ツバル戦記:ヴァイツプ島攻防戦

 ヴァイツプ島政府から発表があり、

『中国侵略軍が上陸を試みるもこれを撃退』

 本当にやったんだと思ったのが正直な感想です。これに対する中国政府の発表は数日後になり、

『ヴァイツプ島の反乱分子に対する大規模威力偵察は成功裡に終了せり』

 あれっ、上陸作戦でなくて偵察とは。どうなってるのだろうってところです。コトリ社長に連絡を取ろうと思ったのですが、

「ミサキちゃん。コトリはお取込み中だよ。一段落すれば向こうから連絡して来るから待ってましょ」

 これはミサキとしたことが。コトリ社長は実質と言うか実態としてヴァイツプ島政府のリーダーであり、司令官でもあるのです。上陸軍の撃退もそうですが、その後の処理にも走り回っているはずです。そんな中での連絡なんて邪魔にしかなりません。

「どうなってるかなんて、コトリに聞かなくてもわかるじゃない」

 中国政府の声明が遅れたのは上陸作戦の失敗をどう言い繕うかの検討時間だったと見られています。ヴァイツプ島からの発信能力はあるのは知っていますから、作戦の失敗を丸ごと伏せるのは無理だからです。

「そもそもだけど偵察の成功を政府発表なんかでやるはずないじゃないの。苦しすぎる詭弁なのはミエミエってこと。それでも偵察って言うからには、ヴァイツプ島が見えるところまで中国軍は来たことになるし、たぶんまともな戦闘は起こっていないと見て良いはずよ」

 とりあえずヴァイツプ島は見えたから偵察になるし、損害がなければ上陸戦でないと言えるって事かもしれません。

「しっかし潜水艦まで使われたようですね」
「威嚇だと思うけど、役に立たないよね」

 第二次大戦までは潜水艦にも艦載砲が搭載されていました。これは魚雷が高価な上に本数がそれほど積めず、さらに魚雷の信頼性が低かったからとされます。ですから商船ぐらいなら砲撃で攻撃するケースも多々あったようです。

「陸上攻撃のために大型砲を搭載した潜水艦まであったぐらいだものね」

 それと対空機銃も今は装備されていません。これは潜水時間が飛躍的に伸びたためとされています。第二次大戦ぐらいまでは潜水艦と言っても潜っている時間より浮上している時間の方が長く、戦闘になった時に潜れる可潜艦と言った方が良いともされます。

 浮上している時に対潜攻撃機に見つかった時に、潜航するまでの間に対空機銃で応戦して時間を稼ぐのは必要でしたが、現在は原潜なら寄港時ぐらいしか浮上しませんし、通常型でもシュノーケルで充電しますから殆ど浮上しません。

「対潜ヘリ用にスティンガー・ミサイルを装備している艦があるぐらいかな。艦の中から持ち出して撃つらしいよ」

 潜水艦が陸上攻撃するには、

「ハープーンみたいなものがないと無理ってこと。丁型にそんなもの積んでいないし」

 それでもあえて連れて行ったのは幻のヴァイツプ島守備隊を驚かそうとしたぐらいと見ています。中国の声明発表後にやっとコトリ社長から連絡があり、もう少し詳しい様子がわかりました。


 コトリ社長も漫然と待っていたわけでなく、迎撃態勢は整えていたようです。と言っても監視塔みたいなものを一つ作っただけですが、これがなんと三十メートルもあるそうです。

「ちょっと手間かかったけど、あれで十六キロぐらい見えるからな」

 ヴァイツプ島は、そうですね、形としては淡路島に似てまして、南北に長くて南側の方が膨らんでいる感じです。ツバル最大の島ではありますが、長径で五キロ足らず、最大幅で二キロ程度しかありません。さらにツバルの島の特徴でほぼ平らで山とか丘がありませんから、一つ作れば島の周囲を全部監視できることになります。

「潜水艦も来たのは驚いたけど、全部で四隻やった」

 残りの三隻は漁船ないし連絡船の徴用で良さそうです。ヴァイツプ島の海岸はすべてが砂浜ですから、上陸地点はどこでも選べますが、

「幸い外周道路はあったから・・・」

 スーパー・カブを用意していたそうです。もっとも中国軍が上陸地点に選んだのは港になります。

「小型船でも砂浜やったら接岸しにくいからな」

 上陸用舟艇じゃないですからね。コトリ社長も港に待機していたようですが、

「なにしたのですか」
「海水浴を楽しんでもらった」

 はぁってところですが、

「手あたり次第、海に放り込んでやったんよ。水兵やから溺れへんやろし」

 乗っていた水兵が海に放り込まれたら、徴用された船は一目散にフナフティに帰ってしまい。

「潜水艦に収容されてお帰りになられたよ」

 もっとも潜水艦の司令塔にいた者まで海に放り込んだみたいですから、収容作業は大変だったと思います。

「あれで小銃の数はだいぶ減ったで」
「水に濡れたら銃は使えなくなりますものね」
「あのねぇ、火縄銃じゃあるまいに」

 現代の銃は水に濡れても撃てるのだそうです。それでもさすがに機関部分まで水が入ると撃てなくなるそうですが、

「それでも振って水抜いたら撃てるんよ。もっとも海水で濡れたら後の手入れが大変らしいけど」
「それが狙いだったのですか」
「違うって。海に放り込んだら沈むやんか。そしたら浮かび上がるために重い銃は捨てるやろ」
「でもライフジャケットぐらいは着てるはず」

 よく聞くと放り込むと言っても、突き落とす感じでなく、十メートルぐらい持ち上げて落としているのです。そりゃ、突然体が浮き上がって海に落とされたら誰でもパニックになります。

「そうなっても鉄砲抱えてる奴なんてそうはおらんやん」

 たしかに。さらに潜水艦が運んできた小銃の数も少ないだろうとしていました。でしょうねぇ、潜水艦の乗組員は潜水艦を動かすのが任務であって、歩兵のように小銃使うのはあまり得意じゃないはずです。ここでユッキー副社長が、

「上手く行きそう?」
「なんとかな」

 コトリ社長は上陸戦に勝利してすぐにフナフティ政府と交渉をしています。フナフティ政府と言っても日本の町役場で例えると課長クラス以下で構成されていて、政権を握るためではなく、フナフティの行政能力を維持するためにやむなく従った感じの様です。

 交渉の焦点は、それでも敵味方に分かれてしまったシコリで良さそうです。そりゃ、いくら中国軍への協力を不問にすると言っても、記憶も感情も残るのが人間ですし、ツバルのような小国、というか田舎社会ではとくにぐらいです。

「そやから開き直ることにした」

 フナフティ政府への協力者は、それこそ耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んでフナフティの行政機構を守り抜いた英雄として顕彰することにしたそうです。

「実態だけやったらヴァイツプ島政府言うても、逃げて旗掲げただけやし」

 旗を掲げるのに政治的に大きな意味があるのですが、たしかに実務を切り回していたのはコトリ社長ですし、物資を運び込んだのはエレギオン財団を指揮したユッキー副社長になります。

「中国軍への降伏勧告は?」
「悩んでるみたいや」

 悩んでいるのも降伏か抗戦かではないようです。戦術的には中国本土からの増援軍さえ待てば戦況は変わりますが、増援軍が来たら来たらで処分が見え見えってところだと思います。

 起死回生をかけたヴァイツプ島攻略に失敗していますから、いわゆる失敗に失敗を重ね、恥の上塗りをやったぐらいの評価しか残されていません。そうなると、

「そういうこっちゃ、どこに亡命するかでもめとるぐらいやろ。とりあえず手土産に潜水艦もってるさかい、アメリカなんか大歓迎やと思うけど」

 オーストラリアあたりでも良さそうなものですが、

「でもな。アメリカとかオーストラリアやったら危ないと見てる気がする。少なくともかなりの期間の拘束は覚悟せなアカン」

 ツバル戦での責任者であるうえに、国の最高機密である潜水艦を他国に渡した重罪人扱いになるということです。それだけでなく、そういう重罪人が町中を歩かれたりすれば面子が立たないぐらいになり、

「中国政府もヒットマンぐらい送り込むで」

 やりそうな気がします。

「そやから揺さぶってるんやけど」
「潜水艦が欲しいのですか」
「ボーナスにな」

 でもミサキにはわかります。この交渉が必ず成功するのが。コトリ社長は稀代の策士でもありますが、恐怖の交渉家でもあるのです。ミサキの知る限りコトリ社長が失敗した交渉はないのです。