平方キロしかなく、これは淡路の沼島より小さな島です。ファンガフル島は逆Lの字方をしていて、Lの角の部分がやや膨らんでる感じです。

 その膨らんでいるところですが、最大幅が七百メートルぐらい、長さが二千メートルぐらいです。特徴としてはそんな狭いところに第二次大戦の時に米軍が築いた千二百メートルの滑走路があり、現在でもフナフティ国際空港として使われています。

 ちょうど空港施設があるあたりがヴァイアクと呼ばれる首都機能が集まるところで、ツバルではここだけが市街を形成しています。ここにはツバル唯一のホテルと三か所ほどの宿泊施設もあります。

 ヴァイアクはファンガフル島の南西部にあたりますが、この北東部に住宅街と言うか集落が広がっており、そこにツバルの全人口の約半分の五千人が住んでいます。フナフティは環礁ですから、島の北側の海は礁湖で、他にも礁湖を形成する島々がありますが、他の島には百人足らずしか住んでいません。

 ツバルの島々の特徴としてとにかく平べったいこと。最高標高が五メートルしかなく丘も山もない地形です。そのために地球温暖化による海面上昇で水没の危険があるとされています。

「だからかさ上げ事業を」
「その意味もあるけど他にも目的はある」

 ツバルの弱点はたくさんありますが、そういう地形ですから水の確保も大変なのです。山が無ければ川もないぐらいです。真水は雨水が頼りのところがあり、

「雨水貯めとく池も作ったのがユッキーの基本計画や」

 フナフティかさ上げ計画は小山前社長時代から延々と行われていますが、手法はビル建築に似ているかもしれません。フナフティにまず二階建てのビルを作ります。

「空港の南東部に幅が二百メートル、長さが千メートルぐらいで二十万平米ぐらいや」

 これがどれぐらいかですか、関空の第一ターミナルビルは本館三百十八メートルに左右のウイングが六百七十七メートルずつで面積が三十万平米ぐらいになり、おおよそで言うと関空ビルの本館と片方のウイングぐらいの規模になります。

「フナフティの年間降水量が三百ミリぐらいやねん。ここから半分ぐらい取り込めたら三十万トンぐらいになるやんか。一人あたりの水使用量やけど日本やったら三百リットルぐらいになるけど・・・」

 日本の水使用量はかなり多い方で、欧米なら百五十リットルぐらいでツバルではもっと少ない可能性もあります。とりあえず百五十リットルで試算したら一人当たり年間五十五トンで五千人で二十七万トンぐらいになります。

 それと貯水槽だけなら一階で済みますが二階建て構造にしたのは、浄水設備を備えるためで良さそうです。

「ついでに下水もな」

 二階建ての屋上部分には都市計画に基づいたビルが建てられています。とは言うものの首都人口は五千人しかいませんから、たとえば一家族四人としても千二百五十戸で足りてしまいます。

「大家族やから一戸あたり十人ぐらいで作ってる」

 そうなれば五百戸になるのですが、日本で言えば3LDKを二つ合わせたぐらいの部屋割りにしています。これをワン・フロアに十戸でおおよそ千六百平米。五階建てにしてますから一棟に五十戸、これを十棟建てれば足ります。全国民を収容するにしても二十棟でOKです。

「もっと高層にしても良いのでわ」
「歩いて上がるんやったら五階ぐらいがエエやろ」

 エレベーターは無しか。あった方が便利そうですがメインテナンスの問題も出てきますし、電力供給の問題もありますからね。もちろん建設費用の節約もあります。

「シンプルな方が長く使えるってことや」

 それと水没対策もありますから、五階建てと言っても地下一階を設け、周囲は擁壁にして建物以外のところは土で埋めます。高さとしては三階建てに相当しますから約十メートルになります。

 もっとも建設費は莫大で、鉄筋にしろ、コンクリートにしろ、さらに埋め立てる土さえオーストラリアから船で運び込まれ作業員もツバルでは足りません。

「それぐらいは還元せんと恨まれるのもあるからな」

 この辺が商売の機微と言うか難しいところで、ひたすら儲けて独り勝ち状態は反感を買います。とくに投機での運用益はあまり良い目で見られないどころか妬みの対象になりやすいところがあります。孤児院や奨学金などの慈善事業を行うのもそれへの対策であり、ツバルへの援助もそうです。

 ツバルが援助対象に選ばれたのも古代エレギオンを思い出すのもあるでしょうが、言い方、見方になりますが絶海の孤島の弱小国家への援助ですから、妙な政治的思惑を勘繰られないのもあるはずです。

「そういうこっちゃ、あんな国にいくらテコ入れしても世界への影響はゼロみたいなもんやんか。これこそ完璧な慈善事業や」