ツバル戦記:リー将軍

 普段はペンタゴン勤務であり立派な執務室を与えてられている。今は統合参謀本部の参謀であるが、これも特例でなっておる。と言うのも本来の正規メンバーは議長、副議長、陸海空及び海兵隊の長、さらに州兵総局長であるからだ。

 これもまた怪鳥退治の功績だ。あの時に議会の決議により永世大将位を得たが、これを裏付ける職として統合参謀本部の終身参謀も任じられた。極めて異例であり、なんども辞退をしたが断り切れなかったのだ。

 しかし忸怩たる思いが常にある。怪鳥退治の功績はアメリカのみならず世界中から手放しに近い大称賛を受け、どれほどの勲章や栄誉を受けたか自分でも数えきれないぐらいだ。今でも、

『世界を救った英雄』

 だが怪鳥作戦を立案し、これを現実の物として実行させるために、世界を駆けずり回り実現させたのは故小山前社長である。さらに実行段階において作戦に不満タラタラの私を含めた怪鳥派遣軍を、世界一精強な地球軍に短期間に仕立て上げたのは月夜野社長だ。

 これがどれほど偉大な事かは私だけでなく怪鳥派遣軍十万がその目で見、感じている。私が下した決断は唯一、あの死の砲撃合図だ。戦術的には間違いではなく、あの合図により怪鳥を倒せたのは事実だが、その結果としてわが軍の砲撃により小山前社長は戦死し、月夜野社長は重傷を負われた。

 故小山社長も月夜野社長も栄誉どころか、怪鳥作戦に従事した事さえ伏せられてしまっておる。その代わりのように私が栄誉に包まれてこの席にいる。これは私の受けるべく栄誉でないのは誰よりも知っている。


 先日も怪鳥作戦当時の部下たちがツバル問題で相談に来ておった。なんとか宥めたが、あれほど辛い作業はなかった。今行かずして、いつ元帥閣下を助けに行くと言うのだ。部下にも言ったが決して現在の地位に連綿としているわけではない。

 私の忠誠は地球にあり、地球軍司令官である月夜野元帥閣下にある。はっきり言う、元帥閣下個人を敬慕しておる。これは怪鳥派遣軍すべてがそうであるが、元帥閣下に恋をし、この恋のためには命をいつでも捧げる用意は今も変わらない。

 あれこそ究極の陶酔。人が真の勇気を揮えるのは愛する人を守る時である。それは祖国であったり、家族であったりもするが、最愛の恋人を守る時に死力を出し尽くせる。誤解がないように断っておくが、決して劣情のためではない。この思いが私だけではないのは、元の部下たちも元帥閣下の招集があらば、

『怪鳥派遣軍十万、生あらば一人も欠けることなく』

 これは後方の女性兵士も同じだ。おそらく死ぬまで変わらないであろう。


 これはヴァイツプ島政府にフィジーから新明和の巨鯨で人道支援が始まった頃の話になる。物資が運べるなら人もフィジーに行けるのだが、ヴァイツプ島政府の外務大臣が諸国に支援と支持を訴えて回っていた。

 当然だが合衆国政府も訪れ国務長官だけでなく大統領も会見を行っておる。やや破格だが中国への対抗処置として会ってしかるべしであろう。その時に私も訪問を受けたのだ。これは政治的な意味より怪鳥事件の有名人のためである。面倒だが良くあることだ。

 こういう表敬訪問はウンザリしているが、今回はツバル政府の人間と直接話が出来る点に興味はあった。もっとも、新たな情報を得るためではない、そんなものは国務省なりが既に行っておるからだ。せめてヴァイツプ島の様子の現地の声を直接聞きたかったぐらいだ。

 儀礼的な挨拶に続いて、現地の様子をあれこれ聞けたのだが、ツバルの外務大臣は急に改まった姿勢になり、

「リー将軍へのお手紙を預かっております」

 これは困ったと思った。こういう手合いも多いのだ。私は英雄扱いを受け、陸軍でも高位にいるのは間違いないが政治的な影響力はないのだ。いや、政治の分野への口出しは極力避けておる。しょせんは軍人であるからな。それなのに私を通じてあれこれ政治的工作を期待する輩が多いのだ。

「首相からの親書などなら、私でなく大統領なり、国務長官にお渡し願いたい」

 こう言っても押し付けられるのだが、

「いえ、総督や首相、ましてや大臣や国会議員からでもありません。これは民間人から将軍への手紙であります」

 ああ、あれか。住民の声って奴であろう。これも受け取れば厄介なのだが、断るのも儀礼に反するな。やむなく受け取るとモツフォア校の封筒で良さそうだ。そうなると生徒の声みたいなものか。同情はするが如何ともしがたい。

 私は統合参謀本部に属しておるが、私の一存では一兵たりとも動かせないのだ。それが軍隊であり組織である。そう思いながら便箋の文字を見た瞬間に体に電流が走った。

「このような貴重なお手紙とは失礼しました。不肖ロジャー・リー、この命と引き換えにしてもお約束は必ず守るとお伝えください」

 この文字を忘れるものか。まごう事なき元帥閣下の直筆である。全身の震えを止められない自分がいる。内容はいかにも元帥閣下らしく、

『ヤッホー、コトリだよ。
ヴァイツプはエエとこやで。海は綺麗やし、魚は美味いし、
そやけどなんでもココナツ・ミルクで食べるのはちょっとな。
そうそうお客さんも来てるんやけど、また来るねんよ。
歓迎せなあかんけど
ヒマやったらエスコートしてくれへんかなぁ』

 私はセレネリアン計画の時から大統領と個人的な親交がある。なるべく政治的な話題は避けておるが、今回は違う。さっそく連絡を取った。大統領とはキャンプ・デービットで会う事になり挨拶もそこそこに、

「ツバル問題ですが」

 大統領の表情がさっと渋ったのだが構わず、

「中国は近日中に強襲揚陸用潜水艦をツバルに派遣します」
「その可能性があるのは報告を受けているが、ツバル問題は国家の重要問題であり、ここで話すのは適切でないかと思うが」

 それはわかっておる、

「その時の対応についての意見具申があります」
「リー将軍。君とは友人だと思っている。だが私は大統領であり、君は統合参謀本部の参謀だ。何についても自由に話せるわけではない。君はそれを良く知っているはずだ」

 それも承知の上だ、

「大統領」
「待て、友人として忠告する。ツバルの話はこれで終わりだ」
「終わりません」

 大統領は深くため息を吐きながら椅子に深々と座り、

「今日の君はおかしい」
「おかしくありません。今日は合衆国統合参謀本部参謀としてお会いしているのではありません」
「では何者だと言うのだ」

 私は直立不動の姿勢を取り、

「月夜野名誉元帥閣下の命を受けた使者であります」
「エレギオンの・・・」

 大統領は苦笑いを浮かべ、

「彼女らは何者なのだ。本当に女神なのか。先日も如月副社長が就任の挨拶に来たがエライ目に遭わされた。君もそうなのは良く知っておる。話したまえ」

 私は陸軍大将であり海軍については疎いところはある。しかしやらねばならぬことはわかっておる。

「なるほど。それはやってみる価値はありそうだ。安全保障会議で提案してみよう」

 国防と言うか軍事について、現場での実戦部分を担当し指揮するのは統合参謀本部であるが、軍事行動を行うか否かの決定権は安全保障会議にあると考えればよいであろう。いわゆるシビリアン・コントロールだ。

 制服組で安全保障会議に席があるのは統合参謀本部議長のみ。であるから統合参謀本部の意見として上げるのもあるが、それをやれば陸軍と海軍の争いになってしまう事が多々あり、意見としてまとまらない事もある。

 その辺の縄張り争いは合衆国軍が殊更酷い訳ではないが、陸軍の参謀が海軍の作戦に口を挟むと海軍も感情的に反発しやすい部分はある。この辺は逆も然りだら陸軍も海軍の事は笑えないところだ。

 だから大統領への直訴の形態をとらせてもらった。これも組織的には越権行為であるのは百も承知だが、元帥閣下の命を実現するためなら些細なことである。もし問題になれば潔く軍を辞すし、いかなる咎も受ける。単にそれだけの話に過ぎん。

 この件は安全保障会議で大統領からの提案として出され承認された。実務は党軍参謀本部で検討されたが、幸い海軍も前向きどころか、

「なるほどリスクも少なく効果的な作戦です」

 海軍作戦本部で具体的な作戦計画が練られ、現地に展開している艦隊に速やかに伝達された。いよいよ作戦開始だ。