ツバル戦記:小田原作戦

 ユッキー副社長は副社長復帰と同時にシノブ専務をオーストラリアからフィジーに派遣して工作を行わせています。

「こっちもプロパガンダよ」

 中国のツバル侵略は国際的な大非難を受けています。そりゃ人口一万人の小国とは言え国連加盟国を宣戦布告もなしにいきなり占領しているからです。中国は新政府の樹立を宣言しましたが、米英を始めとする欧米諸国だけでなく、親中派と見られていたアジア・アフリカ諸国も承認を渋る国が続出しています。そりゃ、あんな事を力任せにやられれば明日は我が身みたいな感じです。

 とはいえ相変わらずツバル奪還のための軍事的行動を起こす国は出ていません。アメリカですら、ツバルに向かう中国船舶の臨検こそ行っていますが、地上軍の派遣となると二の足、三の足状態です。この辺は張主席の、

『ツバルの安寧を脅かす勢力に容赦はしない』

 この恫喝が少しは効いているのもありそうです。どこの国も中国と正面から争うにはツバルの価値が低すぎるぐらいの判断でしょうか。政府レベルの反応は煮え切らないところですが、これが民間レベルになると話は変わってきます。政治的判断とは別に素朴にツバルを応援したい感情が湧き上がって来ています。

「そうなるようにやってるよ」

 やっぱりね。この感情は声となり、実態となって全世界に広がっています。これは民間レベルから政府レベルにもなり、

「軍隊は出さないけど、カネとモノはかなり集まってる」

 そうやって集めた資金を基にシノブ専務はフィジーにツバル支援のための拠点を築きあげています。ただ中国軍が上陸して以来、ツバルへのあらゆる物質の輸送は途絶えています。これは中国政府がツバル海域を戦闘区域と宣言し、もし侵入するものがあれば、

『無慈悲な報いが訪れるであろう』

 こうしているのもあります。そうそうツバル国営フェリーもフィジーまで逃げ込んでいます。そうなるとツバルの食糧物資は乏しくなります。中国軍とて容易に運び込めないのが八千キロです。

「ミサキちゃん、人道支援をやるわ」
「攻撃される危険性は?」

 ユッキー副社長のプランは飛行艇による空輸ですが、

「百三十キロも離れたヴァイツプ島まで届く対空ミサイルを持ち込んでるはずないよ」

 対空ミサイルどころか、スティンガー・ミサイル・クラスも持ち込んでいるかどうかは怪しいところです。ヴァイツプ島も環礁と見られることもありますが、南北に礁湖が存在します。南側の方が大きいですが余裕で飛行艇の離発着は可能です。

「どの程度の規模で」
「まず毎日二便のピストンでやろうと思ってる」

 ヴァイツプ島政府も支配する人口も五千人ぐらいですが、フナフティ政府とは食糧事情が異なります。ツバルの伝統食はタロイモと魚介類になり、それに豚や鶏が加わるぐらいで、それならヴァイツプ島政府は、ほぼ自給可能です。

 ツバルの伝統食ですが他国の輸入品の影響も強く受けています。これは都市部ほど大きくというかフナフティが一番大きく、他の島は比較的小さくなります。

「ヴァイツプ島政府側の住民は国難だから頑張れると思うよ。でもフナフティの住民は外来食に慣れ過ぎてるし、占領軍の支配下だから不満は出やすいってこと」

 ヴァイツプ島の食糧支援は丸ごととなると一日三トンぐらい必要ですが、一トンもあれば余裕じゃないかとユッキー社長は考えています。巨鯨の輸送量は一回あたり十五トンですから、一日に三十トンも送れば様々な支援を行えます。

「武器支援も行いますか?」
「だから人道支援だって。武器なんか送ったらコトリにどやされるよ」

 シノブ専務の懸命の手配の末についにヴァイツプ島人道支援の巨鯨がフィジーから飛び立ちました。そりゃ、中国からの物凄い非難と恫喝が起こりましたが、

「ミサキちゃん、被害は?」
「不動産関係はありますが、人的な被害はありあせん」

 人道支援を行えば中国政府がエレギオン・グループへの制裁を行うのは予想していましたから、ミサキはエレギオン・グループの中国からの撤退を担当していました。以前からチャイナ・リスクを重視していましたから、工場などはなく店舗や事務所が中心でしたからそれぐらいの被害で済んでいます。

「不買運動もやってますけど」
「別にエレギオンだけがターゲットじゃないし、騒ぎが収まればまた買うよ。中国人を舐めちゃいけないよ」

 人道支援の内容は食料はもちろんですが、医薬品、衣料品、その他の生活必要物資が中心になります。

「軽油もね」

 これは発電機用です。首都フナフティの電力供給量が定格出力で二千キロワットぐらいです。実際の電力需要は千二百キロワットぐらいですが、これに必要な軽油は一ヶ月で二百五十トンぐらいになります。

 ただこれは首都であるが故の必要電力量でヴァイツプ島の発電量はもっとささやかです。定格出力で二百キロワットぐらいで、一ヶ月連続稼働させても四十トンもあれば十分になります。

 単純な比較になりますが首都フナフティの電力を支えるには小型タンカーが必要になりますが、ヴァイツプ島なら巨鯨が三回で供給可能という事です。

「ヴァイツプなら電気無しでも文句は少ないと思うけど、フナフティで停電が長引いたら不満が爆発するかもね」

 この辺もフナフティと他の島の違いが出ます。フナフティは日本ぐらいから見れば小都市も良いところですが、さすがに首都だけあって小さくとも都市を形成し、不安定なところがあっても電化生活もあります。一度電化生活を知ってしまうと無くなれば猛烈に不便です。

「輸送は順次増やす予定よ。思いの外にカネも集まったし」

 良く言いますよ。副社長就任後の海外視察で各国の首脳を睨みまくった結果じゃありませんか。ミサキは中国撤収作業で同行しませんでしたが、同席した秘書は怖ろしさの余り毎回失禁となり、途中から成人用のオムツをしてたって聞いてます。

「ああそれ、向こうの首脳もオムツしてたのがいたらしいよ」

 巨鯨の輸送も限界はありますが、ユッキー副社長の狙いは、可能な限りヴァイツプ島を物資溢れる状態にしたいようです。フナフティは情報封鎖の状態に置かれてはいますが、

「ラジオは聞けるんだよ」

 食料が乏しくなれば暴動も期待できますし、暴動まで行かなくても不穏な空気が強くなれば中国軍も治安維持に乏しい兵力を割かなければならなくなります。

「国営フェリーも使いたいし」
「それはムチャですよ。潜水艦がいますから撃沈されます」
「それが出来るかどうかの情報ももうすぐ手に入るよ」

 通信機器の強化も出来ますが、潜水艦の様子をどうやって知るのだろう。

「とりあえず小田原作戦で行くよ」
「わかりました」

 これは作戦名があった方が良いぐらいで付けられたものですが、秀吉の小田原攻めに因んでいます。小田原城自体は上杉謙信でも落ちなかった難攻不落の名城でしたが、秀吉は小田原城を柵でぐるっと囲んでしまい、柵の外側に街を作り上げてしまいます。

 街には居酒屋から遊郭まで備え、秀吉も諸大名を引き連れて茶会をやったり、小田原城内に見せつけるような遊興を行ったとされます。北条方は頼みにしていた支城との連絡を絶たれ、生死を懸ける決戦のはずなのに、相手方を見れば遊び惚けているのを見せつけられて戦意を喪失したとも言われています。

 この時に籠城か開城かで意見が分かれて連日会議を続けていますが、これが後に小田原評定としてある種の故事成句となって今も残されています。ツバルではフナフティの中国軍は負ける心配こそありませんが、中国本土から八千キロの絶海の孤島で孤独感は強いはずです。似てるような似ていないような状況ですが、

「コトリもそうだけど、わたしも血を流したくないのよね。でも軍事国家相手に舌先三寸では通じないのよね」
「だから最後は武力」
「ミサキちゃんも殺伐としてるね。力は軍事力だけじゃないってこと」