ツバル戦記:テ・アツア

 ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアに広がるのものにマナがあります。おそらくキリスト教以前の土着宗教の概念で良いと思われますが、今でも息づいています。ある種の超自然的な力、影響みたいに解釈され、人間の力、自然現象を超越するものともされます。

 マナは素直に神であるとか神性として良いと思っています。だって自然現象や、岩や川などの自然物、さらには槍などの人工物にも宿るとなっています。

「日本人にはわかりやすいよ」

 いわゆる八百万の神の存在です。あらゆるものに神は宿り、それを敬うのを自然と受け入れられるのは日本人の宗教観の特徴の一つかもしれません、日本人のルーツの一つにポリネシア、メラネシア、ミクロネシアを含む南洋にあるのがわかる気がします。

「よくわかるね。クリスチャンなのに」
「その前に日本人ですし、霜鳥梢は洗礼を受けていません」

 さらに日本人ならわかりやすいのにマナは御利益主義の一面があります。マナは人にも宿り、宿った人が首長になりますが、マナを宿す首長に期待されるのは病気の治癒や戦争の勝利、さらに豊かな実りとか、豊漁とかです。

 この辺も単純ではないところもありますが、首長はマナを発揮することを期待され、マナが発揮できるような行いに務めるだけでなく、マナが不十分であれば首長位も追われる事もあるぐらいです。マナは神性で良いと思いますが、

「ツバルでマナにあたるのがカタになるのよね」

 ここもツバルではマナがカタに置き換わったのが良く分からないところです。首長はマナを持つ者から選ばれ、神の祝福を受けてマナの力を発揮するのでが、この祝福をツバル語でマヌイアと呼ぶのです。

 この辺はそうなったとしか言いようがないそうですが、とにかくツバルではマナがカタになります。ツバルのカタは初代の英雄であるテホラハから子孫に伝わるのが原則だったようです。

 ただし一子相伝とか、必ずしも息子に伝わるものでもなく、さらにカタの力も強弱があるのです。そりゃ、首長位は終身制でなく退位も普通にあるからです。一子相伝なら生前退位した首長の後継者はいなくなりますからね。

 さてカタを持つ首長はタタタラガと呼ばれる島会議の主催者で村長とか島長のような役割を果たしているとして良さそうです。フナフティとヴァイツプを除けば多くても五百人程度の島ですから、それぐらいで十分統治できるぐらいとして良さそうです。

「タタタラガはファレカウプレと呼ばれる五十歳以上の年長者に参加資格があり、そこが島の最高意思決定機関になるのよね。このファウカウプレだけど、元をたどればカウ・アリキのトエアイナと同じになってるの」

 さてなんですが、中国軍がフナフティに上陸してヴァイツプ島政府が成立した頃にコトリ社長は驚くことになんとツプになっています。

「仕方ないと思うよ。あんな緊急事態をツバル人政府じゃ対応できないもの。とにかく流動する事態への臨機応変の即応性が求められるじゃない。こういう時に命令系統をはっきりさせるのが組織の常識よ」

 コトリ社長はツバルではVIPであり、ヴァイツプ島に政府が移ってもそれなりの待遇を受け、相談役ぐらいにすぐには成れるでしょうが、

「平時じゃなく非常時、それも戦時なのよ。戦時で求められるのは事態の変化に即応出来る判断力、決断力だけど、これに加えて実行力が必要なの。たとえばコトリのアドバイスを聞いて是非を検討している時間が無駄で命取りになる」

 軍隊そのものですが、それが求められるのはミサキにもわかります。

「命令系統の基本は上下関係。上からの命令を下は即時に実行するだよ。だからと言ってコトリが首相の上の大統領になるのは良くないの」

 ヴァイツプ島政府の正統性はツバル国民の選挙によって選ばれた点とユッキー副社長はしています。既存の政府の上に直接の命令権を持つ特設職を安易に設けるのは良くないぐらいでしょうあ。

「まあそういうことね。あくまでも表に立つのはヴァイツプ島政府で、コトリは裏から指揮するぐらいの体制よ。だからコトリはツプになったのよ。ツプなら首相や総督とは別系統でしょ」

 というか、言葉に残されているだけですが、

「そうだけど、ツバル人は伝統の中で生きているところがあるじゃない。首相や国会議員は現代風の選挙で選ばれてるけど、意識はツバル人だよ。首長と国会議員だって、どっちが上かは微妙なぐらいじゃない」

 言われていれば、

「首相とツプの関係だって、意識としたらツプだよ。ツプの命令なら服して当然ぐらいよ」
「そうは言いますが」
「結果がすべて。でもコトリはツプと認められるだけのファカタリトヌガを見せつけてるよ」

 ファカタリトヌガとは日本語にすると証拠ぐらいですが、首長が豊饒性をもたらし、首長に相応しい能力があることを示す時に使われるようです。

「それは女神の力」
「あれほど偉大なカタを見せれば、ツバル人じゃなくとも従うよ。ツバル人ならなおさらだよ」

 フナフティからヴァイツプまでの脱出。ヴァイツプでの素早い政府の樹立、フィジーからの新明和の巨鯨によるピストン空輸・・・ここまでのカタを次々と見せつけらたら、

「ツバル人からしたらロゴタウやテホロハが甦って来たと見て当然じゃない」

 トドメは中国軍の上陸阻止でしょうか。コトリ社長はツプになったというより、ツプとしてツバル人に認められたのが本当のところかもしれません。

「それでもツバルの首相も良く受け入れましたね。ツバルは平等主義ですが、カウ・アリキにしても、あれは男だけが属していて女は入れないものです。タタタラガも当然参加できません」
「それぐらいの男尊女卑は伝統社会ならどこも同じだだよ」

 さらにコトリ社長は女性であるだけでなくツバル人でもありません。つまりカウ・アリキに入る資格さえなく、カウ・アリキから選ばれる首長になれる資格もないですから、

「最後の決め手はカタだよ。コトリほどのカタを見せられたら男も女も関係なくるってこと。だからコトリはヴァイツプではテ・アツアと呼ばれているよ」

 テ・アツアって神そのものじゃないですか、

「コトリは次座の女神だよ」

 そりゃそうですけど、

「テ・アツアじゃ、エッチできないからツプに値切ったと聞いたけど」