ツバル戦記:戦機の兆候

 ツバルで動きがありそうの情報が入って来ています。とにかく現地情報が乏しいので困りますが、フナフティの中国軍が動くのじゃないかと。

「撤退でしょうか」
「それはないと思うけど」
「ではヴァイツプ島攻略ですか」

 ユッキー副社長はしばらく考えてから、

「常識的には中国本土からの増援軍が来てからのはずだけど」

 この前提は新明和の巨鯨による空輸の活発化があります。あれだけやれば、武器も運ばれヴァイツプ島の戦力も強化されているはずと中国は思い込むはずです。それこそ軍事顧問団も送り込まれて軍事教練とか、防衛拠点の設置が行われていると考えない方がおかしいぐらいです。

 フナフティの中国軍は兵力も少ないですが、航空能力も無いのがあります。つまりはフナフティからヴァイツプに偵察機も飛ばせないのです。その気になればコトリ社長が乗って来たプライベート・ジェットが使えそうなものですが、

「パイロットを連れて来なかったんだでしょ。だって一回も飛んで来なかったそうだもの」
「監視衛星は?」
「緑豊かな島だからね」

 ヴァイツプ島は周囲を砂浜で囲まれ、島内は市街地を除けば森になっています。そこまでは監視衛星の目は届きません。そうなれば海上からの偵察になりますが、

「下手に船で近づけば携行式のミサイルが飛んでくる懸念があると思ってるかもしれないね。見かけていないと言ってたよ」

 スティンガー・ミサイルは対空兵器ですが、船でも狙えると思います。

「そうだね有効射程は四キロぐらいは余裕だから、水平線上に見つければ当たりそうだもの」

 そうなれば潜水艦を使う手はありますが、

「動いてないよ」

 フナフティの情報は割と手に入るのです。この辺は小島で五千人しか住んでいないとしても、たった五十人で住民すべてを監視するのに無理があります。さらに中国本土からの補給もなく、他国からの輸入もストップしていていますから、

「食料の供給のために魚を獲るのは必要なのよ。そうしないと飢えちゃうからね。海に出た漁船を監視する手段もないし」

 漁船が足を延ばしてヴァイツプ島に来ますから、そこからフナフティ情報が手に入るのです。むしろ積極的にやっているとして良さそうで、

「結構な報酬を支払ってるはずよ」

 そういえばコンテナにオーストラリア・ドルを詰め込んで送ったとか。そうやって手に入る情報の中に潜水艦の動静も入っています。

「ヴァイツプ島の戦力が強化されていると見られていますから、そこに五十人で上陸作戦なんてあり得ないでものね」
「ミサキちゃん、それは危険な考え方よ。奇襲の要諦はあり得ないと思い込んでるところを、あえて攻めるのだから」

 これも難しいところでヴァイツプ島の戦力強化は中国が勝手に思い込んでくれてる幻想であって、実際のところは丸腰同然で、もし上陸作戦をやられれば勝ち目はありません。

「上陸されれば逃げますよね」
「コトリは逃げないと思うよ」

 逃げれば丸腰がバレるって言うのです。それはそうですが、

「だ か ら、ヴァイツプ島はコトリがいる限り難攻不落の要塞だってこと」

 そうだった。

「もし上陸作戦を強行したら、それは計算づくの奇襲じゃなくて、むしろ暴発と見た方が良いよ。そっちなら十分に可能性はあるしコトリも予想しているよ」

 戦争に政治が絡むのは世の常ですが、ツバル戦は中国により強く出ていると見るべきとしています。ごく簡単には責任問題です。要するにツバル戦の責任を誰に背負わすかです。最終責任は国家主席であり、中央軍事委員長でもある張主席になりますが、

「張主席が責任を取る前に、いっぱい責任を取るのがいるのよ。既に出てるじゃない」

 中国海軍の上層部が大量に入れ替えされています。これはツバル戦の不手際のためであると見て良いはずですが、

「フナフティの現地司令官は震え上がってるよ。更迭されないのは遠いからだけだもの」

 なるほど。直接の責任者ですものね。

「だったらやる事は一つじゃない」

 失敗の挽回か。それですべてを償えるかどうかは別にして、挽回もなければ帰国後に軍刑務所ぐらいに放り込まれるものね。それでもスティンガー・ミサイルまで装備してると予想しているところに上陸するかな。

「そこまでは装備していないと考えるのが一つ。あれは高いからね。それとね、訓練されていない軍隊は弱いのよ。文字通りの烏合の衆」

 そっちに賭けてのバクチは成立するかも。仮に軍事顧問団が派遣されていても、まだまだ軍隊と呼べるほどのものになっているとは思えないものね。それこそ、中国軍が撃って来たら潰走したっておかしくないし。

「兵士の方も必死になってるよ」

 かもしれません。ツバルの不手際は中国の面子問題になってるのが現状です。兵士も帰国すれば、

「そういうこと。勝って帰れば英雄の凱旋だけど、負けて帰れば口封じをされるのがあの国だよ」

 独裁国家だものね。共産党支配の力の源泉は軍隊で、その軍隊がツバルで苦戦した挙句負けたりなんかしようものなら国内的にも大変になるのはわかります。

「やりますか」
「やるなら増援軍が来る前だよ。来てしまえば処分は必至だもの」

 ユッキー副社長は何故か楽しそうに、

「コトリがどうするかは楽しみだよ。それとこの一戦の影響は大きいよ」

 お二人の意思疎通が完璧なのは毎度のことですが、どんな決着を頭に描いておられるのかはミサキにはわかりません。

「こっちとして祝宴の用意を送らなくっちゃ」
「移動衛星通信設備の設置ももうすぐ終わりそうですね」

 これが出来れ通信能力が格段にアップします。ヴァイツプ島の通信設備はすべてフナフティ経由だったので困ってましたから。

「フェリーが使えたら大型発電機も送れるのにね」

 大型は空輸では無理ですが、小型の発電機は送っていますからもうすぐ二十四時間通信も可能になるはずです。