ツバル戦記:中南海

 ここは中南海。中国共産党の本部があり、政府要人の居住するまさに中国の心臓部です。その一室で中央軍事委員会が行われています。

「あの不手際の原因はなにかね」

 不手際とはツバル作戦でツバルの要人を誰も確保できなかった事です。フナフティに上陸した日は新しい政府ビルの落成式典が行われる予定で、そこに総督、首相以下全員が出席するはずだったのです。

「結果で言いますと、予定されていた式典は延期になっていました」
「延期だと! 袁情報部長はそれを把握していなかったのか」

 指名された袁情報部長は蒼白い顔で、

「当日になり急遽延期となっております」
「急遽だと。急遽でも誰もいないのはおかしいではないか」

 ツバル作戦ではフナフティ上陸と同時に政府要人の身柄を確保し、親中派政府を手早く樹立するものだったのです。もう少し具体的には、ツバルは未だに中国ではなく台湾と国交を結んでいるためこれを断交させ、上陸軍と入れ替わるように外交使節を送り込むぐらいです。

 上陸から最短で三日程度の作戦予定で、今頃は友好条約を結び、租借地交渉に入っているはずだったのです。それがツバル政府首脳は根こそぎでヴァイツプ島に逃げられた上に臨時政府を立てられ、そこへの国際支援まで行われています。

「ツバル新政府への承認国は」
「はい、十か国に足りません」
「それだけなのか」

 これも作戦の要諦で、ツバルぐらいの小国ですから、手早く事を進めることで国際非難を小さくするのもありました。言ったら悪いですが、ツバルぐらいで中国と事を構える国はあるとは思えず、ツバルが中国支援で安定すれば騒ぎは早期に収まる計算でした。

 ところが二つの政府が並立する状態になり、国際世論はヴァイツプ島政府支持にに極度に偏っています。アメリカなどの介入が起こっていないのは計算通りですが、長期化することにより親中派の国々でさえ動揺が出ている始末です。

 この辺は中国経済の疲弊により親中派の国々への経済支援が先細り状態になっていたのもあり、これを機会に中国との関係を見直す動きになっているのが痛いところです。

「ヴァイツプ島政府ごときなら、ツバル遠征軍でも占領できるだろう」
「その点は前に説明させて頂いた通り・・・」

 武力など皆無に等しい国ですから、ヴァイツプ島も上陸さえすれば占領は可能です。しかしヴァイツプ島政府と言っても、実態はツバル政府首脳がいると言うだけで、他の島に逃げられる可能性が高いと見られています。これを追いかけまわると時間がかかる上に、

「いくらツバルが小さいとはいえ、あの兵力で複数の島の占領を維持するのは無理があります。フナフティの治安問題もあります」

 これも頭の痛い問題で、作戦が長期化したためにフナフティの住民の生活維持が問題として浮上してきています。住民のサポタージュによりフナフティの都市機能は麻痺しつつあります。

「だから増援軍を派遣が必要になるか」

 海軍に要請しているのは強襲揚陸用潜水艦による増援軍派遣です。しかしそこまでとなると軍事衝突のリスクも高まってしまいます。短期作戦が失敗したのなら撤収が傷口を一番小さくできる選択枝ですが、ここで撤収すると中国の面子が潰れます。

 中国の面子が潰れると国内世論が黙っていませんし、これが共産党批判に向かえば、作戦を命じた張主席の責任問題に発展します。そうなれば失脚から最悪死刑さえあるのがこの国の政治です。

「フィジーに圧力をかけられないのか」

 これも頭の痛い問題で、人道支援を旗印にフィジーからヴァイツプ島に支援物質の空輸が派手に行われています。フナフティの窮状は情報統制で伏せてはいますが、フナフティの住民はラジオで情報を得ています。

 人道支援の中にはAMラジオ局の設備も含まれていたようで、ヴァイツプ島からフナフティに向かって放送を行っています。とにかく毎週二百トン以上の輸送が行われ、

「武器が含まれている可能性は」
「人道支援ですから無いとされていますが、密かに行われている可能性は否定できません」

 ツバル上陸軍と言っても潜水艦の乗組員を上陸させただけで、武装も小銃程度で五十人もいません。もし人道支援である程度の火器が運び込まれていたら、反撃されて追い返される懸念さえ出てきています。

「万全を期すためにも増援軍の派遣が必要です」

 ヴァイツプ島に攻め寄せて撃退などされようものなら、国際非難はさらに高まるだけでなく、国内世論もその失態を追及するはずです。この日も結論が出ないまま会議は終わり。執務室に戻った張主席は、

「どうしてこうなるのだ」

 情報ではツバルの国営フェリーも使われる話が出てきています。フェリーとなると大量の支援物資の輸送が可能になり、重火器さえ運び込めます。ツバル上陸軍からフェリーの撃沈許可の要請も出ていますが、そんな事をすれば事態はさらに泥沼化します。

「撤収しても失脚、ヴァイツプ島政府の制圧に失敗しても失脚、ましてや撃退されれば失脚か・・・」

 張主席も増援軍を送るにして遠すぎるため、送っても必ずしも有効な兵力にならない点を知っています。さらに送れば送ればで長すぎる兵站線の維持も問題です。

「今ならフィジー軍が攻めて来ただけで負けるじゃないか」

 張主席は腹心であり、主席の懐刀とも呼ばれる程副主席を呼びます。

「退けないな」
「もちろんです。退けば我々は破滅します。腹を括るしかありません」
「それしかないか」

 退かないとなるとゴリ押しして、既成事実を国際社会に認めさせるしかありません。そのために生じる多くの経済的デメリットが頭に浮かびますが、

「今度こそ短期でないとならない」
「もちろんです。そのためには・・・」

 海軍に提出させた計画書を見ながら、

「前のような醜態はゴメンだな」
「ええ、海軍司令員のクビを飛ばしたぐらいでは収まりません」

 既にツバル作戦の失敗の責任者処理は終わっています。しかし最後は主席に責任は降りかかります。

「例の計画は」
「出来る限りの手はずは整っています」