ツバル戦記:抑止力閑談

 ツバル政府がフナフティに戻りましたが、その最大のメリットはやはり物資の輸送でしょうか。新明和の巨鯨がいくら頑張ってもコストも量も輸送船には敵いません。しかし強襲揚陸用潜水艦がツバルに向かっているのなら、

「そろそろ到着するのじゃないですか」
「まだまだだよ」

 強襲揚陸用潜水艦は水中なら二十ノットぐらいは出せるとなっていますから、八千キロなら三週間ぐらいで到着するはず。

「二十ノットは全速力でしょ。そんなに飛ばしたらツバルから帰れなくなるじゃない」

 中国海軍も原潜を作っていますが、アメリカに比べると技術的に劣るところがり、

「原潜だけじゃなく原子力空母もね。作るのは作ったけど、ドックにいる時間の方が長いよ。あれだけ放射能漏れのトラブルが続出したらね」

 そのためにあれだけの大型艦なのに通常型で、要はディーゼル・エンジンで充電してモーターで動くスタイルです。全速力で動けば電力の消費も早く、それを充電するためにディーゼル・エンジンを動かして充電する時間も長くなります。

「巡航速度は十ノットも無いはずだから、下手すりゃ二か月以上かかるよ」

 ツバルに一万五千トンの船への給油能力はありませんから、そうなりそうです。ここでミサキが気になるのは中国は強襲揚陸用潜水艦を二隻持っていることです。もし二隻で来られたら、

「いくらコトリでも一人だからね。二方面から同時に上陸されたら、上陸自体を防ぎ切れない可能性があるものね」
「だったらユッキー副社長がツバルに行かれるとか」
「必要ないから呼ばれていない」

 というか、必要だったらもう行かれてます。そういうコンビなのは良く分かりました。そうなるとやはり武力、

「地対艦ミサイルを備えるととか」

 地対艦ミサイルでポピュラーなのは大型トラックの荷台にミサイルを載せて動くものです。フナフティは小さな島ですから、それこそ浮上した潜水艦を見つけて移動して迎撃するのは可能だと思います。

「それは間違ってないけど、あれって高いのよ。ミサイル六発セットで百億円ぐらいするの」

 ひぇぇぇ、そんなに高いんだ。でもフナフティ防衛のためなら、

「地対艦ミサイルより空軍作る方が安上がりだよ」
「空軍ですか?」

 そっちの方がよっぽど高くつきそうですが、

「ツバル戦はちょっと特殊なのよね。中国軍に空の援護がないじゃない。だったらコイン機でも威力抜群になるのよね」

 コイン機とは軽攻撃機とも呼ばれますが、それこそセスナにミサイルを取り付けて攻撃するようなスタイルです。軽攻撃機は相手にそれなりの空軍がいれば話になりませんが、そんなものがいないゲリラ相手とかに需要があります。

「コイン機なら八億円ぐらいで買えるし、ミサイルも一発六百万円ぐらいだし」

 ユッキー社長が考えているのは農薬散布機を改造したものだそうですが、飛行機を運用するとなれば、

「パイロットや整備士は?」
「月に百万円ぐらいのギャラを出せば、腕扱きがいくらでも雇えるよ」

 そうなると飛行機とミサイル、パイロットに整備員でざっと十億円でお釣りが来るかも。十億円だって高いですが、地対艦ミサイルに比べると一割ぐらいになります。

「十億円もかからないよ。戦争が終われば売れば良いじゃない。新古みたいなものだからコトリに交渉させれば七億円ぐらいで売ってくれるはず」

 そっか、そっか、別に空軍を維持しなくとも良いわけです。三億円ならツバルでもなんとかなりそうです。でもコイン機ならスティンガー・ミサイルを持ちだされたら危ない気が、

「それはあるよ。それぐらい持って来てるはずだし。でもスティンガー・ミサイルの有効射程距離は五キロぐらだけど、コイン機のミサイルはそれの二倍ぐらいあるからアウト・レンジで攻撃出来るはずよ。とにかく相手は止まってるから射的みたいなもの」

 そこも織り込み済みか。ではコイン機導入の方針で、

「導入しないよ。武装はわたしもコトリも好ましくないと思ってるの」

 この期に及んでと言いたいですが、そういう方針なのは何度も聞いています。

「そりゃ、地対艦ミサイルに加えてコイン機まで備えたら中国軍も上陸をあきらめるかしれない」

 いわゆるパワー・バランスによる抑止力ってやつよね。

「でもね、そうしたら中国はさらなる戦力増強をやる可能性も出てくるの。たとえば通常弾頭のSLBM搭載艦を派遣するとかね」

 そっちにヒート・アップされれば、

「そういうこと。ヒート・アップの成れの果てが米中がやらかした建艦競争じゃない」

 コトリ社長やユッキー副社長の作戦の一つに、これ以上の戦力集中がツバルに起こらないようにしたのはあるようです。

「強襲揚陸用潜水艦が二隻で来る可能性は考えてたのよ。戦術の常識だからね」

 戦術と言えば寡兵で大軍を手玉に取るようなものが頭に浮かんでしまいますが、

「そんなことが起こるのは滅多にない奇跡のようなもの。戦場の勝敗を決めるのは事前準備に尽きるの」

 合戦の勝敗を決めるのは古くは決戦場に集められた軍勢の数ですし、現代でも集中できる戦力になります。それで強い方が必ず勝つぐらいでしょうか。

「理想的には五倍以上ね。その差が大きいほど、同じ勝つにしても被害が少なくなるの。互角の兵力で大激戦の末に辛うじて勝利をつかむなんて愚将のやること」

 中国は最初の上陸戦で失敗していますから、次を行うなら可能な限りの大戦力を送り込もうと考えるはずとしています。この辺はヴァイツプ島政府の時に空輸で武装強化をしていたはずだの幻想も含まれているはずです。

「それでも強襲揚陸用潜水艦を使えば占領できると思わせてるの」

 それを二隻も動員すれば負けるはずがないぐらいでしょうか。

「ツバル単独ではどうしても限界があるのよ。最初の上陸作戦もコトリがいなければ成功していたはずだもの」

 今でこそ、あんな微弱な兵力しか投入しなかったことを笑われていますが、ツバル相手なら余裕の戦力だったと見て良いはずです。それぐらいの非武装国家だからです。

「張主席もコストが安上がりだから許可したはずだもの」

 たしかに。あれなら戦争とか、上陸作戦みたいな大層なものではなく、遠洋航海で寄港したついでみたいなものです。必要経費に近いコストでツバルを属国状態に出来れば政治的アピールとして有効かもしれません。

「そういうこと。張主席は内政問題で苦しんでたから、大海軍建設の成果をああいう形でガス抜きしてアピールする必要に迫られていたってこと」

 いくら地の利が悪いと言っても、相手は中国。人口一万人程度の国単独じゃ限界があります。でもどうやって迫って来る強襲揚陸用潜水艦を撃退するつもりでしょうか。そりゃ、アメリカあたりと軍事同盟を組んで米軍でも駐留してもらえれば中国も全面衝突を回避するのでしょうが、

「アメリカにしろ、宗主国であるイギリスも乗らないと見るね。そこまで血道を挙げる価値がツバルにはないもの。その気があるのなら、コトリたちがフナフティに凱旋した直後に政府レベルの接触が始まっているはずよ」

 武器供与の申し込みぐらいはありましたが、本格介入の姿勢はまったくありませんでした。この辺は政治感覚になり、南シナ海周辺でやっている臨検は国際法に基づくもので、拿捕までしても基本的に血が流れません。

 しかし駐留軍まで送り込んで戦闘になれば、自国の国民の若者に犠牲者が出ますから報復の世論も出る一方で、犠牲を出した政府への批判も強くなるぐらいです。

「それと一度駐留すると戻しにくくなるのもあるわ。駐留基地の経費負担もバカにならないの」

 米英もアテにならないとしたら、

「抑止力は武力だけじゃないよ。そう考えると視野が狭くなっちゃうの。武力無しですべて話し合いで解決しようとするのも脳内お花畑だけど、武力しか見ないと単純な算数以上の答えしか出なくなっちゃうってこと」

 それはそうかもしれませんが、

「中国軍の戦力の方が上だけど、中国だって盤石の態勢でツバル戦をやってるわけじゃないのよ」

 かもね。米英にとっても戦略的価値が低い国ですが、中国にとっても政治的アピールを除けば価値がある国とは言えません。そんな国にダラダラと戦費をかけるのは、

「中国だって建艦競争の後遺症は深刻じゃない。だからこそ最初は強襲揚陸用潜水艦を使わなかったのよ。ヴァイツプ島上陸作戦の失敗から、ツバル派遣軍の降伏は堪えてるのよ」

 当然ですが張主席の足元は、

「グラグラよ。時間との競争をやってるようなもの。強襲揚陸用潜水艦での作戦が成功しなかったら終わりだし、成功してもどうかと思うぐらい」

 そうなると取るべき作戦は、

「わかってきたみたいだね。これさえ防げば張主席は北京から逃げちゃうよ」
「逆上してICBMを撃ち込むとかは」
「その危険は低いと見てる。いくら張主席でも、相手がアメリカならともかく、ツバル相手に核戦争のスイッチを押さないよ。だってICBMでフナフティを消滅させても誰も歓呼の声なんて上げないもの」